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第三章 呪いを暴く話
第10話 碧真に絡みつく呪い
しおりを挟む浴場前の廊下で、碧真は壁に寄りかかって立っていた。
巳に周囲の様子を探らせているが、不審な気配は無い。宿の人間の動きは丈の加護の子が見張っており、何かあれば碧真の元に報告に来る様になっている。
(今の所は問題無しか……。つうか、何で俺が日和の護衛なんてしなくちゃいけないんだよ)
丈から頼まれた事だから断れなかったが、納得は出来なかった。
(そもそも、この仕事に赤間日和を連れてくる必要があるか? 絶対にいらないだろう)
今回の依頼主は、三家の中で最も地位が高い天翔慈家だ。
天翔慈家の人間と良好な関係を築きたいという者は、鬼降魔家にも結人間家にも多くいる。依頼を通じて、天翔慈家に良い印象を与える為に協力したがる筈だ。
碧真と夫婦役を快諾するような人間はいないが、鬼降魔家か結人間家の中から力のある術者を選んで、壮太郎が夫婦役をすれば良いだけの話だ。碧真こそ、おまけで付いてきた親戚扱いにすれば良い。
鬼降魔家が雇っている人間とはいえ、日和は一般人。
呪術に対する知識も、対抗する力も無い人間を連れて来るのは、一緒に仕事をする碧真達の手間を増やすだけだ。
「チビノスケ」
碧真が顔を上げると、男湯の青い暖簾を手で払って、浴衣姿の壮太郎が廊下へ出てきた。
「ピヨ子ちゃんは今、髪を乾かしているから。もう少しで出てくるよ」
壮太郎は笑いながら碧真の隣に立つ。
「ちゃんと待っていて偉いじゃないか。さすが、夫婦だね」
”夫婦”という言葉に苦い顔をする碧真を見て、壮太郎は苦笑した。
「そんなに嫌? ピヨ子ちゃんと一緒にいるの」
「嫌に決まってるじゃないですか。手間も増えて面倒です。そもそも、何で総一郎が、あいつを鬼降魔の仕事に関わらせているのか、理解出来ません。鬼降魔幸恵の件で、あいつは記憶を消して帰す予定だったのに」
当初の予定では、丈が日和を家に送り届けた後に鬼降魔に関する記憶を消す筈だった。しかし、総一郎は何を思ったのか、日和を家に帰す直前に考えを改め、碧真の仕事のパートナーにしたのだ。
元々、碧真は一人で仕事をこなしていた。丈と組む事もあったが、数回程度だ。
呪術を学んでいる人間と組むのなら、経験を積ませる為だと理解出来る。難しい仕事だというのなら、同じ力を持つ人間と協力させるのもわかる。しかし、何の力も無い人間と組ませるなど、意味がわからない。
碧真が仕事に行く際には、日和を同行させるように命令される。今まで仕事で関わる事が無かった美梅や咲良子とも関わる羽目になった。
一人でいたい碧真にとって、日和は迷惑以外の何者でもない。
はっきり言って、日和は碧真の仕事の役に立つとは考えにくい。
呪術の力が無くても、何かしら使えるスキルがあるのなら良いが、日和は全く能力が無かった。
鬼降魔の仕事は、人の死に関わるものも多い。術によっては、肉体的にも精神的にも苦痛を与えられる。幼い頃から呪術に触れている者でも、精神を病む事がある。平和ボケした一般人に務まるものではない。
鬼降魔愛美の呪具探しの後も、碧真は総一郎に日和を辞めさせる様に進言した。
日和は愛美の加護の卯に衝突されて、山道を転がり落ちた。気持ち悪いくらいに無事だったが、打ち所が悪ければ死んでいただろう。
次は怪我では済まないだろうと言ったが、総一郎は『日和を辞めさせない』と断言した。
「ヘタレ当主がピヨ子ちゃんを利用する目的は、お粗末な自己保身の為だろうね。相変わらず卑怯な奴」
「自己保身?」
日和を雇う事が、何故総一郎の保身に結びつくのか理解出来ない。碧真にとって、日和は利用価値すら感じない人間だ。
「あのヘタレは、常に自分の保身の事しか考えていないよ。それなのに、『自分は一族のことを考えている良い当主が出来ている』と思っているのだから、滑稽だよね」
壮太郎が嫌悪感丸出しの顔で総一郎を貶す。
壮太郎は、総一郎を嫌っていた。いつからか、どんな理由かは知らないが、二人は犬猿の仲だ。
「そういえば、チビノスケの言っていた鬼降魔幸恵。来月に『材料』として解体される予定だよ」
壮太郎が思い出したように話を変える。
