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第一章 呪いを見つけてしまった話
第13話 呪いの行先
しおりを挟む日和は閉じていた目を開ける。
『キャハハハハ』
二体の日本人形は不気味な笑い声を上げながら、黒い虫達と共に空気に溶けるように消えていった。
「……間に……合わなかったの?」
幸恵の背中にはナイフが深く突き刺さり、血が流れていた。握りしめていた幸恵の掌を、日和は悲痛な表情で見つめる。
「何!?」
「わっ!?」
突然、幸恵の体が白い光に包まれ、碧真と日和が驚きの声を上げる。光の眩しさに、日和は目を閉じた。
光が収まったのを感じて、恐る恐る目を開ける。握りしめていた幸恵の指先が動いた。
「うっ……」
幸恵が呻きながら、上体を動かす。幸恵の背中に突き刺さっていたナイフは消えていた。全員が目を見開く。
「どうして? 確かに刺された筈なのに……」
訳がわからないと、美梅が声を上げる。丈が歩み寄り、幸恵と日和が繋いでいた手をそっと解く。
「これは?」
幸恵の掌には、切り裂かれた人形が握られていた。丈が問うような視線を日和に向ける。
「上総之介さんから貰った『身代わり守り』です」
持ち主を呪いから守る物。
日和は上総之介に貰った『身代わり守り』の存在を思い出し、呪いに殺されかけていた幸恵の手に握らせた。
幸恵が生きていて、『身代わり守り』が切り裂かれているという事は、お守りが効果を発揮したのだろう。
「上総之介様が……」
丈が驚きながら呟く。総一郎も目を見開いて驚いていた。
「そうですか……。あの御方は、本当に……」
やれやれと言うように、総一郎は溜め息を吐く。総一郎は真面目な表情を浮かべて、幸恵の前に立つ。
「鬼降魔幸恵」
総一郎は、冷たい目で幸恵を見下ろす。
「貴女には罰を受けてもらいます。貴女の妹さんも許さないと仰っていました。貴女は、もう二度と自分の子供とは会えないでしょう。貴女のした事は許されない」
残酷な言葉に、幸恵の表情が絶望に歪む。
丈が日和を幸恵から引き離す。丈は日和が前に出ないように片手で抑え、もう片方の手で空に向かって何かを投げた。
丈が投げた物が地面に突き刺さっていく。幸恵を取り囲むように地面に刺さっていたのは、碧真が投げていた物と同じ銀色の棒だった。
丈が払うように手を横に振ると、緑色の光が銀色の棒から放たれ、幸恵の体を包み込む。
総一郎が幸恵に向かって手を伸ばす。黒い影が緑色の光の上を侵食して行き、幸恵の姿を覆い隠していく。
「呪罰行き」
総一郎が呟くと、黒い影が収縮して小さな黒い球となる。
幸恵の姿は消え、黒い球は霧となって消えていった。
***
寝泊りする離れに案内された後、日和は布団の上に一人座り込んでいた。
鬼降魔幸恵が消えた後、全員解散となった。
日和は用意された風呂に入り、着替えである浴衣に身を包んだ後、離れに戻された。あとは休むだけで、今日が終わる。
(結局、何にもならなかった)
自分が何かを変えられるとは思っていない。あの時、日和が走ったのは、幸恵を見殺しにするのが嫌だったからだ。自己満足以外の何物でもない。
目を閉じれば、幸恵の絶望した顔が浮かんだ。
(人生って、うまくいかないね……)
日和の人生も、うまくいかない事だらけだった。だから、自分と幸恵を重ねてしまった。自分と同じように、人生がうまくいかないと嘆く幸恵が死ぬ事を止めたかった。
電気を消して、布団に体を横たえる。
目を閉じれば、一筋の涙が頬を伝っていった。
***
「総一郎、何を笑っているんだ?」
丈に呆れ顔で問われ、思考に耽っていた総一郎は顔を上げた。
母家の自室で、総一郎は丈と酒を飲んでいた。美梅と碧真は客間で休んでいる頃だろう。
盃に入った酒を飲み干して、総一郎は口を開く。
「いえ、ただ、面白いものだと思いまして」
「何がだ?」
空になった総一郎の盃に、丈が酒を注ぐ。盃を酒が満たしていく音が心地よく耳に響いた。
「一般人である日和さんが呪いを発見した事。上総之介様が日和さんに『身代わり守り』を与えた事。彼女がそれを鬼降魔幸恵を守る為に使った事。今回は、予想外の事ばかり起きました」
総一郎の言葉に、丈は苦い顔をする。
「上総之介様は、今回のことを読んでおられたのか?」
「……さあ? あの御方の考えは、私にはわかりません」
上総之介は離れた場所に住んでいるが、一昨日の夜に『遊びに来た』と言って、鬼降魔の本家の屋敷に泊まりに来ていた。
禁呪の調査について総一郎達が話している時、同席した上総之介が『ここが怪しいよ』と地図を指差して、総一郎に調べるように指示した。上総之介が示した場所に碧真が向かい、禁呪を発見した。
偶々、上総之介が帰る日に日和に会って、貴重な『身代わり守り』を渡した。
上総之介の意図が働いているのか考える事は出来ても、本人でなければ答えはわからない。
丈も盃の酒を飲み干して、口を開く。
「鬼降魔幸恵の子供は、どうするんだ?」
丈が調べた情報によれば、鬼降魔幸恵の離婚原因は幸恵の被害妄想によるすれ違いだった。旦那の事を疑い、事実では無い事で責め立てた。碧真の言葉ではないが、『悲劇のヒロイン』を演じているようなものだったらしい。
「鬼降魔幸恵には罪があります。けれど、子供には罪はない。一族にいれば、碧真君のように辛い思いをするでしょう。一族の外に出せるのなら、それが一番いい」
碧真は一族の外には出せなかった。彼の両親は、どちらも鬼降魔の人間で、碧真は鬼降魔の力を持っていた。彼は自分の罪ではない事で一族に縛られ、蔑まれている。
「父親の元へ子供を送り出せるようにしておく」
丈の言葉に、総一郎は頷く。
鬼降魔幸恵の子供には、鬼降魔の力はない。
父親の元で、普通の子供として暮らしていける。
「ありがとうございます」
総一郎は心から安堵した笑みを浮かべた。
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