呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第四章 過去が呪いになる話

第25話 禁呪【 改竄操縁 】

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 鬼降魔きごうま雪光ゆきみつの姿が消えた。

 周囲に潜んでいる気配も無い。襲撃は受けたが、美梅みうめ咲良子さくらこも無事。母屋や屋敷の従業員達にも被害は無い。行方不明になっていた鬼降魔きごうま幸恵ゆきえも無事に捕まえる事が出来た。

(後は、碧真あおしの行方だな……)
 じょうが考え事をしていると、羽犬はいぬの背に乗った壮太郎そうたろうが隣に降り立った。

「丈君。無事かい?」
「ああ、なんとかな」
 丈が答えると、壮太郎は安心したように笑った。

「壮太郎。お前が壊した術式は、一体どういうものだったんだ?」
 丈の問いに、壮太郎は溜め息を吐く。

「『改竄操縁かいざんそうえん』。鬼降魔きごうまの禁呪の一つさ。晴信はるのぶがいた時代に封印されたから、鬼降魔でもごく一部の者しか知らないだろうね」


■■■■■■■■■■■■■

 
 鬼降魔家 禁呪【 改竄操縁 】

 記憶・存在・縁を歪める事で、対象を操る術。

 【 方法 】
 一、術式を描いて力を発動させ、対象の体内に術者の力を取り込ませる。
 二、対象の『改竄かいざん』を行う。
 三、対象の『縁切えんきリ』を行い、繋ぎたい別対象との『縁結えんむすビ』を行う。

 【 注意点 】
 一、必要人数分の上位術者の血肉を術者が体内に取り込む事で使用可能となる。
 二、術が完成する前に破壊された場合は、術者の記憶・存在・縁に異常が出る。


■■■■■■■■■■■■■



「『改竄』『縁切リ』『縁結ビ』だけなら、通常の術として鬼降魔にも結人間ゆいひとまにも存在する。ただ、この術は対象の記憶の一部を変えたり、関係を変えるだけじゃない。『存在』そのものを歪めてしまうんだ。その生き物の全てを作り替えて、全く別の存在にする。術が完成すれば、解呪する事は出来ない」

 壮太郎は嫌悪感を滲ませ、雪光のいた場所を睨みつける。

「術をかけたい対象一人に対して、最低でも上位術者二人を殺して、その肉を食べなければならない。じいちゃんから教えてもらったけど、本当に救いようのない術だよ」

 雪光が『改竄操縁』を使えたのは、呪罰牢を管理する家の術者四人の血肉を食べたからという事だ。

「丈君に術をかけたかったみたいだけど。完成前に壊したから、呪いは術者に返った筈だよ」

 丈と幸恵、美梅に術を使用したとするのなら、生贄の人数が足りない。殺害された人数が四人で間違いがないという事は、『改竄操縁』を使える対象は二人だけだ。
 
 丈は腕に抱えていた美梅を見下ろす。美梅は攻撃を受けていなかったにも関わらず、術が発動していた。

「美梅にかけられた術は……」
「その子にかけられた術は、不完全だけど既に完成している。解呪は出来ないよ」

 壮太郎が憐れみの目で美梅を見下ろす。

「その子は、つぎはぎの存在。ヘタレ当主も馬鹿な事をしたね」
 壮太郎はボソリと呟くと、丈に背を向けて歩き出す。

 壮太郎は、仰向けに倒れて気を失っている咲良子へ近づく。咲良子に寄り添う加護のとらを侵食していた黒い刺青いれずみは消えていた。

「咲良子」
 壮太郎は地面に膝をつくと、咲良子が着けている仮面に手を伸ばす。壮太郎の指先が触れようとした瞬間、仮面が光を放った。
 大太刀おおだちを握る咲良子の腕が不自然に持ち上がり、壮太郎の首を目掛けて斬りかかった。

 金属の成り合う甲高い音が響く。
 
 羽犬が咥えた脇差わきざしが、大太刀の攻撃を防いでいた。
 壮太郎は仮面を見下ろして笑う。

「残念だけど、僕の首はやれないよ『緋焔ひえん哀姫あいひめ』。また封印されたくなければ、大人しく、この子を返せ」

 冷たく命令する壮太郎の声に、大太刀はガタガタと震えて咲良子の手から落ちる。
 仮面は咲良子の顔から剥がれ落ちて地面に転がった。咲良子の服装が元に戻る。
 やれやれと溜め息を吐きながら、壮太郎は落ちた仮面を拾い上げた。

 咲良子の目が、ゆっくりと開かれる。咲良子のぼんやりとした目が、壮太郎を捉えた。

「叔父様?」
 咲良子が呟くような声で壮太郎を呼ぶ。壮太郎の手に『緋焔哀姫』の仮面があるのを見た咲良子は、勢いよく体を起こして周囲を見回した。

「あいつは!! 雪光は!? 痛っ……」
 咲良子は怪我をしている左腕を押さえる。白いワンピース左袖が血で赤く染まっていた。
 壮太郎がポケットから取り出したハンカチを使って、咲良子の腕の止血処置をしていく。

