呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第四章 過去が呪いになる話

第4話 夜の来訪者

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 病院を出た後、壮太郎そうたろうの提案で三人は一緒に昼食を食べる事になった。

 訪れたのは、じょうと壮太郎がたまに立ち寄ると言う蕎麦屋。
 飲食店が並ぶ通りから少し外れた場所にあり、竹藪に囲まれた細道の奥にひっそりと佇んでいる店だった。
 
 古風で趣のある店内の奥の個室へ通される。
 四人掛けのテーブル席の椅子に丈と壮太郎が隣同士で座り、日和ひよりは二人の向かい側にあるソファ席に着いた。

「はい。ピヨ子ちゃん。好きなの頼んでいいよ。お兄さんが奢るからさ」
「ありがとうございます」
 壮太郎から受け取ったお品書きに日和は目を通す。ランチでもコース料理しかなく、想像の三倍の値段である事に驚き、日和は固まった。

(た、高い……。一食で、私の一週間分の食費だ……)
 日和が躊躇しているのを見て、壮太郎は笑う。

「遠慮しなくても大丈夫だからね? 僕、稼いでるから。ピヨ子ちゃんの年収くらいなら、すぐに稼げるし」
「財力がエグい……」
 安心して奢られていいのか、それとも経済力の違いに落ち込めばいいのか。日和は微妙な表情を浮かべる。

「あはは。財力って言うより、能力だけどね。僕は天才だから。皆が僕の作り出すモノや知識欲しさにお金を出す感じだね」

 日和の眼鏡に術をかけようとした時も聞いたが、壮太郎の作り出す呪具を求める人は多いらしい。
 碧真あおしも丈も、壮太郎の能力を信頼しているのは感じていた。

「そういえば、月人つきひとさんから聞きました。壮太郎さんが、待宵月まつよいづき之玉姫のたまひめ様の浄化を早める術を作ってくれたって」

「うん。まあ、あれは晴信はるのぶが作り出した術を応用しただけのものだよ。僕は晴信みたいにゼロからイチを作り出すより、既存の術を組み合わせて新たな術を作る方が得意なタイプの天才だからね」

「浄化の術式はそのまま利用したという話だが、どうやって浄化を早めるんだ? 穢れの浄化は、結人間ゆいひとまも出来ない筈だろう?」

 丈の問いに、壮太郎は頷いた。

「丈君の言う通りだよ。僕は、術式の能力そのものには関与していないんだ」
 
 壮太郎は持っていた黒い鞄からノートとペンを取り出す。開いた方眼ノートのページの上に、楕円を囲んだ四角の図をペンで描いた。

「晴信は術で作り出した別世界の中だけで、待宵月之玉姫の浄化を完結させようとした。この四角を晴信が作り出した別世界だとしよう。浄化の術式は、穢れを取り除くフィルターみたいなモノ。穢れを別世界で循環させて、浄化の術式で徐々に穢れを神力に変えていく」
 
 楕円が浄化の術式を表しているのだろう。壮太郎は楕円を通って循環する矢印を描いた。

「浄化に時間は掛かるけれど、別世界の中だけで完結させる事が出来るのなら外の世界への影響がない。晴信らしい優しい術だ。だけど、僕は僕達が生きているこの世界も利用する事にしたんだ」

 壮太郎は先ほど描いた四角の図の横に、もう二つ同じ図を描いた。

「新しく描いた二つは、この世界にある結人間家所有の土地。二つの土地に、僕が晴信の術式を描き、天翔慈てんしょうじ家の当主に力を注いでもらって術を発動させた。これで、待宵月之玉姫の浄化を行える場所が新たに二つ追加された」

 壮太郎は描いた三つの四角をパイプで結びつけた後、循環の矢印を描いた。

「僕は、この世界と晴信の作り出した別世界に道を作り出した。待宵月之玉姫の穢れを、この世界に描いた浄化の術式へ送り込む。穢れを神力に変えたものを待宵月之玉姫に送り返す。浄化の力そのものは変わっていないけれど、浄化出来る場所を増やして循環させる事により、浄化速度を早められたってわけ」

「穢れをこの世界に流しても大丈夫なのか?」
 丈の問いに壮太郎は肩をすくめる。

「穢れが周囲に影響を及ぼさない様に結界を張っているけど、安全というわけじゃない。周りに民家が無い土地を選んでいるけど、悪意ある術者が結界を破壊すれば、周囲へ穢れが流れ出す。晴信はそれを懸念して、僕と同じ方法は取らなかったんだろうね」

 壮太郎はノートに描いた図をペン先でトントンと叩いた。

「『神隠シ』は信仰心がかなめになる術だ。神に対する信仰心があった百年以上前なら、晴信の術式をそのまま使った方がいい。だけど、神の信仰心も薄くなっているから、月人君が生きている間に待宵月之玉姫がこちらの世界に戻って来られない可能性が高かった」

 待宵月之玉姫は村人達を傷つけた。ただでさえ薄くなっていた信仰心は、これから更に失われてしまうだろう。

「月人君が今回『神隠シ』を使えたのも、魂に刻まれた術式に晴信の力が残っていた事、歴代の『月人』達が魂に蓄えてきた力があったからだろうね。次に月人君が術を使えるか、魂の記憶継承が行えるか、正直わからない。二人を再会させるには、この方法が一番良いと思う。まあ、僕の自己判断だけどね」

