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第四章 過去が呪いになる話
第2話 月人の見送り
しおりを挟む九月十一日、金曜日の午前十時。
日和は自宅マンション前の駐車場に一人佇んでいた。
携帯でメッセージを確認すると、丈と壮太郎は、あと少しでこちらに到着するらしい。
日和は手に持っている二つの紙袋へ視線を落とす。
(喜んでくれるといいんだけど……)
「おーい。ピヨ子ちゃん」
顔を上げて声のする方へ視線を向ければ、丈の車がこちらへ来ていた。助手席の窓から顔を出したのは壮太郎。運転席には丈の姿がある。
「こんにちは。丈さん。壮太郎さん」
「赤間さん。お待たせしてすまない」
「二週間ぶりだね。それじゃ、月人君の見送りと、チビノスケのお見舞いに行こうか」
日和が後部座席に乗り込むと車が発進した。
八月の仕事で、壮太郎と知り合い、丈とは初めて仕事で一緒に行動した。
一度限りの仕事の付き合いかと思っていたが、二人とは連絡先を交換して、偶に連絡を取るようになった。
日和が今かけている眼鏡は、壮太郎が買ってくれた物だ。
以前かけていた眼鏡は、洞窟内の斜面を転がり落ちた際に行方不明になった。出張から帰ってきて目が覚めた日の午後に壮太郎と丈と一緒に三人で買い物に行った際に買ってもらった。
呪術に関する事が見える二代目眼鏡である。
壮太郎が術をかけてくれたお陰で、『穢れ』や『邪気』をしっかりと視認出来るようになった上に、呪具となる体液も察知出来る様になっている。
日和は以前、血液入りの菓子を渡された事がある。碧真の加護の巳が捨てていなかったら、食べてしまっていただろう。血液は強力な呪具。場合によっては、人を操る事も可能となる。それを防ぐ為らしい。
壮太郎は様々なオプションをつけようとしたようだが、丈によって止められた。
”結人間壮太郎が作り出した呪具”は、三家の中でも価値が高く、なかなか手に入れる事が出来ない物。
一般人の日和に壮太郎が高度な術をかけた呪具を渡すという事は、防犯意識の低い人間が希少価値の高い物を見せびらかして歩いているようなもので、要らぬ危険が生じる可能性が高いらしい。
簡単な機能しかつけられないのかと壮太郎は残念そうにしていたが、平和に生きたい日和にとってはそちらの方がいい。
「ピヨ子ちゃん。それ、チビノスケ達へのプレゼント?」
「はい」
座席の横に置いた紙袋を見て、日和は苦笑する。
月人への手土産は、最近出たばかりの珍しい洋菓子にした。
お見舞いに何度か顔を出している壮太郎が言うには、閉鎖的な村で過ごしていた月人にとって、村で見なかった物に触れる事は新鮮な驚きと喜びになっているらしい。
珍しい洋菓子は喜んでくれるだろう。
「月人さんへ渡す分はすぐに決まったんですけど、碧真君は何をあげたら喜んでくれるかわからなかったです」
ネットで下調べをしてから買い物に出掛けたのだが、碧真が何を好きなのか、何が苦手なのかがわからず、一時間ほど売り場をウロウロした。悩みすぎて訳がわからなくなり、結局は日和が好きなお菓子を選んだ。
「ピヨ子ちゃんは、チビノスケを喜ばせたいの?」
不思議な物を見るような壮太郎に、日和もキョトンとした顔になる。
「え? だって、喜んでもらえたら嬉しいじゃないですか」
壮太郎は固まった後、吹き出した。
「あはは。ピヨ子ちゃんのそういう所いいね。僕、好きだな」
「??」
愉快そうに笑う壮太郎に、日和は更にキョトンする。
「ピヨ子ちゃんは、そのままでいいよ」
壮太郎の目が柔らかく細められる。
「僕も月人君やチビノスケへプレゼントを持って来たんだ。リアクションが楽しみだよ」
後ろから聞こえたガタガタという物音に、日和は驚いて振り返る。どうやら、車のトランクで何かが動いたようだ。
丈が横目で壮太郎をジロリと見る。
「壮太郎。病院内に変なモノは持ち込むなよ?」
「大丈夫。害はないからさ」
壮太郎が楽しそうに笑うのに対し、日和は顔を引き攣らせた。
(変なモノなのは否定しないんだ……)
碧真達が入院している病院へ到着する。
清潔感のある大きな病院内では、外の喧騒とは違って穏やかな時間が流れている。
病院のロビーに、浅葱色のTシャツと黒のスキニーパンツ姿の月人と黒いスーツ姿の二人の男女がいた。
見知らぬ男性と女性が並んで、月人に話しかけている。月人は緊張しているようで、顔が強張っていた。
「ヤッホー。月人君。見送りに来たよー」
「壮太郎さん! 丈さん、日和さんも」
壮太郎達を見つけた月人がホッとしたような表情を浮かべて、こちらに近づいてくる。スーツ姿の男女もこちらに気づき、壮太郎と丈へ近づいた。
「はじめまして。結人間壮太郎さん、鬼降魔丈さん。この度は天翔慈家当主の依頼を遂行してくださり、誠にありがとうございました」
男性がお辞儀をし、礼を述べた。女性も男性に倣ってお辞儀をする。どうやら、スーツ姿の男女は天翔慈家の人達らしい。
