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第二章 呪いを探す話

第11話 この命が続く限り

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 いつの間にか、愛美あいみ優子ゆうこといつも待ち合せしていた公園の近くまで来ていた。
 おぼろげだが、優子の父親に見送られて病院を後にした記憶がある。

「ここ……だったんだ」
 通行止めになっている場所には、警察官が立っていた。道行く人達が立ち止まり、何事かと話をしていた。アスファルトの上にガラス片が散らばっているのが見えた。集まっている人達の元に、愛美はフラフラと近づく。

『女子高生が轢かれた』
『運転手も意識がなかった』
『車と電柱に挟まれたらしい』
『車が大破』

 周りの人達の口から発せられた情報が、愛美の耳に入っていく。

(もし、私がいつも通りに優子と会っていたら、こんな事にはならなかった?)
 愛美がうさぎを追いかけたせいで、優子はいつもより遅れて公園を出た。いつも通りに愛美と一緒に公園を出ていたのなら、事故には遭わなかったかもしれない。

 ズシリと心に重石おもしし掛かって、愛美は動けなくなる。ぼんやりと目の前の光景を眺めた。

 ふと、誰かが蹴った物が、愛美の足元にコロコロと転がってきた。
 見覚えのある大粒のビーズが、太陽の光を反射させてキラキラと輝く。

 優子とお揃いで作ったビーズブレスレットの一部だった。

 愛美は屈んでビースを拾う。ビーズを握りしめたままうずくまる愛美を気遣うように、肩の上に現れたうさぎが頬擦りしてきた。

(この子は、私の身を守ろうとしたんだ……)
 今まで、卯が悪戯いたずらした事はなかった。愛美が事故に巻き込まれる事を危惧して、通学路から遠ざけたのだろう。

(でも、どうせなら……)

「心まで守って欲しかったよ」
 心が形を持っているのなら、今の愛美の心は優子のビーズブレスレットのようにバラバラになっている。

(痛い、痛い、痛いっ!)
 心が痛くて、愛美は胸を抑えた。体が宙に投げ出されたように頼りない。

(優子に会いたい! まだ、一緒に居たい! お別れなんてしたくない!!)

 愛美は小学一年生の頃、クラスメイト達の前で力を使ってしまい、周囲から怖がられた。
 親が本家に相談して、クラスメイト達の中から鬼降魔の力に関する記憶を消す事になった。

 記憶を消す『改竄かいざんの術』は、完全に頭の中から記憶を消すわけではなく、その出来事を思い出せないように認識を阻害するもの。記憶に関わる物や人と接触する機会が多いと、思い出してしまう可能性が高い。クラスメイト達の記憶を消した後、愛美は転校する事になった。

 仲が良かったクラスメイト達から向けられた怯えた目と否定の言葉が、愛美の中でトラウマになった。仲良くなっても、力の事を知られてしまえば、友達ではなくなってしまう。
 力が周囲に知られる事に怯えて、愛美は新しい学校に馴染めずに孤立していた。

 そんな愛美を救ったのは、優子だった。

 優子と出会っていなければ、愛美はトラウマに支配されたまま、ひとりぼっちの寂しい人生を送っていただろう。
 優子がいてくれたから、愛美はトラウマを克服して、友達を作る事が出来た。

 優子に鬼降魔きごうまの力を見せたのも、優子の事を笑顔にしたいという思いと信頼からだった。

(……鬼降魔の力) 

 愛美は卯を見つめる。

(そうだ! 私には、鬼降魔の力がある!)

