呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第三章 呪いを暴く話

第35話 初代『月人』の記憶

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 集会場に辿り着いた月人つきひとは息を呑む。

 広場のステージは壊れ、建物の壁に穴が空いている。水溜まりとなった血の上に、転がる数人の村人達の死体。 

 穢れの中心には、邪神化した待宵月まつよいづき之玉姫のたまひめの姿があった。

壮太郎そうたろうさん! じょうさん!」
 月人は待宵月之玉姫と戦っている二人の名を呼ぶ。

「ようやく来たね」
 壮太郎は月人を見て笑みを浮かべると、手に持っている団扇うちわを大きく振った。団扇から渦巻く風が生まれて、待宵月之玉姫の体を包み込む。
 待宵月之玉姫が風の中に閉じ込められている間に、丈と壮太郎が月人に駆け寄った。

「魂の欠片は?」
 丈の問いに、月人は右手の甲に浮かんだ紋様を見せる。欠けていた部分が埋められていた。

日和ひよりさんが取り戻してくれました」
 丈と壮太郎は目を見開く。固まる丈とは対照的に、壮太郎は吹き出した。

「ピヨ子ちゃんが? やるね。あの子、やっぱり面白いよ」
 壮太郎はニヤリと口角を上げると、真剣な目で月人を見る。

「やれるかい? 『神隠シ』を」
 月人は緊張で体を強張らせる。全身に震えが走った。

「俺達が援護する。君は術に集中してくれ」
 丈と壮太郎が、月人の盾になるように前に立つ。

(どうか……、どうか力を貸してください。晴信はるのぶさん)

 心臓がドクドクと脈打つ。
 切実な祈りを込めて、月人は震えたままの右手を待宵月之玉姫に向けて翳した。

 目を瞑り、初代『月人』と天翔慈てんしょうじ晴信はるのぶの記憶を思い出す。


***


 月が輝く夜。
 シンと静まり帰った村の夜道を月人と晴信は提灯ちょうちんを手に歩いていた。 
 夏とは言え、山にある村の夜は肌寒い。暗闇と寒さが、月人の不安を掻き立てた。

「あの! 天翔慈さん!」
 月人が声を掛けると、先を歩いていた晴信が笑みを浮かべて振り返った。

「晴信でいいですよ。”天翔慈”は呼びにくいでしょう?」
 のほほんとしている晴信に、月人はガクリと肩を落とす。

「晴信さん。一体、何処へ向かっているんですか?」
 晴信に土地勘は無い筈だが、闇雲では無く、明確な目的を持って歩いているように見えた。

「待宵月之玉姫の所ですよ」
「待宵が何処にいるかわかるんですか?」 
 
「この先にいます。邪神となった神は、強大な穢れを纏う。それに、僕には聞こえます。泣き叫んでいる神様の悲しい声が」

 道の先を見つめる晴信が悲しげな表情を浮かべた時、耳をつんざくような悲鳴が上がった。

「うわぁあああああああ!!!」
「いやぁあああ!!」

 道の先から、聞いた事のある男女の悲鳴と小さな子供が泣き叫ぶ声が聞こえた。
 月人はハッとする。この先には、四人家族が住んでいる一軒家があった。

「急ぎましょう!」
 晴信に言われ、月人も駆け出した。騒ぎを聞きつけた村の男達も数人、松明たいまつを持ってこちらへ向かっているのが見える。 

「待宵……」
 前方の茂みの向こう側で、禍々しい穢れが渦巻いているのが見えた。
 
 クチャ……、グチャ、……ゴリ。聞こえる不気味な音に、月人は息を呑む。
 そこには、人肉を喰らう待宵月之玉姫の姿があった。
 
 待宵月之玉姫が襲った四人家族の住む家は損傷が激しく、玄関から外まで人間を引きずった血の跡があった。家の中には、怯える女性と母親にしがみついて泣いている小さな子供二人がいた。

「あ、あなた! あなたぁ!」
 待宵月之玉姫に食われている旦那を見て、女性が泣き叫ぶ。

 村人全員が息を呑んで、恐ろしい神を見つめる。
 張り詰めた空気の中、晴信は落ち着いた様子で邪神となった待宵月之玉姫を見ていた。

「待宵月之玉姫の核である御神体が穢れに染まっている。行きましょう。月人さん」
「……え? あ、ちょっと!」

 晴信は手に持っていた提灯を近くにいた村人に押し付けて、待宵月之玉姫に向かって歩き出す。
 待宵月之玉姫は食事の手を止めて、目の前に現れた晴信を見つめた。

「やあ、こんばんわ」
 挨拶するような朗らかな声で、晴信は待宵月之玉姫に話しかける。

 待宵月之玉姫が威嚇する様な唸り声を上げた。
 月人も村人達も恐怖で固まる。逃げなければと思うのに、足は地面に縫い止められたかのように動かない。冬でもないのに、歯がカチカチと音を立てて鳴り合った。

「大丈夫だよ。どうか泣かないで。今、助けるから」
 
 晴信が足を踏み出した瞬間、待宵月之玉姫は巨体を俊敏に動かし、口を大きく開けて襲い掛かった。

「危ない!!」
「逃げろ!!」
 村の男達が叫ぶ。周囲に悲鳴が響き渡った。

(晴信さん!!)
 月人は目を閉じた。凄惨な光景を想像していた月人は、続く静寂に違和感を覚えて目を開ける。

 待宵月之玉姫に向かって伸ばした晴信の左手の前に、金色に輝く美しい紋様が現れて盾となって守っていた。

 晴信は右手を緩やかに持ち上げる。何処から取り出したのか、その手には神楽鈴かぐらすずが握られていた。
 晴信は鈴を鳴らす。神楽鈴の美しい音色に呼応するかのように、盾になっていた紋様が複数の帯へと形を変えて、待宵月之玉姫の体に巻きついた。

