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第三章 呪いを暴く話
第36話 『神隠シ』
しおりを挟む「うおりゃっ!!」
村人達が絶望している中、空から女性の声と大量の水が降り注いだ。周囲に燃え広がっていた炎は一瞬で鎮火した。
月人と村人達は有り得ない光景に呆然とする。
「な、何が」
月人が戸惑いの声を上げると、待宵月之玉姫を縛る帯の上にフワリと何かが降り立つ。
「天女様?」
空から降り立った女性を見て、村人が驚きの声を上げる。月人も目を見開いた。
「あなたは、どうして此処に……」
「旦那様の危機に駆けつけるのは、妻の役目ですから!」
そこには、番傘を右手に持って笑みを浮かべる綴がいた。炎を消したのも綴がやったのだろう。
綴は金色の帯に縛られている待宵月之玉姫の頭を抱きしめて、幼い子供をあやすように優しく撫でた。
「泣かないで。大丈夫よ。私の旦那様が、あなたを助ける。恋する乙女の気持ちを踏み躙る阿呆な奴は……」
綴は閉じた番傘を刀のように構えて茂みを睨みつけた。
「私が叩き潰してあげる!! 出てきなさい!!」
綴の一喝が響くと、村人達の後ろの茂みが揺れて、木の影から二人の人影が現れた。
黒い外套を身に纏った二人の顔は、闇夜に隠れて見えない。
「な、何だあんた達は!!」
全く気配が無く後ろにいた二人組に、村人達は恐怖で後ずさる。
綴は番傘を広げてフワリと地面に降り立つと、二人組に顰めっ面を向けた。
「あなた達は、また性懲りもなく悪さして!!」
どうやら、綴にとって因縁のある相手のようだ。
「”また”は、こちらの台詞ですよ。それにしても……フフ。相変わらず、言動が童のようですね。綴殿?」
二人組の背の高い方が口を開き、綴を揶揄う。声からして、成人男性のようだ。大きくないのに、よく通る声だった。
「童って、私はもう立派な淑女よ!!」
綴は腹を立てたのか番傘を振り回す。
「そんな風に暴れる奴が淑女? お前、淑女の定義を履き違えているぞ。前から思っていたが、本当に馬鹿だよな」
先程の男よりも少し高い声が綴を貶す。もう一人の背の低い人は、十代の少年のようだ。
二人から馬鹿にされて、綴は体を震わせる。
「子供扱いも馬鹿扱いもやめなさい! はっ倒すわよ!!」
はっ倒すという言動は確かに淑女ではないと、月人は少しだけ男達に共感した。
綴は目を細め、男達の後ろの茂みを睨む。
「あなた達も、そこに隠れている二人も、全員とっ捕まえてやるから覚悟しなさい」
男達の後ろの茂みが揺れる。どうやら、他にも仲間がいるようだ。
「あの人達。もしかして、宿に泊まっている旅の人じゃないか?」
「確かに! 背格好が同じだ!」
村人達が騒ぐと、男はやれやれと肩を竦めて綴を見る。
「私達の邪魔をするのなら、子供であろうと容赦はしませんよ?」
「こっちの台詞よ。乙女の気持ちを弄ぶ最低な人達は、私が容赦無く叩き潰してあげる!」
男が両手の指の間に銀色の棒を挟んで構える。火を起こした銀色の棒は、男が投げた物の様だ。
男が放った銀色の棒を綴が番傘で薙ぎ払う。銀色の棒は地面に転がった。
綴が柔らかい手首の動きで番傘を振ると、金色の光の膜が月人と村人達の体を包み込んだ。
「君は下がっていなさい」
男は楽しそうな笑みを浮かべた後、仲間の少年に声を掛けて一歩前に足を踏み出す。
綴と男は、互いに不敵な笑みを浮かべて向かい合った。
先に動いたのは、男だった。
男は綴を目掛けて銀色の棒を連続で投げる。
綴は番傘を開いてクルクルと回す。傘に弾かれた銀色の棒が地面に転がった。村人達に向かって飛んできた銀色の棒も、金色の光の膜によって弾かれていく。
綴が閉じた番傘で地面を叩くと、転がっていた銀色の棒が宙へ浮き上がった。
「お返しするわ」
綴が番傘を振って風を起こす。風で加速した銀色の棒が、男達を目掛けて飛んでいく。男が笑いながら右手を前に翳すと、銀色の棒は糸が切れたかの様に一斉に地面に落ちた。
「天翔慈家の人間ともあろう者が、この程度ですか。まあ、あなたは元は普通の人間でしたね」
男は綴を嘲笑う。
「ええ。私は晴信様に術を与えられただけの普通の人間。だけどね」
綴は不敵な笑みを浮かべる。
「私の旦那様は天才なのよ」
「下だ!!」
少年が焦った声を上げる。男はハッとして地面へと視線を移す。足元に散らばっている筈の銀色の棒が消えていた。
男が状況を理解するより早く、地面から飛び出してきた銀色の棒が皮膚を切り裂いて突き刺さっていく。
「ぐっ……」
首や頭や心臓などの部位は腕で庇う事が出来たが、男の足や腕には銀色の棒が深々と突き刺さっていた。痛みで呻く男に、少年が左足を引きずりながら近づく。
少年は外套から取り出した銀色の棒に、負傷した男の血を垂して何かを唱える。
銀色の棒が穢れを帯びた。
少年は空中にいる待宵月之玉姫に向かって、穢れを帯びた銀色の棒を投げつけた。
「待宵!!」
月人が悲鳴を上げる。銀色の棒は、待宵月之玉姫の眉間へ突き刺さろうとしていた。
「駄目だよ」
