呪いの一族と一般人

守明香織(呪ぱんの作者)

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第四章 過去が呪いになる話

第3話 碧真のお見舞い

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 月人つきひとを見送った後、日和ひより達は碧真あおしの病室の前にやって来た。

 壮太郎そうたろうが勢いよく病室のドアを開ける。

「やあ、チビノスケ。僕が来てあげたよ」
「来なくていいです。壮太郎さんは、他からの需要が多いでしょう。仕事の依頼も山ほど来ているんじゃないですか? 俺には需要が無いので、他に行ってください。迷惑です」
 テンション高く入室した壮太郎を、碧真が低いテンションでバッサリと切り捨てる。

「碧真。体調はどうだ?」
 壮太郎に続き、入室したじょうが碧真に声を掛ける。

「別に。普通です」
 可愛げのない返答に、丈は苦笑しながら手に持っていた紙袋を差し出す。

「着替えと必要そうな物を適当に買って来た」
「……どうも」
 碧真が愛想のない礼を述べて受け取る。

「ピヨ子ちゃん。入って来なよ」
 壮太郎に声を掛けられ、日和も病室の中へ入った。 

 まるでホテルの一室のような広い個室だ。ベッドの上に、碧真が腰掛けていた。 

「……お邪魔します」
 日和を見た碧真が驚いた顔をする。日和が来るのは予想外だったのだろう。

「よかった。思ったより元気そうで」
 まだガーゼや包帯が巻かれているが、顔色は良さそうに見える。安堵して微笑む日和を見て、碧真は不機嫌そうに顔を逸らした。

「碧真。赤間さんは、わざわざ来てくれたんだ。挨拶を……」
「まあまあ、丈君。チビノスケは照れているんだよ。ピヨ子ちゃんに『おんぶ』してもらった事が恥ずかしいんだよね」
 壮太郎から揶揄う様に『おんぶ』を強調されて、碧真は顔をしかめた。

「壮太郎さん。ちょっと頭かしてください。記憶ごと粉砕します」
「あはは。僕相手にそんな事が出来ると思うー?」
 壮太郎の自信満々な笑みに、碧真は悔しげな顔で口を噤んだ。

「あの時、碧真君は怪我してたから、気にする事は無いんじゃないですか?」
「碧真も男だから、プライドがな……」

(緊急時にプライドも何も無いとは思うけど……。まあ、そんなものか。それにしても、私もあの時はよく碧真君をおんぶ出来たよなー)

 火事場の馬鹿力だろうが、成人男性一人を背負ってよく歩けたものだ。碧真が細過ぎるのもあるだろう。日和の腰回りについている贅肉をぶん投げてプレゼントしたいくらいだ。
 日和はベッドにいる碧真に近づき、持っていた紙袋を差し出した。

「碧真君。良かったら、これ……」
「何だ、これ?」
 碧真が訝しげな顔で日和と紙袋を見る。

「私が好きなバームクーヘンとラスク。個包装だし、バームクーヘンもラスクも少しは日持ちするから。良かったら食べて欲しいなって……」

 ふんわりしっとりの生地に、外側の砂糖のサクリとした食感がたまらない至高のバームクーヘン。チョコが染み込んだ程よい甘さとカリッとした食感が素晴らしいラスク。
 どちらも、軽い食感でペロリと食べれてしまう。故に、食べ終わった後の後悔が凄まじいカロリーの申し子達である。

「チビノスケを喜ばせたくて、ピヨ子ちゃんがわざわざ買って来たお菓子らしいよ」
 壮太郎がニンマリと笑う。碧真は不機嫌そうな顔のまま、紙袋を受け取ろうとしなかった。

(やっぱり、お菓子とかは微妙だった? 美味しいんだけどな……)
 手土産選びは失敗したのだろう。しょんぼりとした気持ちで、どうしようかと迷っていると、碧真が紙袋へ手を伸ばした。

「もらっとく」
 無愛想な物言いだったが、受け取ってもらえた事に日和はパアッと笑みを浮かべる。

「うん! そこのバームクーヘン、本当に美味しいから! あとね、ラスクもチョコが好きなら、絶対に好きだと思うよ!」
 はしゃぐ日和を見て、碧真は戸惑いの表情を浮かべる。壮太郎と丈は互いに顔を見合わせて愉快そうに笑っていた。

