呪いの一族と一般人

呪ぱんの作者

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第一章 呪いを見つけてしまった話

第1話 呪いの始まり

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 少年は暗闇の中で目を覚ました。
 
 夜光する壁掛け時計に目をやれば、時計の針は夜中の一時を指している。

(嫌な時間に起きちゃったな……)

 夜というものは、どうしてこんなに怖いのだろう。暗闇、静けさ。起きるのを躊躇ちゅうちょする。

 起きたのは、喉が渇いたせいだ。
 脱水症状は危険だと、小学校で教わった。怖いが、水を飲みに行った方がいいだろう。家族は既に寝てしまっているのか、家の中は静まり返っていた。

 体を起こして布団を剥がした時、足に僅かな重みと違和感を感じた。

「ひっ!」
 
 少年は喉の奥から引きつった悲鳴を上げる。

 女の子姿の日本人形が、少年の足に抱き着いていた。
 表情が欠落した人形の黒い目が、少年をジッと見つめている。暗闇の中だというのに、その人形の姿は鮮明に見えた。

「助けて!」

 少年は助けを求めて声を上げる。しかし、いつもなら自分を助けてくれる存在が現れない。少年は戦慄せんりつした。

 人形はゆっくりと首を傾げる仕草をした後、自分の背中に手を伸ばす。取り出したのは、刃を剥き出しにした果物ナイフ。人形はナイフを両手で持つと、少年に刃を向けた。

『取リ替エマショウ。貴方ノモノト私ノモノ。取リ替エ、取リ替エ、替エタナラ』

 幼い女の子のゆったりとした歌声を発しながら、人形が危うげな手つきで少年の体をナイフで斬りつけていく。

「あぁぁぁっ!! ヤダァ!! お父さん! お母さん!!」

 少年の叫び声と衣服が裂ける音が部屋に響き、赤い血がシーツを染めていく。

『ホラ、ニッコリ幸セダ』


***


「はぁーーーーーーっ。仕事がなーーーーーい!」

 ベッドに寝転がりながら見ていた携帯を溜め息と共に投げ出す。
 
 赤間 日和あかまひより。今年で三十一歳の女。現在、無職。
 一番長い職歴が二年半。職を転々とし、貯金もほぼ無し。オンボロアパートに一人暮らし。彼氏無し、友人は二人のみ。人生、色々と詰んでいる人間だ。

 世間は様々な事情で就職難。決まっていた再就職先が世間の事情で二回も流れてしまい、三ヶ月間も無職状態になった。なんとか先月に派遣社員となったが、仕事が無くなったという理由で初めての派遣は一ヶ月で切られてしまい、再び無職。

(人生って、うまく行かないね) 

 何社もの派遣会社に登録したが、連絡がない。応募しても選考が通らない。派遣以外も探すが、なかなか見つからない。
 再就職の話が流れる前は、良いマンションへ引っ越すのだと夢いっぱいだった。しかし、今では築四十八年の家賃二万七千円(水道費込み)のアパートでの生活も続けていけるかわからない。

 イコール、非常にピンチ。

 もう一度盛大な溜め息を吐くと、お腹も鳴った。部屋の時計に目をやると、丁度昼時だ。

「買い物に行かなくちゃなー」

 冷蔵庫の中身を頭に思い浮かべる。主食である米も少なく、主菜となる食材も無い。
 外出するのが面倒臭く感じて暫くゴロゴロした後、仕方がないと立ち上がる。

 ポニーテールに結んだ髪にお気に入りの髪飾りを付けて、外していた眼鏡をかける。姿見で身嗜みをチェックした後、鞄を手に取って家を出た。

 季節は六月。

 昨日から続いていた雨が上がったばかりの昼。生温なまぬるい風が肌に纏わりついてくる。道の所々にある水たまりを飛び越えながら、スーパーを目指して歩いた。

(ついでに、神社への参拝も済ませておくか)

 買い物の前に近所の神社へ寄る事を思い付く。
 二十八歳の時に、この土地に引っ越して来てから、日和は近所にある神社に月一回は参拝していた。
 
 日和は二十歳の頃から月に一回は神社に通うのが習慣になっている。理由は仕事運が壊滅的だからだ。

 就職した会社が潰れること二回、ブラックな会社に勤めてモラハラ・パワハラ・セクハラを受けること三社。消化器官などを壊して一年の通院生活。切実に、ご利益ご加護が欲しい。すがれるものがあるのなら、全力で縋り付きたい。

 参道前にある石鳥居をくぐる。

 地元の小さな神社では、他の参拝客とは滅多に会わない。
 お守りも売っておらず、神主は年に一度のお祭りの時か元日以外は見た事が無い。神社は道路沿いにあり、駐車場もあるので立ち寄りやすいが、山の中にあるお社まで長くて急な石階段を上らなければならない為、参拝客が少ないのだろう。それでも地元の人達が手入れや掃除しているのか、神社にさびれた印象はない。

