呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第四章 過去が呪いになる話

第15話 価値あるモノなんて存在しない

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「待ったぁーーーーっ!!!」

 日和ひよりは大声を上げながら、扉を勢いよく開ける。
  
 突然現れた日和に、男性も少年も驚いて目を見開いた。
 男性が呆気に取られている間に、日和はズカズカと部屋の中に入る。男性はハッとして日和を睨みつけた。

「おい、お前! 一体何者だ? 不法侵入で警察を呼ぶぞ!」
「是非とも呼んでください! そん時は、あなたも道連れに連行してもらいます! 児童虐待ダメ絶対!!」
 怒鳴ってきた男性に、日和は逆ギレをかます。不法侵入者に対する男性の言葉は最もだ。日和は、常識と規律を重んじる社会から蹴落とされるだろう。

(でも、ただで蹴落とされる気はない。このヤバい人も一緒に引き摺り落としてやる!)

「これは躾だ! 犯罪を起こす馬鹿なガキが口を出すな!」
 男性が怒鳴りながら、日和を突き飛ばす。日和は床に尻餅をついた。

「暴力振るいましたね?」
 日和はニヤリと笑って立ち上がり、男性に近づく。
 
「人に暴力を振るったら、どうなるか知っていますか? 答えは……!」

 日和は右肘と右足を後ろに引いた後、男性の鳩尾みぞおちを目掛けて右拳を勢い良く突き出した。
 反撃されると思っていなかったのか、男性は防御出来ず、攻撃をまともに受ける。男性は殴られた勢いで後退し、近くにあったテーブルと椅子を巻き込みながら倒れた。

「暴力でやり返される。当然の事ですよ?」
 椅子の下敷きになって呻く男性を、日和は冷ややかな目で見下ろした。

 日和は少年へ歩み寄る。体を起こして床に座り込んだ少年は、ビクリと肩を震わせて俯いた。

(うわー。怖がられちゃってる)
 小さな子供を怯えさせてしまった事に、ばつの悪さを感じる。

 日和は少年の目線に合わせて、しゃがむ。
 少年の口元には血が滲んでおり、右頬が腫れ上がっていて痛々しい。
 
 日和はポケットから取り出したハンカチで、少年の口元の血を拭おうとする。少年は体を硬直させ、ギュッと目を瞑った。

(まるで、殴られると思ったみたいな怯え方だ……)
 少年の様子から考えて、暴力は日常的に振るわれているのだろう。

 日和は少年の口元にそっとハンカチを添えた。少年が恐る恐る目を開く。日和の行動に戸惑ったのか、少年が少しだけ顔を上げた。

 少年と目が合う。日和はハッとした。

碧真あおし君……」
 少年の顔は、うなされていた碧真が目を覚ました時の表情に似ていた。少年は驚いた顔をする。

「どうして、僕の名前を知っているの?」
 やはり、少年は碧真だった。

(この夢は、碧真君の過去の嫌な出来事を見せる夢。という事は、碧真君に実際にあった事なんだ……)

 『呪罰じゅばつ行きの子』。
 禁呪を使用し、『呪罰行き』となった人の子供が呼ばれる蔑称べっしょう
 美梅みうめ咲良子さくらこも、日和が殴った男性も、碧真の存在を『悪』だと言う。

「お前……!」
 日和が顔を上げると、よろけながら立ち上がった男性が、顔を真っ赤にして睨みつけていた。

 碧真は顔を真っ青にして震え出す。
 悪夢を終わらせる為にも碧真と話をしたいが、男性がいる限り、まともに話をする事は出来ないだろう。

「クソガキが!! 死ね!!」
 激昂した男性が日和達に向けて手を翳す。黄色の術式が浮かび上がった。

(夢だけど、突き飛ばされたり殴ったり出来るって事は、呪術の攻撃も受けるの!? どうしたら……)

「碧真君。立って! 逃げるよ!」
 普通の夢なら攻撃を受けても心配ないのだろうが、呪術が絡んでいる悪夢だ。術がどのように作用するかわからない限り、攻撃を受けない方がいいだろう。

 碧真の腕を引っ張って立たせようとするが、怯えて立ち上がる事が出来ない様だ。
 一際大きな光を発した術式。もう攻撃されるまで時間が無い。
 日和は咄嗟に碧真を抱き締めて自身の体を盾にする。日和はギュッと目を閉じた。

『ばーりーあー』
 耳元で聞こえた低音ボイスに、日和はハッと目を開ける。
 日和達の周囲に、白銀色のドーム型の結界が生成されていた。日和が後ろを振り返ると、禍々しい黒いモノが結界に阻まれて粉々に砕け散るのが見えた。

「な、お前! その光は……」
 男性は驚愕して上擦った声を出す。

「お姉ちゃん。大丈夫?」
 碧真が不安げな顔で、日和を見上げた。

(あ、碧真君が……。あの碧真君が、私に「大丈夫?」って聞いただと!?)
 日和は驚きで固まる。碧真は日和の横に立つ呪いの人形を見て目を見開いた。

「それ、そう兄ちゃんの」
(壮兄ちゃん……壮太郎そうたろうさんの事!? お兄ちゃん呼び!?)
 日和が知る碧真からは想像出来ない呼び方だ。

(昔の碧真君は可愛いかったんだな。今や見る影もないけど……)
 碧真が捻くれてしまった理由を断言する事は出来ないが、恐らく人の悪意によるものだろう。浴びせられた言葉と、受けた暴力。傷つき、捻くれてしまうのには十分すぎる理由だ。

