呪いの一族と一般人

守明香織(呪ぱんの作者)

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第二章 呪いを探す話

第16話 大切な人に出会えた奇跡

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 日和ひより碧真あおし鬼降魔きごうまの本家に戻ったのは、夜だった。

 先に本家に戻っていた美梅みうめ咲良子さくらこも、総一郎そういちろうと共に日和達を出迎えた。

「ご苦労様でした。皆さん、よく解決してくださいました」
 総一郎は四人に労いの言葉を掛ける。

 調査に出た四人が揃ってから今回の調査の報告を行う予定だったが、日和が山で転んで服や体が汚れていた為、他の三人だけが報告を行う事になった。
 日和はすぐに風呂へと案内された。ついでに、「もう遅い時間だから、本家に泊まるように」と総一郎から言われた。

 風呂に入った日和は、自分の体を見下ろして苦笑する。
 
「うわ~、予想以上に酷い」
 大きな怪我が無かったのはいいが、体のあちこちにアザが出来ていた。結構派手に転がっていたので、既に体に筋肉痛のような痛みも出ている。服に覆われていない部分に出来た擦り傷も、お湯を掛ければヒリヒリと痛んだ。

 髪と体を洗った後、傷があるので湯船には浸からずに風呂から上がった。
 
 脱いだ衣服が消えていた。代わりに、前回と同じように下着代わり肌襦袢はだじゅばん、浴衣と夏用の薄地の羽織が置かれていた。
 着替えを済ませて、洗面台の前に置かれた椅子に座ってドライヤーで髪を乾かしていると、脱衣所の扉が勢いよく開かれた。

 振り返ると、咲良子が立っていた。
 日和はドライヤーの電源を切って、何事かと身構える。日和を見た咲良子の表情が一気に悲しそうなものになった。

「日和……なんで」
「え!? 咲良子さん、どうしたの!?」
 俯いて今にも泣き出しそうな様子の咲良子に、日和は慌てて椅子から立ち上がる。近づこうとした時、咲良子が勢いよく顔を上げた。

「なんで、もう上がってるの! 生乳触りたかったのに! お風呂で泡塗れにしてやろうと思っていたのに!!」

(…………えー)  
 日和は若干ではなく、思い切り引いた。

(そういえば、咲良子さんは、胸に対して異常な執着を見せる子だったな……)

「は! でも今はノーブラと同じ! ということは、生乳触り放題!!」
「な、待って! 目が怖い! ちょっと、え? え!?」
 咲良子は日和の胸を凝視したまま近づいてくる。

 確かに、今は着ている下着代わりの肌襦袢は、胸をガッチリとガードしてくれる物ではなく、薄布一枚だ。

 日和は後退りながら逃げ道を探すが、出入口は咲良子の背後にある扉しかない。咲良子が日和を追い詰めるように、どんどん近づいてくる。

(ひっ!!)  
 日和の顔が引きつった時、脱衣所の扉が開いた。

「咲良子!! あんた! また日和さんに変な事をしようとしてたわね!?」
 現れた美梅が咲良子を叱る。咲良子は舌打ちした。

(助かった……)
 日和は安堵の息を吐く。咲良子は不機嫌そうな顔で美梅を振り返った。
 
「……何で、美梅がここに?」
「あんたがお風呂に行ったって聞いて、嫌な予感がしたのよ! あんたが変な事を起こせば、鬼降魔の品格が損なわれるのよ! 自重しなさい!!」

 美梅の説教に、咲良子が顔を顰める。
 二人の様子を見て、日和は少し笑った。

「日和。どうしたの?」
 咲良子がキョトンとした顔で日和を見る。美梅も首を傾げた。

「いや、二人は仲が良いなって思って」
「「はあ!?」」
 日和の言葉に、美梅も咲良子も口を揃えて嫌そうな顔をした。

「何処が!? どう見たって、仲が悪いじゃない!」
 美梅の言葉に、咲良子も同意して頷く。

「え? でも、愛美あいみさんの病室で、咲良子さんが美梅さんの事を信じてるって言ってたし。今のも、仲が良いからこその言い合いなのかなって……」

 咲良子は美梅を信じて、自分の命を預けた。美梅も咲良子に応えて、呪具の場所を日和達に伝えた。
 口では言い合いをしながらも、お互いに信頼し合っている関係なのだと日和は思ったのだが……。

「確かに、そう言った。でも、それは日和が思っているものじゃない」
「え?」
 咲良子の言葉に、日和は首を傾げる。咲良子は、美梅を見下すような悪い笑みを浮かべた。

「私は、美梅の愚かさを信じているだけ」
「……はあぁぁ!? 私が愚かですって!?」
 言葉を飲み込んだ美梅が眉を吊り上げて怒った。

「賢いなら、あの状況をうまく利用して、私を亡き者にする。自分より優れている相手に勝てるチャンスを棒に振るなんて、愚か者の極み。美梅は、総一郎の嫁にはなれない」

「私があんたに負ける筈がないじゃない! 私が総一郎様のお嫁さんになるの!」
 
 美梅と咲良子は言い合いを始めた。止めようか迷ったが、口を挟める様子ではない。

 日和は二人を放置して、脱衣所を出た。 

 以前も泊まった離れの部屋へ向かおうとしていると、廊下でバッタリと碧真に会った。

 声を掛けようか迷っていると、碧真は手に持っていた袋を日和に向かって投げた。咄嗟に受け止める。碧真は何も言わずに、日和に背を向けた。

 不思議に思いながらも、日和は袋の中を見る。中には、湿布薬と傷薬、絆創膏が入っていた。

(もしかして、私の怪我を気遣ってくれたの?)
 日和は顔を上げて、碧真の背中を追いかける。上着の裾を掴むと、碧真は怪訝そうな顔で振り返った。

「あ、ありがとう!」
 日折はお礼を伝える。無言のままの碧真に、日和は目を泳がせながらも意を決して口を開いた。

「あと、聞きたいんだけど。離れって、どっちへ行けばいいの?」
「はあ?」

(うっ。やっぱり怒った!)
 日和は方向音痴だ。それに、もう来ることは無い思っていたので、離れへの道は覚えていなかった。辺りに女中の姿も無い為、嫌味を言われる覚悟で碧真に尋ねたのだ。碧真は溜め息を吐く。