「天翔慈上総之介様の側近の天翔慈鋼様と天翔慈紅葉様ですね。お二人のご活躍は伺っております。こちらこそ、鬼降魔家を信頼して依頼してくださり、誠に感謝しております」
丈が丁寧に礼を述べた。
鋼は、四十代後半くらいの年齢。白髪混じりの髪を全て後ろへ流している。異国のマフィアの様な渋い風貌の男性だ。
紅葉は、二十代後半くらいの年齢。スレンダーで背が高い。ウェーブがかかったセミロングの髪で、西洋人形の様な綺麗な顔立ちの女性だ。
「お二人とは、是非親交を図りたいと思っていたのですよ。今回の御礼も兼ねて、一緒に食事でもいかがでしょうか?」
鋼が和かな笑みを丈と壮太郎へ向ける。
「僕達は、天翔慈家当主の依頼を遂行しただけ。仕事の報酬は頂いていますから、気遣いは不要です。親交という名の謀ごとなら、他を当たってください」
壮太郎はニコリと笑いながら鋼の誘いをバッサリと切った。
「これは手厳しいですな」
鋼は苦笑して肩を竦めた。
完全に蚊帳の外になっていた日和と月人は、顔を見合わせて苦笑する。
「月人さん。元気でしたか?」
「はい。おかげさまで」
月人は長かった前髪を切っていた。隠されていた彼の目がよく見える。相変わらず人の目を見るのは苦手な様で、すぐに視線を逸らされてしまった。
「村から出て、驚く事ばかりの毎日です。周りの人にも、壮太郎さんにも、色々教えてもらいました」
月人は自身の右手を、視線の高さまで持ち上げて見つめる。右手に嵌められた黒い手袋。その下には、天翔慈晴信から授けられた『神隠シ』の術式がある。
「待宵に話したい事がたくさん出来ました。きっと、これからも増えていくと思います」
月人の大切な神様は穢れを負って力の大半を失い、今は別の世界にいる。こちらの世界にいつ戻って来られるかは定かではない。
「早く、会えるといいですね」
日和の言葉に、月人は柔らかく微笑んだ。
「はい。壮太郎さんが待宵の浄化を早める術を作り出してくれたみたいで、今度はあまり時間が掛からずに会えそうなんです。本当、壮太郎さんは凄い人です」
「僕は天才だからね」
鋼との話は終わったのか、壮太郎がニコリと笑って会話に入って来た。
「といっても、僕は晴信の術式と既存の術を繋ぎ合わせただけだけど。うまくいっている様で何よりだよ」
「結人間さん。その話を詳しくお聞きしても?」
会話に加わってきた紅葉に、壮太郎は苦笑する。
「天翔慈家当主にも説明して許可をもらったし、経過も結果も報告している。それ以上に、僕が語る事は無いよ」
「ですが……」
「天翔慈家の術なら、同じ家の君達の方が詳しい筈だろう? 他家の僕に聞く事なんか何も無いんじゃない?」
紅葉は悔しそうに顔を歪める。二人のやりとりに、日和と月人は顔を見合わせて首を傾げた。壮太郎は紅葉から視線を外し、月人に向けて柔らかく微笑む。
「天翔慈家は神に詳しい一族だから、たくさん教えてもらうといいよ。君は君の守りたいものを守れるだけの力を手に入れておいで。新しい物にたくさん触れて、好きな物や嬉しい事を増やして、笑う時間をたくさん作るといい。何か困った時には、僕も力になるからさ」
「壮太郎さん……」
月人は涙目になり、頷いた。
「はい! ありがとうございます」
二人の和やかな雰囲気に、日和も温かな気持ちになった。
月人がこれからどういう人生を歩むかはわからないが、この笑顔が曇らずに幸せである事。待宵月之玉姫との早い再会を、日和は願った。
***
仲良く談笑している壮太郎達を見て、天翔慈鋼は考える。
鬼降魔丈と結人間壮太郎は、天翔慈家の人間も一目を置く存在。
自分の主である天翔慈上総之介の次期当主としての地位を盤石にする為にも、こちらの陣営に引き込みたい。上総之介派の人間は幾度も二人にアプローチを掛けているのだが、二人は自分の家を重んじるようで、天翔慈家の権力には興味が無い様だ。
(鬼降魔丈を引き込む事が出来たのなら、結人間壮太郎はこちら側につく。しかし、引き入れる事が難しいのが現状……。あの二人も、何か利用出来ないものか)
月人と日和を見て思案する鋼をゾワりとした感覚が包む。ハッとして見ると、壮太郎が射抜くような鋭い目で鋼を睨みつけていた。
軽蔑と威圧を感じる視線に、鋼は知らずに冷や汗をかく。年齢的にも経験的にも、家柄的にも、鋼の方が上。しかし、結人間家の天才と謳われる結人間壮太郎の方が、戦闘能力は格上だ。
壮太郎が天翔慈家の人間と対等に話し、一歩も引かないのも、自分の力に自信がある証拠。
更に、彼の亡き祖父は天翔慈家の稀代の天才と深い関わりを持つ。迂闊な事をして、壮太郎を敵に回すのは下策だ。
「壮太郎さん?」
月人が首を傾げ、壮太郎の名前を呼ぶ。壮太郎は鋼に嘲笑うような視線を向けた後、再び月人達との談笑へ戻る。
喉元に刃物を突きつけられるような緊張が解けて、鋼は息を吐き出した。
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