 壮太郎はノートを閉じて、ペンと共に鞄にしまった。

「天翔慈家や結人間家の当主は許可を出したのか?」
 丈の問いに、壮太郎はニコリと笑った。

「結人間家の当主は好奇心旺盛な人だから、嬉々として協力してくれたよ。土地の使用許可も秒で出たし。天翔慈家の当主は、研究の結果と経過の報告をするならって事で了承を得たよ。自分達ではわからないから、僕から晴信の術について色々と聞き出したいんだろうね」

「どうして、晴信さんの術について、壮太郎さんに聞くんですか?」
 日和が首を傾げて問うと、壮太郎は苦笑した。

「天翔慈家に、晴信の術を理解出来る人がいないからだよ。晴信の作り出した術式は、オリジナル性が高い。理解出来ない術者にとっては、鬼畜すぎるほど緻密で難しい術だからね」

 日和は、月人の右手の甲にあった『神隠シ』の術式を思い出す。
 チラッと見ただけだったが、すごく緻密に描かれていた。
 
「呪術の術式はね、組み合わせる構築式の意味をどれだけ理解出来ているかによって、発揮される力に雲泥の差が出るんだ。簡単なものなら術式の模写するだけでも十分だけど、高度な術はそうはいかない。模写出来たと思っていても、大事な部分が掴めていないと、全く違う術になる。理解して組み立てることが重要なんだ」
 
 壮太郎はニコリと笑う。
 
「僕は晴信の術式を理解出来る。けれど、結人間家と天翔慈家では力の種類が違うから、穢れの浄化に関する術式を発動させる事が出来ない。今回の術は、僕が回路を作って、天翔慈家の当主に電池代わりになってもらった感じかな」

「電池扱いはどうかと思うが……」
 丈が苦い顔で注意する。壮太郎は皮肉げな笑みを浮かべた。

「実際そうなんだもん。天翔慈家は、晴信の自由を奪い取ってまで一族に術を引き継がせた。それなのに、天翔慈家で晴信の術式を完全に理解出来た者はいない。晴信が生み出したものは、天翔慈家の掌から零れ落ちてしまっているのが現状だ。晴信の術を全て受け取れた唯一の人も、十年前に亡くなっちゃったし」

 壮太郎の話から考えると、晴信の術を継承出来たのは、天翔慈家以外の人。そして、壮太郎に近い人なのだろう。

(天翔慈家が晴信さんの自由を奪い取ったって……どういう事?)

「ピヨ子ちゃん。眉間に皺寄ってるよ」
 壮太郎が日和の眉間を指先で軽く押して笑う。

「いつか、ピヨ子ちゃんにも晴信の話を聞かせてあげる。それと、僕の祖父の話もね」
 壮太郎の柔らかい笑みに、日和は何故か懐かしさを感じた。


***


 夜の静かな病室。
 ベッドに仰向けに寝ていた碧真は、溜め息を吐いて天井を見上げた。

 碧真にとって、入院生活は退屈と苦痛だらけだった。
 普段はなるべく人と関わらないようにしているが、医者や看護師達と顔を合わせなければならない。その上、検査や治療の為に行動も制限される。

 丈の見舞いは必要な物を差し入れてくれるので、正直助かる。しかし、壮太郎は冷やかしそのもので迷惑していた。

 ベッド脇の棚の上に置いた紙袋が揺れる。
 黒い影がベッドに飛び移ろうとした所を左手で掴んだ。

『わー。がっつりスケベに捕まったー。タスケテー』
 壮太郎の作った呪いの人形が、碧真の手の中でジタバタと暴れる。

「うるさい。黙れ」
 碧真の加護のへびが姿を現し、呪いの人形を縛り上げる。全身の自由を奪われて、呪いの人形は大人しくなった。碧真は体を起こし、丸くなった巳を鷲掴みにする。

 立ち上がって窓を開ければ、涼しい風が頬を撫でた。
 巳が青い目で碧真を見上げる。何か言いたげな視線を無視して、碧真は巳ごと呪いの人形を窓の外へ投げ捨てた。

(さて、寝るか……)
 窓を閉めてベッドに戻ろうとした碧真の目に、日和から貰った紙袋が映る。 
 そこまで食べる事に興味が無い為、菓子をもらっても喜びはしない。はしゃぐ日和を馬鹿だと思うくらいだ。

『チビノスケを喜ばせたくて、ピヨ子ちゃんがわざわざ買って来たお菓子らしいよ』
 壮太郎の言葉を思い出して、碧真は溜め息を吐いた。

 何故、受け取ってしまったのか、自分でもよくわからない。いつもの碧真なら、いらないと突き返していただろう。

(受け取らなくて、いちいち喚かれても迷惑だしな……)

 ゾワリと空気が揺らめくのを感じて、碧真は病室のドアを振り返る。
 
 ドアの上部にある曇りガラスの向こうに、人影が映っていた。
 碧真は寝具の中に隠していた銀柱ぎんちゅうを取り出して構える。扉がゆっくりと開かれた。
 
「こんばんわ。碧真君」
 暗闇に響く楽しげな声。現れた人物に、碧真は目を見開く。

「鬼降魔ゆ……」

 碧真の言葉と意識は、そこで途切れた。

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