呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第四章 過去が呪いになる話

第19話 咲良子と衛心の出会い

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鬼降魔きごうまの加護も無い上に、結人間ゆいひとま特有の目も持っていないなんて……。本当にハズレな子を産みましたね? 琴子ことこさん」
 
 咲良子さくらこが十一歳の時に、鬼降魔の親戚の集まりの席で言われた言葉。
 親戚の中年女性は、咲良子と母を見て優越感に浸った笑みを浮かべた。

 咲良子の母の琴子は結人間家の人間。父は鬼降魔の人間。咲良子は、二つの家の血を受け継いで生まれた子供だった。
 
 鬼降魔家は、『結人間は鼻持ちならない存在』という認識を持った者が多い。
 呪術にも優れ、鬼降魔では作り出せない高レベルな呪具作りの才を持つ結人間の一族。
 呪術が使える者が減少して衰退していく鬼降魔とは違い、結人間は優れた術者が常に多く存在して安定していた。

 咲良子がムッとして睨みつけると、女性はしたり顔で意地悪く笑う。

「おお。怖い。人様を睨みつけるなんて、どういう教育をなさっているの? 愛想も可愛げもないなんて、本当にろくでもないわ」

「ウルセェ。贅肉ババア。うちの咲良子ちゃんは、大当たりのめちゃんこ可愛い自慢の子だわ。咲良子ちゃんの可愛さと天使さがわからないなんて、目ん玉腐ってんのか? お前こそ、どういう教育受けてんだよ。子供になら、何を言ってもいいと思ってんの? 子供でも、感情を持ってる人間だってわかんないわけ? 人にハズレとか可愛くないとか言っちゃう、お前の方が碌でもねえよ」

 大和撫子を体現する様な華奢な体と儚げな雰囲気を持った母の口から、流暢りゅうちょうな罵倒が放たれる。女性はポカンと口を開けて固まった。

「な」
「もう二度と話しかけんな。首飛ばすぞ」

 冷酷な目で女性を睨みつけながら、母は首にかけているネックレスへ手を伸ばす。ネックレスが呪具だと気づいた女性は、顔を真っ青にして逃げて行った。

「ママ。やりすぎ」
「だって、すっごいムカつくんだもん! ああいうのは、首だけじゃなくて、魂ごと消し飛ばしていい奴よ! あんな奴にまで優しくするなんて、咲良子ちゃん天使すぎる! 抱きしめさせて!!」
 愛おしそうに抱きしめてくる母の背中を、咲良子はポンポンと叩く。

「大丈夫。傷ついてないよ」
 母は、咲良子の心の傷を塞ごうとしたのだろう。

 咲良子は鬼降魔特有の干支の加護も、結人間の人外が見える目も持たずに生まれた。
 力の性質は結人間寄りだが、咲良子は人外を見た事が無い。力も平凡で、特別な才能は持っていなかった。

「ママ。私、外で遊んでくる」
 咲良子は母から離れ、外へ出た。
 
 薫風が頬を撫でる。新緑の木々が風に揺れてサラサラと心地良い音を奏でる。春の日の穏やかな景色が広がっていた。

 初めて来た親戚の家の日本庭園を散策して歩く。
 咲良子は赤い小さな橋の上で立ち止まった。橋の下にある池を見つめれば、赤い鯉が気持ちよさそうに泳いでいる。

『加護無し』
『結人間の血が入っている癖に。出来損ない』
 鬼降魔の集まりでは必ず言われる言葉。最初はショックで泣いていたが、いつの間にか慣れてしまった。

(十六歳になれば、お祖父様から加護を引き継ぐ事になっているし。いずれ、言われなくなるわ)

 鬼降魔には、『加護継承』という術がある。
 対象者と術者の間に縁があれば、術者の持つ加護を継承する事が出来る術だ。一族のほとんどの人間は加護を持って生まれてくるので、滅多に行われない。

 強い加護を子孫に受け継がせる為に生み出された術で、鬼降魔でも当主を支える四つの家でしか行われない。

 『加護継承』は、継承する者の心身に強い影響を与え、体力や精神を削る。大抵は、体がある程度出来た十五歳以上になった時に行われる。両親と祖父も安全性を考えて、咲良子が十六歳になったら継承させようと話していた。

 咲良子は、首にあるペンダントに手を伸ばす。母が咲良子の為に作ってくれた結界の術式が刻まれた呪具だ。
 母は本当は結人間の天才と呼ばれる弟が作った呪具を咲良子に渡したかったらしいが、別の危険が生まれる心配がある為、自分の作った物を渡していた。

 加護が無くても、いざという時は、一般人相手なら咲良子の力で何とか出来る。もし、呪術の攻撃を受けた場合は、結界の呪具だけではなく、母も父も叔父もいる。

「大丈夫。なんて事ない……」
 咲良子は呟く。太陽の光を受けてキラキラ輝く水面に映った自分の顔は、酷く頼りない表情だった。

「お! でっけぇ魚! これ、食えるかも!!」
 弾んだ大きな声が聞こえる。顔を上げた咲良子の目に、一つの影がぎる。

 影が池に勢いよく飛び込み、周囲に盛大な水飛沫が上がる。
 髪の毛から伝う水滴。びしょ濡れになった自分の体を見下ろして、咲良子は呆然とした。

(な、何が起こったの?)

