呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第三章 呪いを暴く話

第33話 待宵月之玉姫の邪神化

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「そんな! だって、今まで邪神化していなかったんじゃ……」

 予想外の事態に、日和ひよりは焦る。
 待宵月まつよいづき之玉姫のたまひめの邪神化は木木塚ききづかの吐いた嘘の筈だ。

「今度は、本当に邪神化したんだろうな。儀式で生贄を集めていた事と関係があるんだろう」
 碧真あおしは溜め息を吐く。

「俺を置いていけ。あんた達は、じょうさんと壮太郎そうたろうさんに合流しろ」
 碧真の言葉に、日和と月人つきひとは戸惑う。

「俺の上着に壮太郎さんの呪具がまだ残っている。持っていけ。使い方は見ていただろう。早く行かないと、昔の事の繰り返しだ」
 日和は碧真の上着のポケットから、壮太郎の作った照明になるビーズブレスレットの呪具を取り出す。日和は、そのビーズブレスレットを月人に渡した。

「月人さん。先に行ってください。私は、碧真君を連れて後から行きます」
「で、でも、日和さん一人では」
 日和の言葉に、碧真が眉を寄せる。

「おい。俺は置いていけと言っただろう。ちゃんと話を聞いてたのかよ馬鹿女」
 碧真を一人で背負おうとする日和に、月人が慌てて手を貸す。月人の手を借りて、日和は碧真を背負った。

(お、重い……)
 普段運動をしていないせいか、足の筋肉がプルプルと震えた。碧真は細身だからいけると思ったが、自分より身長の高い成人男性を運ぶのは想像以上に大変そうだ。

「私一人でも碧真君を運べます。だから、早く行ってください。待宵月之玉姫様を止められるのは、月人さんだけでしょう?」 
 日和は余裕があるように見せる為に笑う。月人は逡巡しゅんじゅんした後、頷いた。

 月人は日和と碧真に頭を下げると、元来た道を走って戻る。
 月人が辿った道へ日和も足を進めた。

 一歩が重い上に、足場が悪い。眼鏡が無いせいで視界が悪い中、日和は神経を使いながら慎重に歩を進める。
 明らかに無理をしている日和を見て、碧真が苛立ったように舌打ちした。

「だから、置いていけと言っているだろう!」

「こんな場所に一人残して行けるわけが無いでしょう? 怪我も酷いし。富持とみじさんが起きたら、間違いなく碧真君は殺される。それに、真っ暗になったら怖いじゃない」

 今は壮太郎の呪具の効果がある為、洞窟内は明るい。しかし、呪具の効果が切れれば真っ暗闇に包まれる。日和は碧真達と逸れて斜面を転がり落ちた時に、出られるかわからない暗闇の中にいる事に恐怖した。その思いを誰かに味合わせるのは嫌だった。再び碧真の舌打ちが聞こえる。

「迷惑なんだよ! ふざけるな! 自分が良い人間ぶりたい事に俺を巻き込むな! そういうのは、もうウンザリなんだよ!!」
 碧真が声を荒げた。

「ふざけているのは、どっちなの!?」
 日和は怒ったまま一歩踏み出す。
 怒りがエネルギーになったのか、最初に比べて歩みが少しだけ早くなる。

「勝手に強がって、周りの手を跳ね除けて、暗闇で一人きりになろうとするなんてバッカみたい!! 大丈夫じゃないのに、大丈夫なふりをしないでよ! それに何!? 良い人間ぶりたい事に巻き込むな? ここであなたを見捨てたら、私が後悔するからやってるの。親切を押し付けるつもりなんて毛頭ないから!」
 
 進む為に真っ直ぐに前を向いているので、碧真の表情は見えない。日和は構わず怒りをぶつけるように口を開く。

「人の思いをひねくれて受け取るって何!? プライドなの? そんな楽しくない捉え方しか出来ないのなら、センスの無いプライドの使い方だと思うよ。あなたの周りにいた人が、今までどんな人だったか知らないけど……。これから出会う人の事も同じだって勝手に決めつけないでよ! 悪い風に捉えられたら悲しいんだからね!」

 日和は足の筋肉に痺れるような痛みを感じる。息も上がって呼吸が苦しい。
 碧真は抵抗する力もないのか、グッタリとしている。
 休みたいが、休んでしまえば、もう立ち上がる元気はなくなりそうで、日和は必死に足を前に動かした。