「滑りやすいな」

 石階段に生えているこけが、雨で濡れて滑りやすくなっている。注意しながら階段を上る。階段の両脇に生い茂っている木々から植物の湿った匂いがした。

 息が上がりながらも階段を上り終えると、お社の前に辿り着いた。

 お社前の両脇には、長い年月のせいか雨風で表面が削られて形が崩れている二匹の狛犬が鎮座している。愛嬌のある可愛らしい顔の狛犬達にニコリと笑みを向けた後、賽銭箱にお賽銭を入れて二拝二拍手をする。

「神様、どうか、どうか再就職先をよろしくお願いします! 夢ある憧れのホワイト企業に出会えますように! 何卒なにとぞ、お助けください!!」

 他に参拝客がいないので、神様に届くように声に出して祈る。怨念や脅しに感じかねない程に、じっくりと念を込めた。

(さて、そろそろ買い物に行こう)

 お社に背を向けて歩き出そうとした時、視界の端にキラリと輝くものを捉えた。お社の脇は大人一人が通れる空間がある。そこの地面に、太陽の光を反射させて光る物が落ちていた。なんとなく気になって近づいてみる。

「ミニカー?」

 子供が遊んでいて落としたのか、赤いミニカーが落ちていた。

(……そのままにしておくのは危ないよね)

 お社の周囲は斜面になっている。落下防止の柵は古く、高さも大人の膝までしかない。
 もし、持ち主である子供がミニカーを取りに来て足を滑らせでもしたら危険だ。

(見つけやすいように、お社の前に置いておこう)

 日和は手を伸ばし、ミニカーを拾おうとした。
 ミニカーに触れた瞬間、バチンと弾ける音と共に指先に静電気に似た痛みが走る。

「いっ!?」

 驚きで後ろへ下がった瞬間、ぐらりと足元が揺れる。

 景色が目まぐるしく変わっていき、体が打ち付けられて痛みが走る。体の回転が止まり、クラクラする頭で何が起きたのか理解する。

(……落ちたのか。狭い場所で後ろに下がるなんて、馬鹿な真似をしてしまった)

 日和は溜め息を吐きながら体を起こす。
 柔らかい草木がクッションになったのだろう。少し痛みはあるが、骨は折れていない。体は問題なく動いた。

 周りを見た瞬間、日和は息を呑む。

 日和が倒れた場所を囲むように生えている草の上で、大量の黒い虫がうごめいていた。
 虫には耐性がある方だが、ここまで集合しているのは気持ち悪い。ゾワゾワとした気持ち悪さに鳥肌が立つ。
 
 宙を舞った虫が向かう先を見て、日和はギョッとする。

 赤い着物を着た女の子姿の日本人形が二体、木にくくり付けてあった。
 片方は綺麗な状態だが、もう一方は無数の切り傷が付けられた無残な姿だ。二体の人形が、こちらを見て薄ら寒い笑みを浮かべている。

(何……ここ)

 場の不気味さに、日和は急いで立ち去ろうとした。歩ける状態なのか確認しようと、足元に目を向ける。

 日和が倒れていた場所には、草が生えていなかった。円状に剥き出しになった地面には、無数の黒い線が描かれている。日和は立ち上がって数歩下がり、剥き出しになった地面全体を見る。
 
 倒れていた場所を中心に描かれている不思議な紋様は、小さい頃にアニメで観た魔法陣に似ていた。

(まるで、儀式みたい……)

 馬のいななきと犬の遠吠えが聞こえた瞬間、全身に鳥肌が立つ。

 頭に響く『逃げろ』という声に従って、日和は走り出す。神社の出入り口である石鳥居を目印に一気に駆け抜けた。

 鳥居を潜って神社の外に出ると、周りの音が耳に飛び込んでくる。
 行き交う車や小さな子供の笑い声にホッと息が漏れる。ザワザワとした感覚も嘘のように消えていった。

 日和は恐る恐る神社を振り返る。
 神社はいつもと同じ姿で、そこに在るだけだった。


***


「言われた場所に着きましたよ。今から入ります」

 神社の駐車場にめた車の中で、一人の青年が携帯に向かって不機嫌な声で話す。

土産みやげなんてありませんよ。仕事してください」

 呑気に土産を要求する通話相手に、青年の顔が更に不機嫌そうに歪む。

「はい。じゃあ」
 
 青年は溜め息を吐いて電話を切った。シートベルトを外して車外に出ようとして、青年は動きを止める。

 青年が乗っている車の前を、一人の女性が横切った。
 女性はボロボロの格好だった。眼鏡や肩にかけた鞄もずれ落ち、服に土汚れや葉がついている。女性は怯えと安堵が混じったような顔をして神社を振り返り、足早に去って行った。

(なんだ? あれ)

 青年は車を降りて、目的地である人気ひとけの無い神社を見上げる。

 神社の木々が、ザワリと音を立てた。

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