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第二章 呪いを探す話
第1話 初仕事
しおりを挟む赤間日和、三十一歳。
無職でしたが、この度、無事に新しい仕事とお家をゲットしました。
総一郎に『鬼降魔で働かないか』と誘いを受けてから、家の引越しや就職の手続きなどを三週間で終わらせた日和は、”表向きの仕事”を始めた。
『自然庵 桃次』という名前の、ネット通販が主な食料品販売の小さな会社で、日和は店舗事務補佐として働いている。
会社を経営している五十代の夫婦の桃子と次郎、同僚の羽矢太と真矢も合わせて、五人の職場だ。
皆、鬼降魔の分家の人らしい。
桃子と次郎は優しく、日和を娘のようにを可愛がってくれる。同い年の羽矢太は気さくに接してくれる。四つ年上の真矢は面倒見の良いお姉さんだ。全員優しい上に、労働条件も環境もとても良い。今までのブラックな職場に比べて、天国と呼べる職場だ。
「おい、ダメ人間。さっさと行くぞ」
このパワハラ同僚(碧真)がいなければ。
日和は、碧真や総一郎達とは普段は会わない。呪いに関わる仕事がある時だけ、碧真と共に行動する事になるらしいが、それ以外は『桃次』で仕事をする。
今朝、『桃次』に出勤をした時に、総一郎から店に電話があり、”碧真が今から迎えに行くので同行するように”と指示を受けた。
『桃次』の仕事は、あくまで呪いの仕事が無い時の代わり。日和が優先しなければならないのは、呪いに関わる仕事である。
日和は、谷底へ突き落とされた気分で碧真の迎えを待った。
嫌そうな顔をする日和の後頭部を鷲掴みして、碧真は歩き出す。日和は引きずられるように歩かされた。
「自分で歩けます! 離してよ! 黒づくめもどき!!」
今日も黒づくめな服装の碧真は、「あ゛?」とヤンキーのように低い声で日和を脅してきた。はっきり言って、めちゃくちゃ怖い。碧真の指先が、日和の頭を締め付けた。
「ちょ! 痛い! 暴力反対!! パワハラ!!」
抵抗するが、碧真の力は強い。車の助手席に日和を押し込み、運転席に座った碧真は車を発進させる。車に乗った二人の顔は、どちらも不機嫌だった。
(行きたくないなー)
車の窓の外を流れて行く景色を眺める。今日は土曜日だからか、親子連れが楽しそうに公園で遊んでいるのが見えた。幸せな光景に反して、日和はドナドナされている気分である。
「……今日って、どんな事をするの?」
重苦しい空気の中で、日和は思い切って碧真に話しかける。仕事の説明は碧真がすると総一郎に言われた為、日和は仕事の内容を全く知らなかった。
「解呪の依頼だ。今日行く所は、常連の家。半年か一年に一回は解呪の依頼をしてくる」
(……そんなに頻繁に呪われてるの人なの?)
