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第三章 呪いを暴く話
第32話 抵抗
しおりを挟む日和は富持を見据える。
日和を攻撃する意思は無いのか、富持の手にある猟銃は向けられていない。碧真は怪我をしているが、日和に近い位置にいる。
(今、一番危険なのは月人さんだ)
富持と月人の距離は近い。月人は人質にもなるし、すぐ撃てる位置にいる。日和が月人を見ている事に気付いたのか、富持は笑った。
「そうですね。日和さんが抵抗しないで俺の元に来てくれるのなら、二人を見逃してやっても良いですよ?」
富持の言葉に、日和は眉を寄せる。
(抵抗せずに富持さんの元に向かったとして、本当に月人さんと碧真君を見逃すとは限らない。だけど、私がこのまま動かなかったら、月人さんが傷つけられる)
漫画の主人公なら、こんな時に眠っていた力が解放されたり、自分の力で相手を倒せる活路を見出す事が出来るのかもしれない。
(けど、私は漫画のヒーローでも無いし)
日和が富持を倒せるかと問われたら、答えは”否”だ。
日和は考えた末に、富持の方へシャベルを投げた。
シャベルは富持から一メートルほど離れた場所で止まる。富持がニヤリと笑う。視線を逸らして隙を作れたらと思ったが、富持は日和から視線を逸さなかった。
(思い通りにはいかないか……)
「さあ、こちらへ」
富持が日和に手を伸ばす。
日和は両手を腹部へ回し、自身の体を抱きしめるような仕草をした。富持から見たら、不安に怯えている様に見えただろう。
「大丈夫ですよ。抵抗しなければ、優しくして差し上げます」
日和は覚悟を決めたように腕を解き、ゆっくりと富持に近づいた。
拳を握りしめ、心臓をドキドキさせながらも慎重に歩く。富持から一歩手前の距離で日和は立ち止まり、祈るように両手を組み合わせた。
「神への祈りですか?」
日和が神社が好きだと言っていたからだろう。富持が日和へと手を伸ばす。日和はニヤリと笑った。
「いいえ。抵抗です」
日和は組み合わせた手を解く動きに乗せて、掌に握りしめていたモノを月人に向かって投げ落とす。
富持は左手を日和に伸ばしている為、猟銃を構えていない。更に、日和の行動は大っぴらに投げる仕草ではなかった事で、富持は反応が遅れた。
月人に向かって落ちていくモノが何かわかった時、富持は驚愕に顔を歪めた。
焦る富持とは対照的に、日和は笑う。
日和は自分を抱きしめるような仕草をした時に、左腕で隠しながら上着の左内ポケットにしまっていたモノを右手で取り出していた。祈るような仕草は、ポケットから取り出したモノを月人に近い左手に移す為。
日和が取り出したモノ……魂の欠片が月人の体の上へと落ちる。
魂の欠片が月人の体に溶け込むように入っていく。
月人の体を金色の柔らかい光が包み込んだ。
月人を撃つ為に猟銃を構えようとした富持の手に、鋭い痺れが走る。猟銃が吹き飛び、カラカラと音を立てて地面を滑って行った。
富持は痛む手を押さえながら、シャベルを構えた日和を睨みつける。日和が拾ったシャベルを使って、猟銃の銃口を掬い上げるようにして富持の手から払ったのだ。
「あまり良い気になるな!!」
富持が吠えて、日和に殴り掛かろうとする。富持の迫力に日和は体を強張らせて、足を一歩引いた。後退した日和は、何かに躓いてよろける。それが功を奏し、富持の拳をギリギリで避ける事が出来た。
『『今だ!』』
頭の中で響いた声に従い、日和はシャベルを富持に向かってフルスイングした。
聞いた事の無い鈍い殴打音が響いて、富持が地面に倒れる。
日和は肩で息をしながら、倒れた富持を見つめた。
(今、凄い音がしたけど……もしかして死!?)