 金色の帯の先が周囲の木々へと伸びて、待宵月之玉姫の体を空中へ吊り上げる。待宵月之玉姫が暴れているが、金色の輝きを放つ帯は揺るがなかった。

 晴信が再び鈴を鳴らす。
 息苦しさが薄れた事に、月人は気づく。晴信が鈴を鳴らす度に、穢れが祓われていくのを感じた。

「あ、あんた、一体何者何だ?」
 村の男の一人が晴信に問う。この場にいる村人全員が、晴信を見つめていた。得体の知れない存在だというのに、晴信を見つめる村人の目に恐怖は無い。

「僕は天翔慈晴信。神に関わる一族の者です」
 晴信は柔らかい笑みを浮かべる。神々しささえ感じる雰囲気に、村人達は待宵月之玉姫への恐怖を忘れたかのように晴信を見つめた。

 晴信は月人へ視線を向ける。

「月人さん。あなたの力を貸してください」
「……俺の力?」
「はい。村の守り神は、村人の信仰心を力にします。待宵月之玉姫を想う心が神力となり、穢れを内側から祓うんです。待宵月之玉姫を一番想っている月人さんなら、より強い力を発揮する事が出来ます」

 月人は目を見開く。

「どうして……」
 問いを呟く月人に、晴信は優しい笑みを浮かべる。

「待宵月之玉姫が、ずっと月人さんの名前を呼んで泣いていましたから」

 月人の心に、最愛の神様の笑顔が浮かぶ。
 抱いていた恐れを断ち切り、月人は拳を強く握りしめて頷いた。

「やります! 俺の力でも命でも、なんでも使ってください!!」
 
「お、俺達にも何か出来ませんか!?」
 村人達も声を上げる。真剣な目に見つめられ、晴信は頷く。

「待宵月之玉姫が在るべき姿に戻れるように祈ってください。あなた達の祈りが、待宵月之玉姫と月人さんを助ける力になります」

 晴信の言葉に、村人達は力強く頷いた。

「僕はこれから、月人さんに術を授けます。穢れを祓う術。……そして、神を隠す術」
「神を隠す?」
「はい。今回の待宵月之玉姫の邪神化は、何者かの手によって引き起こされたものです。今の穢れを祓ったとしても、邪神化によって力を削がれている待宵月之玉姫は、再び利用されてしまう可能性が高い」

 正体不明の悪意に、月人と村人達は驚きと恐怖を感じた。戸惑った村人達の間で騒めきが広がる。

「僕が作り上げた『神隠シ』は、この世では無い別の世界に神様を隠す術です。穢れを祓い、神力を取り戻させる術を組み込んだ場所で、待宵月之玉姫を守ります。穢れを祓い終えて待宵月之玉姫が力を取り戻した時に、現世に戻って来る事が出来ます」

「……どのくらい時間が掛かるのですか?」
 月人の問いに、晴信は眉を下げる。

「明確な時間は言えません。今回、待宵月之玉姫は守る対象である村人を複数人あやめてしまった事で、強大な穢れを負いました。いつ穢れを祓い終えるかは、月人さんと村の皆さんの信心次第です」

 月人は村人達を見る。
 今回の邪神化で、村人達は待宵月之玉姫を畏怖を抱いた。今までと同じ様に待宵月之玉姫を信仰出来る者が、果たしているのだろうか。

「……確かに、待宵月之玉姫様は怖い。けれど、優しい姿を覚えている。村が飢えと無縁だったのは、待宵月之玉姫様のお陰だ」
「前みたいには出来ないかも知れない。けど、あの方は、いつも俺達を守ってくれた」

 数人の村人が声を上げる。黙って震えている村人もいる。全員が、今まで通りとは行かないだろう。ただ、彼女を慕う者はいる。待宵月之玉姫が今まで作り上げてきた信頼だった。

 違う世界に送り出してしまえば、いつ待宵月之玉姫と再会出来るかわからない。

(もし、村の誰もが待宵を想わなくなったとしても……)
 月人は晴信を真っ直ぐに見つめる。

「俺は、待宵を想い続けます。待宵が笑って、大好きな村に戻って来られるように。ずっと!」
 
 月人の答えに、晴信は優しい笑みを浮かべる。晴信は両手を伸ばして、月人の右手を包んだ。目を閉じた晴信がゆっくりと呼吸を吐き出すと、眩い金色の光が繋いだ手から溢れ出す。

 晴信の頭上に金色の光が生まれて線になっていく。光は次々と線を描き、美しく緻密な紋様を作り上げていく。
 不思議な光景に、月人と村人達は見惚れた。
 月人の体に不思議な温もりが流れ込む。まるで、春の日差しの中にいるような心地よさだった。

 突如、空気を切り裂く音が聞こえた。
 月人の足元の地面に、銀色の棒が突き刺さる。驚いて振り向く月人の頬を、飛んできた何かがかすめた。
 
「火が!!」
 村人達は悲鳴じみた声で叫ぶ。
 地面や木の幹に刺さった銀色の棒から赤黒い炎が燃え上がっていた。

「火を消せ!」
「川から水を持って来い!!」
 村人達が消火活動をしようと動き出す。炎は嘲笑うかのように、圧倒的な力で周囲を飲み込んでいく。

「晴信さん!」
 晴信は目を閉じて集中していた。月人はハッと目を見開く。

 待宵月之玉姫の体を縛る金色の帯を固定する木に、炎が燃え移っている。赤黒い炎は風に煽られて、待宵月之玉姫に向かって一気に進んでいく。
 
「待宵!!」
 
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