つい最近まで、呪いとは無関係な人生を歩んでいた日和には理解出来ない話だった。
「私は何をすればいいの?」
日和は呪いに関してド素人。役に立てるとは思えない。
「あんたは、今回は見学だと総一郎が言っていた」
仲が良くない二人の会話は、そこで終了する。カーナビが方向を指示する音声のみが、車内に虚しく響いた。
目的の場所に到着したのか、車が停車した。
「降りろ」
碧真に指示され、日和はシートベルトを外して外へ出る。
着いたのは、ごく普通の一軒家だった。碧真がインターホンを鳴らす。
「鬼降魔です。依頼を受けて参りました」
『少々、お待ちください』
インターホンから男性の声で返事があった後、暫くして玄関のドアが開いた。
現れたのは、どんよりと重たい雰囲気を纏った初老の男性だった。
「榎本さん。今日は助手を一人同行させていただきます」
依頼者であろう榎本に、日和は緊張しながら頭を下げる。
「赤間日和です。本日は、よろしくお願いします」
「お二人ともご足労頂き、ありがとうございます。どうぞ、中へ」
榎本は疲れた顔で弱々しく微笑むと、日和と碧真を家の中へ招き入れた。
程よい生活感のある親しみやすい家だった。
日和は碧真と並んでソファに座る。榎本は碧真と日和にお茶を出した後、向かいのソファに腰掛けた。
「今回の依頼も、“解呪” で間違いはありませんか?」
碧真の言葉に、榎本は頷く。
「三ヶ月前から、不幸な事ばかりが起きるようになりました。私が経営している会社もトラブル続きで、業績が下がってきています」
疲れ切った表情を更に曇らせる榎本の姿に、日和も眉を下げる。
榎本は膝の上で両手を握りしめて震えていた。
「それに! 四日前、娘が交通事故に遭ったんです! 生きているのが奇跡な程に重体で……。意識不明のまま、もう目を覚まさないだろうと……。これは呪いです! また、誰かが私を呪ったんだ! 昨日、夢に恐ろしい化け狐が出てきて、私に向かって『殺してやる』と言ったんです! このままでは、私は……」
悲痛な言葉を吐き出して、榎本は項垂れた。戸惑いながら碧真を見た日和はギョッとする。碧真は馬鹿にしたような冷めた目で、榎本の後頭部を見ていた。
「わかりました。あなたに憑いている狐を祓い、呪いから身を守る護符を渡します」
碧真は立ち上がる。
「赤間。部屋のカーテンを閉めろ」
碧真に指示され、日和はソファから立ち上がってカーテンを閉めた。
薄暗くなった室内。
碧真は上着のポケットから、透明な液体が入ったガラスの小瓶を一つ取り出した。
「まず、これを飲んでください」
榎本は躊躇うことなく、碧真から手渡された小瓶の中身を飲み干す。
碧真は、リビングの空いている床の上に榎本を座らせた。碧真は上着のポケットから取り出した数枚の札を、榎本を囲むように床の上に置いていく。
全ての札を置いた瞬間、札の周りに複数の青い火の玉が浮かぶ。榎本は驚いて、周囲を見回す。榎本の正面に立った碧真が、自分の背後を指差した。
「あなたが夢で見たのは、こいつですか?」
碧真の後ろへ視線を向けた榎本の体が震え出した。
「あ、あああぁぁっ!! そいつです!!」
真っ黒な巨体の狐は、血のように赤い目と口で残忍な笑み作り上げて、榎本を見下ろしている。
「早く退治してください!!」
震えて蹲る榎本を、碧真はつまらなそうな顔で見下ろした。
碧真は背後にいる狐の首を掴むと、小声で何か呟く。風船が破裂するような派手な音が室内に響き、青白い光が周囲を照らした。
光が収まったのを感じて目を開くと、狐の姿は消えていた。
「あなたに憑いていた狐は祓いました。あとは、この魔除けの護符を身につけておいてください」
碧真は榎本に護符を押しつけるように渡した。
「呪いの元は祓いました。ただ、事故で傷ついてしまった娘さんの怪我までは治せません。力が及ばず、心苦しいですが‥…」
同情の言葉を吐く碧真の顔は、心苦しさの欠片もない面倒臭そうなものだった。
榎本は首を横に振る。
「いえ! あなた様のお陰で、また私達は救われました! きっと、娘もよくなります!! ありがとうございます!!」
感動した榎本が碧真の手を握る。榎本に何度も礼を言われ続ける碧真は、口をへの字に曲げて嫌そうな顔をしていた。
落ち着きを取り戻した榎本が、リビングの箪笥から封筒を取り出して碧真へ渡す。
「代金です。お納めください」
碧真は無表情で封筒の中身を取り出し、数えていく。隣で見ていた日和は、十万円という金額にギョッとした。
榎本を見れば、ニコニコと満足そうな笑顔を浮かべている。料金に不満は無い様子だ。感謝の気持ちだと、土産にお菓子までくれた。
「では、俺達はこれで失礼します」
「はい! これからもよろしくお願いします!!」
玄関先まで見送りに来てくれた榎本が深々と頭を下げる。碧真は軽く会釈すると、さっさと車に乗り込んだ。日和は榎本に一礼して、碧真の後を追う。
車に乗った日和達は、榎本の家を後にした。
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