呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第三章 呪いを暴く話

第20話 邪神化の不審点

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「いやー、助かります。ぶつかった人が親切な人で良かった」
「本当、ありがたいです!」

 天翔慈てんしょうじ夫婦は、『ありがたや~』と月人つきひとを拝んだ。
 
 泊まる所が無いと言う二人。
 最初は村にある宿へと案内したが、二部屋しか客室が無い小さな宿の為、二組の宿泊客で既に満室となっていた。どうやら、四人の旅人の内の一人が足を悪くしてしまって、長期滞在しているらしい。 
 
 月人は天翔慈夫妻を自宅に招く事にした。二人は悪い人達には見えない。それに、邪神となった待宵月まつよいづき之玉姫のたまひめに襲われる可能性がある中、放置する事は出来なかった。

 家に着くと、滅多に来ない客を母親は笑顔で出迎えた。
 
「質素なものしかなくて申し訳ないですが」
 客人に母は料理を振る舞った。質素ではあるが、いつもより品数を多く出している。

「わあ! 美味しそう!!」
 つづりが目を輝かせ、晴信はるのぶも笑みを浮かべた。感謝しながら嬉しそうに食事をする夫婦を、母も月人もほっこりと見守った。

(何だか、不思議な人達だな)
 初めて会うのに、ずっと前から大切に思っている人達の様に感じた。二人の笑顔を見るだけで、こちらも幸せな気分になる。

(空から降ってきたし……。もしかして、神様か?)
 空から降ってきた事や地面に浮いていた雲から考えても、二人は人間とは思えなかった。
 月人の視線に気づいた晴信と目が合う。晴信は柔らかい笑顔を浮かべた。


「ご馳走様でした」
 夫婦は仲良く声を揃えて手を合わせた。 
 二人が食事を終える前に、父も戻って来た。待宵月之玉姫を見つけたが、素早く逃走され、その後は見つけられなかったという。走り回ったのか、父の顔には疲れが滲んでいた。
 
「奥様。私が食器を洗います!」
 綴は率先して、母の片付けを手伝った。素直で感じの良い綴に、母も嬉しそうに一緒に家事をする。晴信は居住まいを正すと、向かい側にいる月人と父を見た。

「僕にも何か出来る事がありましたら、お申し付けください。力仕事は得意ではありませんが、頭や手先を使う仕事は得意です。それに……」

 晴信がニコリと笑う。

「神の穢れを祓う……といった事も得意ですから」
 月人と父は揃って目を見開いた。

「どうして……」
 父親が震える声で問う。晴信は笑みを浮かべたままだ。

「この村に入った時から強大な穢れを感じました。怨霊よりも強い力。邪神となった神の気配です。既に、数人が命を落としているのではありませんか?」

 知らない筈の事を言い当てられて、月人は震える。沈黙を肯定と受け取り、晴信は話を続けた。

「この村には、外部の人間が侵入出来ないように、人の力で作られた結界も張られていました。まあ、僕が不注意でぶつかって破れてしまいましたが。この村に、呪術師はいませんか? いるのなら、お話を伺いたいのですが」

「いえ、うちの村に呪術師などはおりません」
 父が戸惑いながらも否定した。月人も頷く。呪術など存在は知っているが、見た事は無い。

「それでは、結界に心当たりは?」
 月人と父が首を横に振ると、晴信は思案顔になる。

「あ、あの! 本当に、神の穢れを祓えるのですか? 待宵を、村を助けられるのですか?」

 月人は半信半疑ながらも、希望に縋り付く様に晴信を見つめる。
 晴信は美しく優しい笑みを浮かべて頷いた。

「はい。僕は神に関わる天翔慈家の人間ですから」
 声は優しくて穏やかなのに、力強さを感じた。晴信からは神々しささえも感じる。

「どうか、聞かせてください。この村の事、守り神の事を」
 晴信に促され、月人は自分が知っている待宵月之玉姫の事を語った。月人が話を終えた時、晴信が口を開く。

「村の皆さんは、待宵月之玉姫の姿が見えるのですね?」
 晴信の問いに月人は頷く。

 他の神の姿は見た事は無いが、守り神である待宵月之玉姫の姿は、村人全員が見えていた。待宵月之玉姫は村人達に好かれていて、神社にはよく人が集まっていた。秋には豊作を祝った祭りを開き、待宵月之玉姫へ感謝を述べる。