 愛美は公園の木の影に隠れて、卯の目をジッと見つめた。愛美の気持ちを読み取った卯が姿を消す。
 再び現れた卯の口には、一冊の本が咥えられていた。
 
 愛美が持っている鬼降魔の呪術書だ。
 愛美はページを捲る。小学生の頃に読み込んだが、大半の術は使った事が無い。

 愛美は、二つの術を使う事に決めた。

 一つは、『夢逢ゆめあイ』。
 この術は何度か使った事がある。力が弱い愛美でも失敗した事が無い。この術を使えば、夢の中で優子に会える。

 もう一つは、『時与ときあたエ』。
 これは使った事が無い術だった。初めて読んだ時、『術式は簡単そうだけど、誰が使うの?』と思った。

(今なら、この術を作った人の気持ちもわかる)
 多くの代償を支払ってでも、生きていて欲しい人がいる。大切な人の命を繋ぎ止める事が出来るのなら、自分の命を差し出しても構わない。
 
 愛美は、スカートのポケットにしまっていたビーズを取り出す。
 優子との思い出の品を呪具にすると決めた。

 愛美は指先に力を集めて、宙に術式を描く。愛美の指が通った跡にキラキラと輝く線が生まれていく。仕上げに愛美と優子の名前をフルネームで書いて、『時与エ』の術式を完成させた。

 愛美はビーズを握りしめて力を込める。宙に浮かんでいた『時与エ』の術式がビーズに吸い込まれて、呪具が完成した。

 愛美が再び呪具に力を込めると、呪具の上の術式が淡い黄色の光を放つ。
 愛美の心臓が、何かと繋がった感覚がした。

(……成功したんだよね?)

「わ!」
 愛美は驚く。卯が突然、愛美の腕に飛び乗って来たのだ。
 愛美の命を削る物だとわかるのか、卯は前足で必死に何度も呪具を叩いている。

「協力して」
 卯は呪具を叩くのをやめて、愛美の目をジッと見つめる。

「どうしても、死なせたくないの」


 呪具は隠す事にした。
 見つかったら、誰かに呪具を破壊されてしまう。その瞬間、優子の命は世界から零れ落ちてしまうのだ。
 
 誰にも見つからない秘密の場所に、愛美は心当たりがあった。
 時間を掛けて辿り着いた場所に呪具を隠す。

「この呪具を隠して、守って欲しいの」
 卯に命令する。愛美の命を削るとわかっていても、卯は命令には逆らえない。

 卯は躊躇ためらった後、呪具にチョンと鼻先をくっつける。

(消えた……)
 今まで見えていた呪具が見えなくなる。なくなったわけではない。愛美自身には、まだ優子との繋がりを感じる。
 卯が力を使って、呪具を隠してくれたのだ。

「ありがとう」
 卯は俯いた後、呪具を守るように自らの体で覆った。愛美は卯に微笑みかける。

「お願いね」
 

 卯と別れて家に帰る頃には、夕方になっていた。

 愛美は部屋にこもり、優子に関するものを隠した。元々、優子との交友関係は両親には秘密にしていた為、辿り着くには相当時間が必要だろう。

 気がかりなのは、本家の存在だ。
 呪術に対する知識と力を持つ人達。昔のように、両親が本家に依頼する可能性は高い。

 本家の人達は、愛美が使える程度の術ならば簡単に解いてしまうだろう。『夢逢イ』を解かれるのはまだいいが、『時与エ』だけは解かれる訳にはいかない。

 『夢逢イ』を使用している間、『目眩めくらましの術』を使って、愛美が術を使っているのか分からなくする事も出来た。
 しかし、愛美はえて、術を使っているのだと分かるように力を隠さなかった。

 『夢逢イ』は、ある意味おとりだった。両親は、愛美が目覚めない事が問題だと思い、『夢逢イ』を解呪しようとする。
 愛美が目覚めれば、両親は”解決した”と思うだろう。本家へ依頼していても、愛美が目覚めた時点で調査は終了する筈だ。

 『時与エ』で命を繋いでいる限り、『夢逢イ』を使えば、夢の中で何度でも優子に会える。
 
 愛美は優子の名前を唱えて、宙に術式を描く。
 『夢逢イ』の術が完成し、愛美の力である淡い黄色の光がスッと宙に消えていった。
 
「優子、また一緒に遊ぼう」
 愛美は微笑みながら目を閉じる。

 この命が続く限り、一緒にいよう。

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