「消えたよ。……恐らく、死んではいない。死ぬ前に、術を使って逃げたようだ」
 目を見開いた咲良子が立ち上がろうとするが、壮太郎に右肩を抑えられて阻止される。

「咲良子。今回は、もう終わりだ」
「嫌! ようやく見つけたの! あいつを殺さないと!!」
 感情と声を荒げる咲良子を、壮太郎は真っ直ぐに見つめる。

「聞き分けなさい。咲良子」
 諭すようで有無を言わさない強い言葉。壮太郎の真剣な目に気圧けおされて、咲良子は口を閉じる。

「今の君は、冷静な判断が出来ていないし、呪具の扱いも全く出来ていない。呪具に意識を乗っ取られかけていただろう? 今、あいつと戦っても、君が死ぬだけだよ」

 壮太郎の指摘に、咲良子は悔しそうに唇を噛んだ。

「戦うのなら、己の力と相手の力を見極めなさい。不利な時も冷静に。撤退する事も大事だと知りなさい。機を見極め、危険は回避するか最小限に留め、目的を達成する為の最善策を常に考え続けなさい」

 咲良子の処置を終えた壮太郎は、『緋焔哀姫』の仮面を手にしたまま立ち上がる。

「これは暫くの間、姉さんに預かってもらうよ。姉さんにも迎えに来るように連絡しておくから。少し休みな。咲良子」

 咲良子は俯く。彼女の服にポツポツとシミが出来た。咲良子の口から嗚咽おえつが漏れる。泣いている咲良子を慰めるように、白の寅が頬ずりをしていた。

 壮太郎は仮面からネックレスへ戻った呪具をポケットにしまうと、携帯を取り出して電話をかける。

「丈!」
 大声で呼ばれて、丈は振り返る。

総一郎そういちろう
 総一郎が息を切らして駆け寄ってくる。丈の腕で眠る美梅を見て、総一郎は顔を強張らせた。

「み、美梅さん……」
「眠っているだけで無事だ」
 美梅の肌を侵食していた赤黒い糸は消えている。外傷は見られない。

 総一郎は震える手で美梅の体を受け取る。美梅が穏やかな呼吸を繰り返しているのを見て、総一郎はようやく安堵の息を吐いた。

「よかった……」
 総一郎は泣き出しそうな声で呟くと、美梅の体を抱きしめた。
 
 総一郎に美梅を任せて、丈は幸恵の元へ行く。
 横たわっている幸恵からも赤黒い糸は消えているが、穢れに侵食されたままだった。

 念の為、幸恵に逃げられないように再び拘束の糸で手足を地面に縛りつける。

 丈は雪光がいた場所を再び見つめる。
 雪光が地面に衝突すると思った瞬間に、ランドセルが光って姿が消えた。落下死したような形跡は無く、焼け焦げた跡があるだけ。壮太郎も、雪光は死んでいないと言っている。

 鬼降魔の当主の襲撃、呪罰牢を管理する家の術者四人の殺害。禁呪の使用。穢れを持った加護。
 危険な存在である雪光が再び襲撃してきた時の事を考えて、丈は表情を曇らせた。

(今は未来をうれうより、目の前の対処をするべきか……)
 幸恵や庭に残った穢れの浄化を行わなければならない。天翔慈てんしょうじ家に術者を派遣してもらう必要がある。碧真の行方も、総一郎と相談して調査を続けなければならない。

「何が起きたんだ?」
 不機嫌そうな声が聞こえて、丈は目を見開いて振り返る。

「碧真!」
 黒のパジャマとサンダル姿の碧真が日和ひよりに支えられて立っていた。

「日和。ほら、さっさと丈さんの所に連れて行けよ」
 碧真は自分の体を支えてくれている日和に向かって命令する。イラッとしたのか、日和は顔を引きらせた。

「ははは。覚えておけよ。ど腐れ野郎。退院したらビンタしてやる。往復でな!」
 クワッと目を見開いて暴言を吐く日和を見て、碧真は意地の悪い笑みを浮かべた。

「それなら、俺が退院したら、あんたを巻きにして坂の上から転がしてやるよ。転がり落ちるの好きだろう?」
「んなわけあるかぁ!! あれは不可抗力な事故ですぅ! 転がり落ちるのが好きって、どんな趣味なの!? 変人か!!」
「あんたは変人だろう」
「真顔で当たり前のように言うのやめて! 私は、まともな一般人だよ!」
「……自分をまともだと思い込んでいるなんて、頭が可哀想なんだな」
「はあ!?」
 怒る日和と揶揄からかう碧真を見て、丈は苦笑する。

 大変な一日ではあった。鬼降魔雪光の事は何も解決していない。
 ただ、鬼降魔幸恵も見つかり、碧真も戻ってきた。一旦は、良かったと言ってもいいだろう。

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