「……何ですか? 二人共」
 含みのある笑みを浮かべる壮太郎と丈を碧真が睨む。

「なーんでもないよ?」
 ニヤついたまま、壮太郎は返事をした。
 携帯が振動する音が聞こえた。丈が携帯を取り出して画面を確認する。

「すまん。少し席を外す」
 丈が病室の外へと出て行った。

「あ、そうだ! 僕もチビノスケにお土産持ってきたんだ」
 壮太郎が持っていた紙袋を碧真の膝の上に置く。紙袋がガサリと音を立てて揺れ、日和は碧真から一歩離れた。

「な、何!?」
 揺れていた紙袋が倒れる。紙袋の揺れが次第に大きくなり、中から何か這い出てくる。

 現れたのは、黒いクマの可愛い人形だった。

『やーい。がっつりスケベー。やーい、がっつりスケベー。やーい、やーい』
「声、低っ!!」
 可愛い見た目に似合わない渋くてカッコイイおじ様ボイスが聞こえ、日和はツッコミを入れた。

「そこか?」
 碧真は呆れた顔で日和を見た後、自分の足に引っ付いている呪いの人形を掴もうと手を伸ばした。その瞬間、呪いの人形の姿が消える。

「き、消えた!?」
 日和は驚き、周りを見回す。碧真も驚いて僅かに目を見開いていた。

『やーい。がっつりー。がっつりスケベー』
 声の方へ視線を向けると、呪いの人形は天井に張り付き、こちらを見下ろしていた。

「しゅ、瞬間移動!?」
「……あれは何ですか?」
 碧真にジト目で睨まれ、壮太郎は飄々ひょうひょうと笑う。

「入院している間は暇な上に寂しいだろうから、チビノスケの遊び相手にいいかなって。この前の子と違って、移動速度は四段階ギアの高速モード仕込み。更に周囲の色に擬態化して気配を消す事が出来る機能も搭載しているから、鬼ごっこやかくれんぼなんかの遊びにも対応可能だよ。あとは」

「いや、俺一応怪我人で安静が必要な身なんですけど。というか、人形相手にその遊びしてたら精神病んでいる人間に見られますから。入院生活を長引かせたいんですか?」
 壮太郎の言葉を遮り、碧真が淡々とした口調でツッコミを入れていく。

『やーい。がっつりー。がっつりスケベー』
 呪いの人形が天井を高速で移動する。碧真はイラッと来たのか、左手を動かした。トンという軽い音がして、銀色の棒が天井に突き刺さる。銀色の棒を回避した呪いの人形は、言葉を発しながら病室内を高速移動していた。

「あれ? チビノスケ。『銀柱ぎんちゅう』を持ち込んでたの? 病院に凶器を持ち込むなんて、いけないんだー」

(あの銀色の棒……『銀柱』って言うんだ)
 碧真が度々使っている銀色の棒にも名前があるらしい。飛び道具として使い、青い炎や爆発を起こしているのを見た事がある。丈も使用していたので、鬼降魔きごうま家で使われている物なのだろう。

「自衛は必要でしょう。それに、持ってきてくれたのは丈さんですよ」
「丈君が? それならいいよ」
 コロリと意見を変えた壮太郎に、碧真は溜め息を吐いた。

 病室のドアがノックされる。

「鬼降魔さん。検査の時間です。準備してください」
 看護師の女性がドアを開けて声を掛けてきた。

「あ!」
 突然声を上げた日和を看護師の女性は不思議そうに見る。

「どうかされましたか?」
「あ、いえ……」
 日和は目を泳がせる。病室のドアが開いた瞬間、呪いの人形が廊下に出ていくのが見えたのだ。

(呪いの人形が、再び解き放たれてしまった……)
 
 丈が病室に戻ってきた。碧真がこれから検査だと聞くと、丈はいとまを告げる。

「一週間後には迎えに来るから、安静にしてるんだぞ」
「僕は研究で来れないけど、寂しがらないでね。じゃあね」
 丈と壮太郎が碧真に声を掛け、病室から出ていく。日和も後に続いた。

「またね」
 日和は病室を出る前に振り返り、碧真に手を振る。

 呪いの仕事は不定期なので、次いつ碧真に会うかは分からない。あと半年は勤務しなければならないので、また会う事にはなるだろう。

 碧真は相変わらずの不機嫌顔で、手を振り返したりはしなかった。
 
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