日和はシャベルを手から落として青ざめる。
命の危険を感じて咄嗟にやった事だが、人殺しは御免だ。富持の様子を確認しようと近寄る。
「わっ!!」
日和は富持に足首を掴まれ、一気に引き倒された。地面に背中を打ちつけた衝撃で、口から空気の塊が吐き出される。
呻く日和に、富持が馬乗りになった。富持の左腕はダラリと力なく垂れている。日和がシャベルで殴った際に骨折したのだろう。富持の右手の太い指が、日和の首を絞めていた。
「くそ女が! お前も村の奴らと同じだ! もう良い。お前などいらない!!」
「日和!!」
碧真が焦ったように叫ぶ。
「うっ、ぐぅっ!」
日和は空気を求めて呻いた。両手を使って富持の右手を必死に退かそうとするが、力が強くて引っ掻く事しか出来ない。富持の顔が殺意で醜く歪む。
「死ね! 死ね! 死ね!!」
日和の目に涙が滲む。
目頭がチカチカと刺すような痛みを発し、頭が真っ白になっていく。生きる為に抗いたいのに、ただ苦しいとしか感じなかった。
富持は右手首に何かが張り付く様な違和感を感じる。
日和の顔から自分の右手首に視線を移すと、掌サイズの小さなウサギの人形が抱きついていた。人形は首を動かして富持を見上げる。
『やーい、むっつり。やーい、むっつりー。むっつりすけべー』
抑揚のない幼い声がぬいぐるみから発せられる。富持はギョッとして、日和の首から手を離して立ち上がった。
「な、何だ!? 」
『やーい、むっつり』
同じ言葉を繰り返す不気味な人形を振り落とそうと、富持は右腕を何度も大きく振る。暫く腕を振ると、人形は何かを叫びながら遠くへ飛んでいった。
「くそ! 何なんだ!?」
富持は苛立ったように、不気味な人形が張り付いていた手首を右太腿に擦り付けて拭う。
トンという軽い音と共に、富持の右手首に銀色の棒が突き刺さった。鈍い痛みを感じた直後、右腕に銀色の棒が三本続けて刺さっていく。
富持が驚いていると、銀色の棒が青い光を放ち、小さな爆発を起こした。
「ガッ!」
皮膚が焼ける痛みに呻きながら、富持は棒が飛んできた方向を見る。そこには、碧真がいた。銀色の棒を投げる為に持ち上げていた碧真の左腕がダラリと下がって地面に落ちる。
「貴様!!」
富持は吠えながら碧真に向かって走る。
碧真は立ち上がる気力も無いのか、富持が襲いかかって来るのをただ見ていた。日和は上体を起こし、涙を滲ませて叫ぶ。
「碧真君!!」
日和の掠れた声が洞窟内に響いた後、空を切る音がする。
日和と碧真は目を見開いた。
月人がシャベルを拾って、背後から富持の後頭部を叩いた。鈍い殴打音がして、富持が地面に倒れる。
日和はよろめきながら立ち上がり、碧真と月人の元へ歩み寄った。
「月人さん」
日和が名を呼ぶと、月人はシャベルを落としてヘナヘナと座り込む。
「あ、と、富持さん………死……」
月人は自身の行動に顔面蒼白になって震え出した。
「呼吸はしているから、死んでない。気絶しただけだ」
倒れた富持の体が呼吸で僅かに上下しているのを見て、碧真が告げる。人殺しにならなかった事に、月人と日和は安堵の息を吐き出した。
「月人さん。体は大丈夫ですか? 魂の欠片が戻った違和感とかは……」
日和が尋ねると、月人は頷いた。
「大丈夫です。日和さんのお陰で、色々と思い出せました」
日和はホッとして、碧真へ視線を移す。
(すごい怪我だな……)
碧真はボロボロだった。息も荒く、顔色も悪い。
「月人さん。手を貸してください。碧真君を運ばないと」
月人は頷き、日和と一緒に碧真の体を支えて立ち上がる。
三人が歩き出そうとした瞬間、地面が揺れるような大きな咆哮が響いた。
「何!?」
動揺する日和。月人は息を呑む。
「待宵……」
「何が起こっているのか、わかるのか?」
碧真の問いに、月人は震える声で答えた。
「待宵が……邪神化した……んだと思います」
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