「白銀の光……。お前は結人間ゆいひとまの者か!?」
 男性は狼狽うろたえながら日和を見つめる。

「いいえ。私は、ただの一般人です」
 キッパリと言い切り、日和は碧真の目を真っ直ぐに見つめる。

「碧真君。ここから出よう。こんな所にいたらダメだ」
 こんな悲しい夢の世界に囚われたままでは、碧真の心が壊れてしまうだろう。碧真は悲しそうな顔で首を横に振った。

「無理だよ。僕は……『呪罰行きの子』だから」
 悲しそうな声。痛みを堪えるように、碧真は目を伏せた。男性の笑い声が室内に響く。

「そうだ! お前は全ての人間に疎まれ、蔑まれる存在だ!! お前は一生、この呪縛から逃れる事は出来ない!!」

「うっさいわ!! ばっかじゃないの!?」
 日和は立ち上がり、男性を睨みつけて怒りのままに叫んだ。

「さっきから意味不明な事を、ゴチャゴチャとうるさいのよ! 呪縛って何? 面白くもない勝手な妄想を人に押し付けて、得意気になってるあなたこそ、ぶん殴られて苦しめば!?」

 男性は絶句していたが、徐々に怒りが湧いてきたのか顔を真っ赤にして怒鳴る。

「そいつは罰を受けるべき存在なんだよ! そいつには、あの男の血が流れている。呪いの血だ! 父親と同じ害悪な存在だ!! 悪は苦しみ、裁かれるべきだ!! そいつは一生、不幸でいるべき人間なんだよ!!」

「はあ? 呪いの血って何? 血は血でしかないわ!! 血に意味不明な称号を背負わせるな!! って、そういう話でもないからね!!」
 日和は男性に怒鳴り返した後、碧真へ視線を向ける。

「碧真君。あんな人の言葉を聞かなくてもいい。こんな場所にいなくていいんだよ。自分が聞きたい人の言葉を、自分が居たい場所を、碧真君は選んでいいんだ。くだらないものに囚われて悲しい思いをしないで! 悲しい生き方を自分で選ばないで!!」

 今まで浴びせられた言葉とは真逆の言葉に、碧真は戸惑いの表情を浮かべた。

「でも……」
「碧真君は、何も悪い事してないんでしょ?」

 日和は碧真へ手を差し出す。

「帰ろう。碧真君」

 碧真は涙の滲む目を見開いた。

「クソ女! 邪魔をするな!!」
 男性の怒号に、日和はハッとして振り返る。男性の頭上には、四つの術式が浮かんでいた。

(また攻撃されるの!? あ、でも壮太郎さんの結界があれば……)
 
『ばーりーあー、時間切れー……』
 呪いの人形の言葉に、日和はギョッとする。結界を形作っていた白銀色の光が、空気に溶けて消えていった。

「待ってー! タイミング! タイミングって大事だよぉ!? すっごいピンチじゃん! ちょ、どうしよう!?」
 頼みの綱だった結界が消失した事に、日和は大声を上げて慌て出す。

「うるさい。騒ぐな馬鹿」
「え?」
 背後から、聞き慣れた不機嫌そうな声が聞こえた。日和は驚いて振り返る。
 
 大人の姿の碧真が不機嫌顔で座っていた。

「急成長を遂げたぁっ!?」
 危機的状況に混乱したまま、どうでもいい事を叫ぶ日和。碧真は呆れ顔で溜め息を吐く。

「だから、騒ぐな。……この状況は何だ? 説明しろ」

「説明より、あれをどうにかしよう!! 夢の中だけど、どうなるかわかんないから!! てか、碧真君が起きれば解決するから起きてよ!! 今こそ目覚めの時!!」

「夢?」
 碧真は訝しげな顔をした後、何か思い出したのか舌打ちをした。

「あの野郎……」 
 一瞬だけ目を伏せた後、碧真は立ち上がった。

 禍々しさを纏った黒いモノが、術式から徐々に姿を現す。碧真は上着の裏地から銀柱ぎんちゅうを取り出して、右手に構える。

「お前は生きる価値の無い人間だ。お前は生きる価値の無い人間だ。お前は生きる価値の無い人間だ。お前は生きる価値の無い人間だ」

 男性はわらいながら、抑揚の無い声で何度も同じ言葉を繰り返す。

「うるさい」
 碧真は冷たい言葉と共に、銀柱を投げる。四本の銀柱は、男性の頭上にある四つ術式に吸い寄せられるかの様に命中する。碧真が指を鳴らすと、銀柱が青い光を発して、術式を破壊した。

 トンと響いた音に、日和は目を見開く。
 碧真が投げた一本の銀柱が、男性の眉間に突き刺さっていた。男性は目を見開いて固まる。繰り返されていた呪詛の言葉が止まった。

「どうせ、何もかも、いつか終わって消えるものだ。価値あるモノなんて存在しない。俺も、お前も。全て、くだらないんだよ」

 碧真の諦観した言葉と共に、男性の体にヒビが入る。

 周囲に雪が降り始める。
 視界を覆い尽くしていく吹雪の中で立つ碧真の背中が、とても寂しそうに日和には見えた。

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