「おっしゃ! 伝説の魚ゲットだぜ! って、滑る。うお、待て」
 咲良子より年上であろう少年が、ずぶ濡れの姿で池の中にいて、ビチビチ跳ねる鯉を両手に抱えて格闘している。

(……なるほど、あいつのせいか)
 少年が鯉を捕まえる為に勢いよく池に飛び込んだ。その際に、近くの橋の上にいた咲良子に盛大に水がかかったのだろう。

「ちょっと」
 咲良子は声を掛ける。気づかないのか、少年は鯉を逃さない様に必死に抱きしめようとする。

「ちょっと!」
「お前、絶対美味しいやつじゃん! 絶対食ってやんよ!!」
 咲良子は先程より大きな声を出すが、少年の独り言の方が大きかった為、掻き消された。人をずぶ濡れにしておきながら無視する少年に、咲良子は腹を立てる。

「こっちを見なさい!! バカ!!」
 咲良子の怒鳴り声に、少年はビクリと肩を震わせて振り返った。少年は驚きで目を見開き、固まる。拘束が弱まった隙に鯉がビチビチと跳ねて、少年の頬をビンタした後、水中へと帰っていった。

「あんたのせいで、私までずぶ濡れなの! 謝りなさい!」
 怒りをぶつけるが、少年は瞬きすらせずに固まっていた。

「……ちょっと? 大丈夫なの?」
 もしかして、鯉のビンタが強烈だったのかと訝しむ咲良子。少年は、ようやく口を開いた。

「やばい」
「あんたの頭が?」
「可愛い」
「……は?」
 馬鹿にする言葉に対して、『可愛い』と返す少年に咲良子は呆れた。
 池に飛び込む事といい、鯉を捕まえる事といい、少年の思考回路は理解出来ない。

「もういいわ。なんだか、面倒」
 溜め息を吐いて屋敷へ戻ろうと歩き出した咲良子の目に、嫌なモノが映った。

「あらまあ、なんて格好なんでしょう!!」
(また出た。この人、暇なのかしら?)

 嬉々とした顔で近づいてきたのは、咲良子を『ハズレな子』と蔑んだ中年女性だった。女性は意地の悪い笑みを浮かべて、咲良子を見下ろす。

「ああ、でも。今の格好の方が似合っているわね。無礼な母親の教育では、頭の悪い行動しか出来無さそうですもの」
 咲良子は俯いて両拳を握りしめる。咲良子の顔から零れ落ちた水滴を見た女性は、勝ち誇った顔をした。

「鬼降魔の恥とブワふぇ!!?」
 ビチャっという音と共に、女性が奇怪な声を上げる。咲良子が顔を上げると、女性の鼻から口にかけて緑色の塊が張り付いていた。

「ごボォえ! な、何!?」
 女性が咳き込みながら、緑色の塊を剥がそうとする。
 べチャリと水気を含んだ音がして、新たな緑色の塊が女性の額に張り付いた。咲良子が後ろを振り返ると、緑色の塊を手にした少年が池の中に立って女性を睨んでいた。

「何をするの!?」
 女性は顔を真っ赤にして、少年を怒鳴りつける。少年は再び女性に向かって緑色の塊を投げつけた。

「ちょ、やめなさい!!」
 身に着けている高価な着物にシミが出来たのを見た女性は、みっともない悲鳴を上げて逃げ出した。

 女性の背中を見送って、咲良子は少年へ視線を向ける。
 少年は手に持っていた藻を水中に戻すと、池から上がって咲良子に近づいて来た。

「何であんな事をしたの?」
 咲良子と少年とは初対面。無関係の人間の為に起こる理由は無い筈だ。

「あの人、悪い事を言って泣かせた酷い人だから。ムカついた」
 少年は女性の背中を睨みつけている。咲良子は呆れて溜め息を吐いた。

「泣いてないわ」
 恐らく、髪を伝った水滴を涙と勘違いされたのだろう。少年はキョトンとした顔をする。

「え? でも」
「むしろ、どうやって二度と可笑しな口をきけないようにしてやろうかと考えていたわ」
「え? ……え゛っ?」
「気に食わない相手は、二度と口出し出来ない様に徹底的に叩き潰す。ママと叔父様の教えよ」
 にこりと微笑む咲良子の黒いオーラを感じ取ったのか、少年は一歩後ずさった。

「何を言われても、私は大丈夫なの。じゃあね」
 背を向けて歩き出そうとした咲良子の手を、少年が掴んだ。振り返れば、少年が痛みを堪えるような顔で咲良子を見ている。

「でも、あんな事を言われたら悲しいだろう? 嫌だって思うだろう?」
「……思わない」
 周りには、咲良子を大切にしてくれる人がいる。咲良子が傷つけば、癒やそうとしてくれる。
 守られる側の咲良子が悲しい顔をしていたら、大切な人達も悲しい顔をする。
 だから、泣いてはいけない。大丈夫だと、笑っていなければならない。

「意地っ張り」
 少年が呆れた顔で溜め息を吐く。

「あなたには関係ないでしょう? 手を離してよ」
 咲良子は、ムッとして少年を睨みつけた。少年は、咲良子の手をじっと見つめて考え込む。一向に手を離してもらえない事にイラついていると、少年は顔を上げて真剣な目で咲良子を見つめた。

「決めた! 俺が守ってやるよ!」
「は?」
 少年の言葉の意味がわからず、咲良子は訝しげな表情になる。

「意地を張らなくてもいいように、本当に大丈夫だって笑えるように、俺が守るよ!」
 
 少年は満面の笑みを浮かべ、咲良子の手を引いて歩き出す。何故か手を振り払う事が出来ずに、咲良子は少年と並んで歩いた。体が濡れている冷たさを感じない程に、少年の手は温かかった。

 衛心えいしんとの出会いは、咲良子にとって腹が立つような、可笑しいような。それでいて、温かくて……。
 太陽の光を受けた水面のように、キラキラしたものだった。

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