呪いの一族と一般人

守明香織(呪ぱんの作者)

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第二章 呪いを探す話

第2話 化け狐の正体

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榎本えのもとさんの呪いが解けてよかったね」
 日和ひよりの言葉に、碧真あおしは疲れたような顔をした。

「あの依頼人は、最初から呪われてなんかいない」

「え? だって、あの狐は??」
 榎本が夢で見たと言っていた化け狐が現れ、碧真が祓ったのを日和は確かに見た。

「あの狐は、俺が依頼人の思考を映し出して作り出した幻術だ」
 意味がわからず、日和は首を傾げた。碧真は溜め息を吐く。

「以前、あんたも総一郎そういちろうに『呪いは本人の思い込みではないか?』って言ってただろう? 今回が正にそれだ。依頼人は呪われていない。依頼人が呪いだと騒いでいた不幸な出来事は、呪い以外のモノが原因で起きた。狐の夢も、本人が呪われていると思っていたから見ただけだ」

 碧真はつまらなさそうに淡々と語る。

「思い込んでいる人間に、『呪われていない』と言っても信じない。それなら、目に見える形で解呪の儀式をして、『大丈夫』だと思わせた方がいい。だから、幻術で狐を作り出して、祓ったように見せただけだ」

 碧真が狐を祓ったのを見た時、日和は安堵した。当事者である榎本は尚更の事だろう。
 日和は碧真の上着のポケットを見た。そこには、榎本から支払われた代金が入った封筒がある。

「”金額が高い” と思っているんだろうが、安いと依頼人は不安になる。それなりの金額を貰う事で、『しっかりと仕事をして貰えた』と思うんだよ」 
 
 日和の思考を読んだのか、碧真が言う。日和は自分が買い物する時の事を思い浮かべて納得した。

(確かに、理由も無く安い物って、『何か悪いんじゃないかな』って不安になるもんね。安い方が嬉しいけど、不良品だったら意味が無いし)
 
 依頼人である榎本も喜んで料金を支払っていたので、何も問題は無いのだろう。

「あの護符は? あと、最初に榎本さんに飲ませていた物は何?」
 碧真が最後に渡していた護符と最初に飲ませていた小瓶の中身について、日和は尋ねる。

「最初に飲ませたのは、邪気を祓う酒。一応、形で飲ませているが、酒も護符も本物だ。護符は、呪いから身を守る力がある」

上総之介かずさのすけさんが作った『身代わり守り』と同じような物?」
 日和は上総之介に貰った『身代わり守り』の事を思い出す。碧真は眉間に皺を寄せた。

「あそこまで化け物じみた代物とは違う。あんたが、あの人から貰った『身代わり守り』は特殊なんだよ。強力な呪いから命を守ったり、呪いを肩代わりする事は出来ない。鬼降魔きごうまでアレと同様の物を作れる人間はいない」

 碧真の言葉に、日和は驚く。上総之介から貰ったお守りは、日和が思っていた以上の代物だったようだ。

(……上総之介さんって、一体何者?)
 『身代わり守り』は、上総之介自身が作った物だと言っていた。上総之介は鬼降魔の人だと思っていたが、『身代わり守り』は鬼降魔では作れないと言う。つまり、上総之介は鬼降魔の人ではないという事だ。

(それに、じょうさんが「上総之介”様”」、総一郎さんは「あの”御方”」と呼んでいた。上総之介さんは二人より明らかに年下なのに、上の立場って事?)

「俺が渡した護符は、呪いに対してほころびを作る程度。レベルの低い呪術や呪具なら綻びを作る程度で簡単に術が解けるが、強力な物は無理だ。依頼人は呪われていないから、気休め程度の護符でも十分だろ」

 面倒臭そうにしながらも、碧真はちゃんと仕事をしていたようだ。日和は碧真の事を少し見直した。
 碧真は深い溜め息を吐く。

「……つーか、もう面倒くさいから喋るな。ウザい」

(訂正。やっぱムカつく)
 日和はムスッとした顔で、窓の外の景色を眺めた。

 その後、車内で会話はなかった。


***


 碧真の運転する車が、鬼降魔の本家に到着した。

 総一郎そういちろうに仕事の報告をする為に訪れたのだが、相変わらず立派な屋敷である。
 
 碧真の後に続いて、母屋おもやの廊下を歩く。
 入室の許可を得て、日和と碧真は総一郎がいる部屋の中へ入った。

 総一郎は笑顔で二人を出迎える。
 室内には、総一郎の他に女中じょちゅうが二人いるだけで、丈の姿はなかった。女中が敷いてくれた座布団の上に碧真が座ったのを見て、日和も隣の座布団に座る。

「ご苦労様でした。二人共、小腹が空いているでしょう。お茶と和菓子をどうぞ」
 総一郎が言うと、女中がお茶と和菓子が載ったお盆を日和達の前に置いた。

 美しいガラス皿の上に載せられた、涼しげな水まんじゅうに日和の目が釘付けになる。
 
「みっともねえ顔。菓子に浮かれるなんて、ガキすぎるだろ」
 菓子に目を輝かせる日和を、碧真が小馬鹿にする。日和はムッとした顔で碧真を睨んだ。

 碧真は榎本から貰った封筒を取り出すと、女中が持ってきた立派なお盆の上に載せる。女中は総一郎の元へ向かい、お盆を差し出した。総一郎は封筒を手に取り、中の金額を確かめる。

「はい。確かに受け取りました。碧真君、今回の依頼は如何でしたか?」
「いつも通りです」
 碧真の報告に、総一郎は苦笑する。常連と言っていたので、毎回同じなのだろう。

「日和さん、どうぞ召し上がってください」
 総一郎に笑いながら言われて、水まんじゅうを凝視していた日和は恥ずかしさに顔を赤くする。促されたのだから食べようと、日和は菓子皿に手を伸ばした。

 水まんじゅうに楊枝ようじを当てると、プルンとした感触が伝わってくる。日和は期待に胸を踊らせながら、一口大に切った水まんじゅうを口に入れた。

「ん! 美味しい!」
 プルプルとしたくず生地と程よい甘さのこしあんが、口の中に上品な後味と幸せな余韻を残していく。今まで食べた中で、一番美味しい水まんじゅうだった。

 幸せそうに菓子を口に運んでいく日和を見て、碧真は呆れ顔で溜め息を吐く。総一郎は微笑ましいものを見るような目で日和を見た後、碧真に視線を移した。

「仕事を終えた所で申し訳ありませんが、実は二人に新しくお願いしたい仕事があります」
 総一郎の言葉に、水まんじゅうを口に運ぼうとした日和は手を止めて固まった。

「‥‥‥へ?」
 呪いに関する仕事は当分無い、暫くは平穏だと高を括っていた日和は、総一郎の言葉をすぐに理解する事が出来なかった。

「大丈夫ですよ。日和さんの職場には連絡していますから、碧真君と仲良く一緒にお仕事してくださいね」
 総一郎が溢れんばかりの笑顔を向けてきた。

(う、嬉しくない‥…)
 『桃次』の優しい人達と、パワハラ毒舌同僚の碧真。どちらと一緒に働きたいかと言われたら、百パーセント前者だ。碧真も嫌だと思っているのか、不機嫌そうな顔をしていた。

(この人と仲良くとか、一生無理な気がする)
 日和は項垂うなだれた。総一郎は苦笑した後、真面目な表情で口を開く。
 
「お二人には、術者がかけた呪いの調査をしていただきます」

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