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第三章 呪いを暴く話
第40話 何度でも恋をする
しおりを挟む待宵月之玉姫は夢を見る。
初代の月人と過ごした日々。
顔を真っ赤にして、恋を告げた男の子。
何度「人間と神は違う」と諭しても、ちっとも聞きはしない頑固な人。
毎日会って同じ時を過ごす内に、いつの間にか惹かれていた。
彼を遠ざける言葉を吐きながら、本心ではもっと近づきたいと願った。
自分の中に生まれる感情がわからなくて、それでも不快には感じなかった。
私は、月人に恋をした。
『神隠シ』で穢れを祓って元の世界へ戻れる様になった時、私は躊躇した。
もし、月人に恐怖の目で見られたらと思うと怖かった。
けれど、月人は何度も私の核に優しく話しかけてくれた。
決心して戻った私を、月人は抱きしめてくれた。
「良かった」「会いたかった」と言う月人の心からの言葉に、涙が溢れるほど嬉しかったのを覚えている。
月人を抱きしめ返して、待宵月之玉姫が告げた言葉は、何度も彼から告げられた愛の言葉だった。
月人が死ぬまで、待宵月之玉姫は側にいた。
また巡り合えると知っていたから、笑顔で別れた。
月人が再び巡ってきたのは、一年後。
待宵月之玉姫と月人は再び恋をした。
前とは違って、待宵月之玉姫は月人の想いを素直に受け入れた。存在の違いなど関係ないと、育んだ愛が教えてくれた。
「ねえ、待宵」
秋の夕暮れ。村外れの洞窟前に倒れていた木に並んで腰掛けて話していた時、二代目の月人が口を開いた。
「”神隠し”って、出来る?」
待宵月之玉姫は驚いて、月人を見る。
『神隠し』は、神が気に入った人間を自分の世界に連れて行く事。神に近い存在に作り変えて、永遠に閉じ込めるものだった。
「出来るのなら、俺を神隠ししてくれないか?」
『どうして?』
戸惑う待宵月之玉姫とは対照的に、月人は穏やかな笑みを浮かべた。
「村の人間はもう、待宵の事が見えなくなってしまった。以前とは違い、神への信仰心は薄くなっている。また待宵を害そうとする人達が現れた時、俺一人で邪神化を止められるかわからない。それに……もし、俺も待宵の事が見えなくなってしまったらと思うと、怖いんだ」
月人の言葉に、待宵月之玉姫は俯く。
待宵月之玉姫の姿を見れる者は徐々に減っていった。
もし、月人まで見えなくなってしまった時、待宵月之玉姫は正気でいられるのだろうか。
『でも、神隠しをしたら、あなたは人間ではなくなるのよ? 村にも、この世界にも帰って来れないのよ?』
「それでもいい」
一切の迷いも無く、月人は言い切った。待宵月之玉姫は首を横に振る。
『あなたの居場所は!』
それ以上の言葉を封じるように、月人は待宵月之玉姫を抱き締めた。
「俺の居場所は、待宵の隣だよ。ずっと、待宵と一緒にいたいんだ」
心ごと抱きしめられた様な気持ちになり、待宵月之玉姫の目から涙が溢れた。待宵月之玉姫は月人を抱き締め返す。
”ずっと一緒にいよう”。
二人がした約束は、果たされる事はなかった。
約束を果たそうとした日、木木塚によって月人の命と魂の欠片は奪われた。
待宵月之玉姫を愛してくれた気持ちも、再び生まれ変わった月人には残されていなかった。
***
「待宵」
名前を呼ばれて、待宵月之玉姫は閉じていた目を開ける。
目の前に広がるのは、満開の向日葵畑。その中で、一人の青年が佇んでいた。
『月人』
待宵月之玉姫は青年の名前を呼ぶ。
初代でも、二代目でもない。今の月人だった。
待宵月之玉姫に向かって走り出した月人の姿が消える。待宵月之玉姫が驚いて駆け寄ると、月人は転んでいた。
『何をしているの?』
待宵月之玉姫は苦笑しながら月人を助け起こす。月人は顔を赤らめ、恥ずかしそうに笑った。
「だって、会えるとは思わなかったから。これって、夢の世界だよね?」
月人が周囲を見回す。待宵月之玉姫は頷いた。
ここは、夢の世界だ。
どうやら、待宵月之玉姫と月人は、お互いの夢の中を渡ってきてしまったらしい。
「待宵。前にした”神隠し”の約束、覚えてる?」
まさか、月人が覚えているとは思わなかった。待宵月之玉姫は驚きながらも頷いた。月人はモジモジとした後、弱々しく口を開く。
「あの約束、待って欲しいんだ」
月人の言葉に、待宵月之玉姫は眉を下げた。
あの約束は、待宵月之玉姫を愛した月人と交わした約束だ。今の月人は、待宵月之玉姫をそこまで想ってはいないのだろう。
待宵月之玉姫は悲しさを隠して微笑む。月人を縛り付ける事はしたくなかった。
『いいわ。約束は無しにしましょう』
「え!? いや、無しにはしないで欲しい!!」
慌てる月人に、待宵月之玉姫は意味がわからずに首を傾げた。あわあわとしながら、月人は言葉を紡ぐ。
「僕達、村から出た事がなかったでしょう? 僕は壮太郎さん達に会って、世界には面白い物がたくさんあるんだって知ったんだ。だからさ……」
月人の目が真っ直ぐに、待宵月之玉姫を見つめる。
「一緒に、外の世界を見に行こう!」
待宵月之玉姫は目を見開く。月人は目をキラキラとさせながら、無邪気に笑った。
「一緒に楽しい事をしよう。僕は待宵と一緒に、楽しい思い出をたくさん作りたい」
外の世界を楽しむという言葉に、待宵月之玉姫の心が踊る。待宵月之玉姫も月人も、お互いに気持ちが高揚するのを感じていた。
「神隠しは、その後の方がいいなって思ったんだ。だからさ、早く帰って来てね。いつまでも待ってるから」
月人は微笑む。待宵月之玉姫は涙を零しながら何度も頷いた。
『ええ。きっと、きっと帰るわ』
愛しいあなたに会う為に。
私は、きっと何度も、ずっと。
「好きだよ。待宵」
月人が告げた愛の言葉に、待宵月之玉姫は幸せの笑みを浮かべる。
『私も、月人が好き』
私達は、きっと何度も、ずっと恋をする。
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