落ち着いた声が聞こえると同時に、銀色の棒が弾かれて地面に転がる。
待宵月之玉姫の前には、金色に輝く美しい紋様の盾があった。
月人が目の前に視線を向けると、晴信が穏やかな笑みを浮かべていた。
「完成しました。さあ、月人さん。待宵月之玉姫を救ってください」
晴信の手が離れると、空中に浮かんでいた金色の紋様が月人の右手の甲へ吸い込まれていく。
押し寄せる清らかな力に、月人は目を見開く。手の甲には、三日月の紋様が刻まれていた。
晴信は周囲にいる村人達を見る。村人達は持っていた武器を置いて地面に膝をつくと、両手を合わせて目を閉じる。村人達は優しい神様を想って祈った。
「月人さん。待宵月之玉姫の名を呼んでください。彼女が、本来の自分を取り戻せるように」
晴信の言葉に、月人は頷いた。
月人は待宵月之玉姫に近づき、赤く染まった目を見つめて口を開く。
「待宵月之玉姫」
名を呼ぶと、月人の右手の甲が光を放ち、待宵月之玉姫の前に巨大な紋様が浮かび上がる。それは、月人の手に刻まれたのと同じ三日月の紋様だった。
「待宵月之玉姫。俺の」
両手を伸ばし、祈りを込めて、月人は言葉を紡ぐ。力と想いが身体中から溢れてくるのを感じた。
「愛しい神様」
黄金色の光が待宵月之玉姫の体を包み込む。
「『神隠シ』!」
全ての暗闇を晴らすかのように、眩い黄金の光が村全体を包み込んだ。
***
月人が目を覚ました時には、辺りが薄らと明るくなっていた。
(あれ? ここは……外? 俺はどうして……)
ぼんやりとしていた月人は、昨夜の事を思い出して勢いよく体を起こした。
「待宵!!」
「おはようございます。月人さん」
声の方を振り向くと、倒れた木の上に座っている晴信がいた。綴は晴信の肩に頭を預けて眠っている。
「早くに目が覚めてくれて良かったです。なるべく体に負担をかけない術にしましたが、待宵月之玉姫の穢れは大きかったので少し心配していました。体の調子はどうですか?」
晴信に問われ、月人は少し肩を回してみる。
「稲刈りの後に比べたら、全然辛くないです」
ほんの少しだけ疲労感は感じるが、動けないわけではない。月人の返事に、晴信は安堵して微笑む。
「一体、あの後どうなったんですか? 『神隠シ』の術は成功したんですか?」
強い閃光が起こった時までは意識があったが、そこから気を失っていたようだ。
「はい。皆さんが頑張ってくれたお陰で、『神隠シ』は成功しました」
晴信の言葉に、月人はホッと息を吐いた。
待宵月之玉姫は安全な場所にいる。会えない時間は寂しいが、彼女が傷つけられる事が無いのだと思うと安堵が大きかった。
「あの二人の男は、一体何者ですか?」
黒い外套を纏った男達の事を思い出して尋ねると、晴信は顔を曇らせた。
「彼らは旅をしながら人の欲望を叶え、各地で災厄を起こしている呪術師達です。今回、待宵月之玉姫を邪神化させたのも、彼らの仕業です」
月人は息を呑んだ。そんな恐ろしい人達を野放しにしてしまったら、大変な事になる。
「あの人達を捕まえないと!!」
「呪術師達は逃げ出しました。もう近くにはいません」
待宵月之玉姫と村に酷い事をした人間を捕まえられなかった悔しさに、月人は唇を噛む。
「彼らに待宵月之玉姫の邪神化を依頼した人は、この村に対して強い恨みを持っています。依頼人は再び、待宵月之玉姫の邪神化を企むかもしれません。今世で無理なら、来世にでも」
「そんな……」
また惨劇が再び起こってしまうのかと、月人は俯いて拳を握りしめる。
「月人さんに授けた『神隠シ』は、今の段階では一時的に肉体に刻んだだけのモノです。月人さんが亡くなれば消える。しかし、望むのなら、月人さんが亡くなった後も彼らに対抗出来る術を授ける事が出来ます」
晴信の言葉に、月人は勢いよく顔を上げる。
「『神隠シ』の術、穢れを祓う術、魂の記憶継承。生まれ変わっても尚この地へと辿り着ける縁を結ぶ術など。魂に複数の術を刻みます。月人さんが亡くなっても、待宵月之玉姫や村の人達を守れる力と記憶は失われずに生まれ変わる事が出来る」
「……俺に出来るでしょうか?」
今回、『神隠シ』が成功したのは、晴信や村人達がいたからだ。術を授けられたとしても、悪意と力を持った人間と戦えるのかと不安な気持ちになる。
「大丈夫ですよ!」
弾むような女性の声。いつの間に目を覚ましたのか、綴が笑顔を浮かべていた。
「愛は一番強い力なんです! 悪意なんかに負けません!」
綴は胸を張って自信満々に言う。月人は呆気に取られた。
「そうだね。綴ちゃんの言う通りだね」
晴信が愉快そうに笑って肯定すると、綴は嬉しそうな笑みを浮かべた。
月人は目を閉じて、愛しい神様と彼女が愛した村を想う。
目を開けて、月人は頷いた。
「今度こそ、俺が全部守ります。だから、俺に力をください」
もう二度と、彼女が泣かないように。誰かの悪意に染まってしまわないように。
「月人さんなら、きっと出来ます」
晴信は穏やかな笑顔を浮かべて言った。
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