「あんたって、本当に残念な奴だな」
 案の定、バカにされた。碧真は面倒臭そうな顔をしながらも、分かれ道の片方の廊下を指差す。そちら側に進めばいいらしい。

「ありがとう。助かった」
「……屋敷内を彷徨うろつかれるのは、迷惑だからな」
 碧真は不機嫌そうな顔のまま、日和に背を向けて歩き出す。

「おやすみ!」
 碧真の背中に声を掛けて、日和は離れへ向かった。


 ほんの少しだけ、二人が近づけた夜だった。


***


 翌朝。
 身支度を終えた日和は、女中に案内されて母屋へと向かう。
 
 昨日は日和だけ報告が出来ていなかったので、朝食前に総一郎に会う事になっていた。

 女中に案内されたのは、母屋の縁側だった。
 縁側に座っていた総一郎が、日和に気づいてニコリと微笑む。

「おはようございます。日和さん。どうぞ、隣に座ってください」
 一人分の間を空けて、日和は総一郎の隣に座る。総一郎からお茶が入ったコップを受け取った日和は目を輝かせる。

「綺麗ですね」
 透明なガラスにオレンジや黄色で柔らかな色付けされたコップの美しさに、日和は笑みを浮かべる。香りの良いほうじ茶と浮かんだ氷が、朝日を浴びてキラキラと輝いていた。

「日和さんは感性が豊かで、見ていて面白いですね」
「え? そうですか?」
 日和は首を傾げる。確かに、リアクションが大きいとか、うるさいと言われる事はある。

「はい。碧真君とは正反対です」
「……そりゃ、あの人と比べたら、みんな感性豊かでしょうね」

 碧真の事を思い浮かべて、日和は苦い顔をした。
 今まで様々な人を見てきたが、あそこまでドライな人は見た事が無い。

(……でも、昨日は湿布とか持ってきてくれたし。完全にドライではないのかも……)

「日和さん。今日は『桃次ももじ』の仕事に行かなくていいですよ。昨日、遅くまで働いていただいたので。店長にも、既に連絡をしておきました」

 日和はシフトでは、今日は『桃次』で仕事だった。体が動かしにくかったので、休みになるのは正直助かる。

「碧真君に聞きましたが、山道を派手に転がり落ちたのでしょう? 今日は、ゆっくり自宅で休んでください。病院に行くようなら送りますし、治療費も出します」

「いえ、打ち身だけですから、病院は大丈夫です。お休みは有り難く受け取ります」

 総一郎に質問されながら、日和は昨日の出来事を報告する。
 日和だけしか見ていなかった愛美と優子ゆうこの写真の事、うさぎに案内されて呪具に辿り着いた事を話す。後は碧真とほぼ一緒に居た為、報告はすぐに終わった。

「あと、これ。もし良かったら、愛美さんに返す事はできますか?」
 日和はポケットから折り畳んだハンカチを取り出して、総一郎の前で広げる。

 ハンカチの上には、愛美が呪具にしていたビーズの欠片が載っていた。碧真が破壊した後に捨てようとしたので、日和が回収していた。割れてしまっているが、愛美にとっては大切な物だろう。

 キラキラと光を乱反射するビーズの欠片を見つめて、総一郎は少しだけ悲しそうな笑みを浮かべた。

「私から、愛美さんにお返ししておきます」
 総一郎は懐から懐紙かいしを取り出して、日和から受け取ったビーズを包んだ。

「昨夜、榎本優子さんが息を引き取ったと連絡がありました」
「……そう、ですか」 
 総一郎の報告に、日和は眉を下げる。

 わかっていた事だった。
 碧真が呪具を壊したのを見た時も、これで優子の命は終わるのだと思った。

 娘を亡くした榎本や親友を亡くした愛美は、どれだけ大きな悲しみの中にいるのだろうか。

 人を大切に思う感情は尊い。
 しかし、人はいつか別れてしまう。その喪失感は、大切に思えば思う程、大きいものだろう。

「鬼降魔愛美さんは、今回の術で大きく寿命を削りました。……彼女はいつか、この選択を後悔する時が来るかもしれませんね」
 総一郎は悲しげな横顔で言った後、日和へ顔を向ける。

「日和さんは、どう思いますか?」
 寿命を差し出す事について尋ねたのだろう。日和は少し考えた後、庭の景色を見つめながら口を開く。

「愛美さんの未来は、私にはわかりません。けど、もし私が愛美さんと同じ立場だとしたら、後悔しないと思います」

「何故、そう思うのでしょう?」
 総一郎が興味深そうに問う。

「自分の命を削ってまで大切にしたいと思える人に出会えた事、大切な人に生きて欲しいと願えた自分を、誇らしいと思うからです」

 多くの命が存在する世界で、大切だと思える人と出会えるのは僅かだろう。
 大切な人と思い合えるのは、どれだけ奇跡的な事なのか。

 総一郎は少し目を見開いた後、優しく微笑んだ。
 愛美が未来で笑ってくれている事を、総一郎と日和は心の中で願う。

 夏の日差しがキラキラと眩しい朝だった。
 
 
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