「神に近い村。その村で、何の要因も無く、守り神が邪神化する事はありません。何らかの人為的な思惑が絡んでいる」
 晴信は険しい表情を浮かべて立ち上がった。

「綴ちゃん」
 晴信が声を掛けると、土間で洗い物をしていた綴が居間へ顔を出した。晴信は土間の壁に立て掛けていた番傘を手に取り、綴に手渡す。

「僕は今から月人さんと外へお仕事に出掛けるよ。傘を直しておいてくれない ?」
 晴信から受け取った傘の状態を確認して、綴は頷いた。

「破れているのは術式の部分ではありませんから、私でも直せますね。いってらっしゃいませ」
 綴は笑顔で手を振った。

「…………ん? ちょっと待ってください。今から? 俺も??」
 何故か自分も出掛ける事にされて、月人は慌てる。

 外はもう暗い。足元も見えないので、出歩くのは危険だ。それに、待宵月之玉姫がいる。今から出掛けるなど、自殺行為でしかなかった。

「はい。月人さんにも協力して欲しいんです。村と待宵月之玉姫を救う為に」
 晴信の穏やかな笑みに対して、月人が出せる答えは一つしかなかった。


***


「そこで、僕の中の初代『月人』の記憶は途絶えています」
 月人は話を締めくくった。

「もしかして、死んじゃったとか?」
 日和ひよりが恐る恐る口にした言葉に、月人は首を横に振る。

「初代『月人』は、一九四五年に病気で亡くなっています。晴信さんと会った後、初代と二代目の『月人』が存命している間は、待宵は一度も邪神化していません」

「術に関する記憶がゴッソリと抜け落ちてるって事だね。あー、晴信の活躍を聞きたかった!!」
 壮太郎そうたろうが悔しげな声を上げる。

「二代目が生きていた時期は?」
 じょうの問いに、月人は歯切れが悪そうに答えた。

「一九四六年から一九六九年の間です。二代目の最期の記憶では、山にある洞窟の前で誰かと会っていたみたいです。どうして亡くなったのか、最期に誰と会っていたかは、黒く塗りつぶされたように思い出せないんです」

「月人君は、今何歳?」
「? 二十八歳ですが……」
 壮太郎の問いに、月人は首を傾げながらも答える。

「初代が亡くなってから、二代目が生まれたのは一年後。対して、三代目である今の月人君が生まれたのは、一九九二年。二十三年もの間、村では『月人』が不在だったのか」
 丈が思案顔で言う。月人は膝の上に置いた両手を握り締めて俯いた。

「『月人』が不在の間、村長の木木塚さんが村を守る為に神を鎮める術を学び、邪神化した待宵を鎮めてくれました。……何も出来ない僕より、ずっと凄い」
 
「呪術師から学んだ……ねぇ。その術ってさ、本当に君達を助けるモノなのかな?」
 皮肉げな笑みを浮かべる壮太郎の言葉に、月人は戸惑う。

「え? だって、実際に村長さんの使う術のお陰で、被害は最小限で済んでいるんですよ?」
 真面目に答えたのに、壮太郎は可笑しそうに笑った。

「今まで聞いた話を総合して、不自然だなって思う事は無い?」
 壮太郎の問いに、日和と月人は首を傾げる。碧真あおしが頷いた。

「村人の殺され方が違いますね。百年以上前に邪神化した時は、体を喰われていた。それに、死体の近くには熊の足跡があった。だが、俺が聞いた村人の話だと、体の部位を切り落とされて殺されている」

 壮太郎が「正解!」とウインクした。

「待宵月之玉姫は、熊の神。人の姿にはなれるけど、本来と違う姿を保つには、繊細な力の操作が必要になる。邪神化で力が荒ぶる中、人型を保つ事は出来ない。暴れるのなら、本来の熊の姿だ。体の部位をなんて真似は出来ない」

「それに、村長の事も気に掛かる。あの男、本当に神を鎮める力を持っているのか? 邪神化した神を鎮めるなど、俺にも出来ない。この村にあった結界は、力の質が低い物だ。あの程度の術者が、神を鎮める術を使える筈が無い」

 壮太郎と丈が不審点を指摘していく。壮太郎は嘲るような笑みを浮かべた。

「それに何? 邪神化する一ヶ月前に村人を殺して生贄を求めるって、意味不明すぎない? 邪神化は、そんな犯行予告みたいな真似が出来る様な物じゃ無いでしょ? 守り神が守るべき村人を殺したのなら、その時点で既に穢れを持っている筈だ。それなのに、待宵月之玉姫には一切穢れが無い」

「ちょ、ちょっと待ってください! それじゃ、まるで」 
 月人が顔を青くする。丈が唇を開いた。

「待宵月之玉姫は邪神化していない。四十年前から今までの間に村で行われたのは、人の手による殺人だ」

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