 ようやく見えてきた出口に、日和はホッと息を漏らす。
 気合を入れる為に、もう一度碧真を背負い直して、前を向いて歩き出す。


***

 
 集会場の広場に集まっていた村人達は息を呑んだ。
 自分達が信じていたものが全て嘘だったという事がわかったからだ。

 その時、獣の咆哮が響き渡った。
 驚いて振り返った村人達は、そこで初めて見たのだ。

 自分達が真に恐れていた存在。親から子へと語り継がれた、村の守り神。

「待宵月之玉姫様……」

 黒い穢れを帯びた巨大な熊がよだれを垂らし、血のような赤い目で村人達を見下ろしていた。


***


 丈と壮太郎が集会場へと辿り着いた時、村人達は混乱と悲鳴の中で逃げ惑っていた。

 村人の中には、無謀にも邪神化した待宵月之玉姫に向かって銃を撃つ者もいたが、銃弾が効かないとわかると、許しを乞いながらその牙に切り裂かれた。

 誰かが襲われる度に複数の悲鳴が上がる。

 邪神と化した巨大な黒い熊の目には理性や慈愛の色は無い。ただ目の前の獲物を喰らう残酷な神の姿があった。
 神の姿を見る事が出来ない丈の目にも視認出来る程の禍々しい穢れを帯びた邪神。

「これは、思った以上だね。晴信はるのぶの頃は、一日に一人襲うくらいだったって話だけど。今回は目の前の人間を際限なく襲っている。邪神化に使われたのが、守る対象である村の人達の血だからかな? 穢れが大きい」

 壮太郎が分析するように呟く。

 村人を傷つける度に、穢れが大きくなっていく。
 ここに来るまでの間にも集会場から逃げ出す村人達を見たが、まだ広場には多くの村人が残っている。集会場の建物内に避難している人もいるだろう。

(このままでは村人達が危険な上、穢れが大きくなり、邪神としての力が上がってしまう)
 
「壮太郎! 俺が邪神の相手をする。村の人達の避難を頼んだ!」 
 壮太郎が頷いたのを確認し、丈は邪神に視線を向けた。

 邪神は右前足を大きく振りかぶる。
 邪神が鋭い爪を振り下ろす先には、逃げ遅れたのであろう少年と母親がいた。親子は恐怖で固まったまま動けずに目の前の邪神を凝視している。

 丈はスーツの左袖の裏地に隠していた銀柱ぎんちゅう三本を右手で素早く取り出し、親子の前の地面に向かって投げる。
 地面に突き刺さった銀柱が閃光を放ち、邪神と親子の間に緑色の光を纏った分厚い壁の結界が出現する。邪神の爪は結界に弾かれた。

 丈は続け様に、左手に構えた四本の銀柱を邪神の右前足に向かって投げる。銃弾が効かないという月人の話通りにダメージは無い様だが、それでも銀柱は刺さった。
 
「爆ぜろ」
 丈の声に呼応こおうする様に、銀柱が緑色の光を放ち、爆発が起こる。右前足が吹き飛んだ邪神が悲鳴を上げた。

 丈は続け様に空に向かって、両手に構えた八本の銀柱を投げる。
 落下した銀柱は邪神の両肩、後ろ首、背中へ次々と刺さっていく。八本の銀柱が全て刺さり終わると、丈は短く言葉を紡ぐ。

「縛」
 銀柱が放つ緑色の光が糸へ姿を変えた。無数の糸が目に止まらぬ速さで邪神の体を一気に縛り上げていく。
 邪神は地面にうつ伏せに倒れ、自身の体に巻きつく糸に対して苛立ったように吠えた。

 邪神を拘束している間に、丈は怯えている親子に近づく。

「大丈夫か?」
 丈が問うと、母親は放心状態ながらも頷く。震えていた少年は丈を見てハッとした。

「おじちゃん。さっき、村長さんと話して……」
 少年の言葉を遮るように、地面が揺れる。
 視線を向けると、捕縛している糸を引き千切ろうとして邪神が暴れていた。何重にもなって拘束している糸が一本、また一本と千切れていく。爆破した筈の右前足に穢れが集まり、体も再生していった。

(流石に神相手に拘束は無理か)

「早く逃げろ。なるべく、ここから遠くへ!」
 親子が頷いて立ち上がろうとした瞬間、邪神を捕縛した糸が次々と音を立てて千切れていく。
 体が自由になった邪神は、殺意を込めて右前足の爪を振り下ろす。二度の攻撃による衝撃で結界はピシリと音を立て、一気に破壊された。

 結界を破壊した勢いのまま、邪神の右前足の爪が丈の顔の肉を抉ろうと迫る。

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