「アレは良い材料になるって、僕も期待しているんだ。強い邪気を撒き散らしているし、力もまあまあだし。解体されたら、僕にも一部支給される予定だからね。楽しみだな」
壮太郎は子供のように無邪気に語る。碧真は眉を寄せた。
『呪罰行き』の人間は、一族の管理する牢に入れられるだけではない。身体や魂を呪術の材料にする為に解体される。解体した人体は鬼降魔家でも使われるが、殆どが結人間家に渡される。
結人間家は有用な呪具を作り出す一族だ。結人間家の人間にとって、『呪罰行きの人間=材料』というわけだ。
「五年前は、鬼降魔のヘタレ当主が呪罰行きの人間を捕まえ損ねたせいで、材料が手に入らなかったからね。結人間家でも、久しぶりの良い材料の権利は取り合いだったよ」
二〇一五年に起きた、『鬼降魔家当主襲撃事件』。
鬼降魔の禁呪を使用して、死亡者と重傷者を出した事件は、三家全てが知っている。
残忍な殺人事件の犯人である当時十八歳の少年は捕まっておらず、未だに行方すら掴めていない状態だ。
当時まだ当主ではなかったが、総一郎は現場にいた。
碧真は遠方の大学に行っていたので現場を見ていない。丈も壮太郎と共に他の地方へ長期の仕事に出ていた為、近くにはいなかった。
碧真は叔父から事件について聞かされた。
──「犯人は、お前と同じ『呪罰行きの子』だ」、と。
「チビノスケ」
考えに耽っていた碧真は、壮太郎に呼ばれて顔を上げる。壮太郎は真っ直ぐな目で碧真を見ていた。
「『呪罰行き』にはならないでね。僕はチビノスケだとしても躊躇いなく呪具の材料にするけど、丈君は悲しむから。良い材料が手に入らないのは残念だけど、丈君が悲しむ方が嫌だからさ」
壮太郎の基準は、いつだって『丈が最優先』だ。
人間としての感情や思考が欠落している壮太郎と、人間としての感情や思考がまともな丈がどうして仲が良いのかは謎だ。
碧真が小学一年生の頃に、当時高校三年生だった丈と壮太郎に出会った。
丈が碧真の子守を任されたのが切っ掛けで出会ったが、それ以降も度々遊んでもらっていた。真っ当な子守りをしていたのは丈のみで、壮太郎は碧真を揶揄って遊んでいたが。
『呪罰行きの子』になった後、周りの人間が掌を返して敵意や悪意を向けて来た時も、丈と壮太郎だけは変わらなかった。
二人の態度が変わらなかった理由。丈は成熟した人間で情も深い人間だからだろうが、壮太郎は”どうでも良いから”だろう。
碧真が『呪罰行き』になった瞬間、壮太郎の中では『昔一緒に遊んだチビノスケ』から『良い材料』へと変換される。丈を除いて、壮太郎は馴染みのある人間が解体されても何とも思わないのだろう。
碧真が口を開こうとした時、女湯の赤い暖簾が揺らめき、日和が顔を出す。
化粧を落とした日和の顔は更に幼く見えた。日和は碧真の表情を見た瞬間、一歩後ずさる。
碧真にとって、『呪罰行き』の話は面白くない。碧真はいつも以上に不機嫌な顔になっていた。
「ご、ごめんね。碧真君。待ったよね……」
日和は、待たせてしまった事で碧真が怒っていると思ったらしい。碧真は溜め息を吐く。早く寝たいのに待たされたのは事実だ。
「遅い」
碧真が文句を言うと、日和は少し眉を下げた。
「じゃあ、ピヨ子ちゃん。僕と一緒に遊ぼう! チビノスケ、お風呂から上がったら、僕達の部屋にピヨ子ちゃんを迎えに来るんだよ」
「え?」
「はあ?」
日和と碧真が驚きの声を上げる。
碧真が風呂に入っている間は、壮太郎が日和の護衛をするという話だったが、わざわざ迎えに行かなければならないのは聞いていない。
文句を言おうとした碧真を無視して、壮太郎は日和の手を引いて去って行った。
(本当に自由だよな……あの人)
碧真は溜め息を吐く。
護衛の必要がなくなった碧真は、巳に戻るように指示を出す。
足元に現れた巳を碧真はジッと見下ろした。
何の因果か、碧真の加護は父親と同じ巳だった。
(……頼まれたとしても、俺は、あいつらと同じにはならない)
碧真は拳を握りしめる。
碧真を地獄へ叩き落とした両親の顔が脳裏に浮かぶ。
悍ましい呪いの言葉を笑いながら吐いた父親と母親。そして、叔父。
「俺は、あいつとは違う」
両親や叔父にかけられた呪いを否定する為に何度も繰り返した言葉を、碧真は一人呟いた。
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