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病気の彼女と世話焼き彼氏

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*** 愛しの彼女 ***

「うう……」
「どうした? 湯町ゆまち。何か暗いな」

「仕事が忙しすぎて、もう一ヶ月も彼女と会えていないんですよ。先輩、部長に仕事を減らすように言ってください」

「繁忙期だから無理だって。それに、連絡はとっているんだろう?」

「会うのと会わないのではエネルギーチャージの度合いが違うんですよ。猫を直接吸うのと画像を見るだけなら、圧倒的に前者の方が癒やし効果が高いでしょ?」

「猫好きの例えを持ち出されてもわからん」

「ああ、癒されたい。彼女の髪に顔を埋めて頭皮をクンカクンカしたい」

「うっわ、キモすぎ。彼女もドン引きだろう」

「嫌がられるまでがセットで愛おしいんですよね」

「悦に入った顔すんな。ほら、愛しの彼女に会う為にもキビキビ働けー」

「……わかってますよ。頑張りまーす」



*** 彼女との電話 ***


「は!? 倒れた!? 心臓の病気!?」
『うん』

「入院してるの!? 手術は!?」

『初期段階で判明したから、とりあえず自宅療養でいいらしい。投薬治療と通院は必要だけどね』

「よかった。じゃあ、そこまで大きな病気じゃないんだね」
『悪化すると突然死する可能性があるらしい』

「ちょ!? それって大丈夫じゃなくない!?」
『今は生きてるから大丈夫でしょ』

「なんでそんな冷静なの!?」

『冷静ではないけど、慌てられる体力も無いの。電話をもらったのに申し訳ないけど、正直、尚吾しょうごと話しているのもしんどい。もう切ってもいい?』

「勿論いいよ。そうだ! 今からみおの家に行くから」

『いや、ベッドから起き上がるのも辛いから。ドア開けられないし、来なくても』

「大丈夫。俺、合鍵を持っているから」

『…………合鍵なんて渡した記憶がないんだけど』

「うん。渡されてないよ。俺が必要だと思って、前に作ってもらったんだ」
『いや、怖っ』

「愛だよ?」
『サイコパスの間違いじゃない?』

「最高の愛だなんて、そんなの照れるなあ」
『そんな都合の良い聞き間違いがある?』

「ご飯食べた? 何か買って行こうか?」

『……有耶無耶うやむやにする気か……もういいや、疲れた。ゼリーとか軽く食べられるものを買ってきてくれると助かる』

「わかった。じゃあ、また後でね」



*** 別れ話 ***


「澪。今日は起き上がれるんだね」
「薬のおかげで何とかね。医学の素晴らしさに感謝だわ」

「よかった。このまま治るといいよね。治ったら、また一緒にキャンプに行こうよ。遊園地とかもいいね」

「……尚吾。あのさ……」
「ん? 何?」

「この前は話せなかったんだけど、この病気は長く付き合っていかないといけないものらしいんだ。だからさ……私達、別れよう」

「…………え゛っ!? 何で!?」

「何でって……私、病気だよ? 今までみたいに普通のことが満足にできないんだよ。私と一緒にいることで、尚吾の人生に制限をかけたくない」

「……そんな」
「今までありがとう。仕事で疲れているのに、私の代わりに買い物に行ってくれてありがとう。とても助かったよ」

「勝手に終わらせないでよ! 俺、全然納得してないから! 病気っていっても、こうやって一緒にいられるじゃん!!」

「健康的な別の人を探してよ。私達、まだ半年しか付き合ってないのに。家族でもない人に人生を振り回されるなんて嫌でしょ」

「半年の付き合いでも、俺は澪に対して海より深い愛情がある自信がありますけど!? 家族っていう枠が必要なら、今すぐにでもなるよ! ちょっとゼクシ○買ってくる!! マリーミー! メリーハッピーウエディング!」

「何そのぶっ壊れハイテンション」

「澪は俺といられて幸せじゃないの!? 俺は超幸せだよ!!!」

「……あのね、今はそう言っていられるかもしれないけど、将来的に絶対に嫌になるから」

「何で絶対って言い切れるの!? 悲しい妄想するより、もっと楽しい妄想してよ! それに病気を持っているからって何!? 健康じゃないと幸せを諦めて生きていかなくちゃいけないの!? 違うでしょ!? 病気持っていても超級に幸せでいいじゃん!?」

「……でも」

「病気も澪の大事な一部じゃん! つまり、澪の病気も俺の愛する対象だよ! 俺の愛を舐めないでくれるかな!?」

「……っ」

「よしよし。急に病気になって怖かったね。俺の前では、たくさん弱音吐いて、泣いていいよ。全部受け止めるし、呆れるくらい側にいるから」

「…………ありがとう。でも、嫌になったら言って。いつでも別れる」

「またそんな悲しいことを言う。俺は離れていかないよ。澪が行方をくらませたとしても、携帯と持ち物に何個かGPSを仕込んでいるから、すぐに見つけられるし」

「は?」
 
「逃げようとしても無駄だよ?」
「涙引っ込んだわ。怖すぎなんだけど」

「本当だ。涙って、そんなに早く引っ込むんだ。人体って不思議だね」
「尚吾の頭の中の方が不可思議なんだけど」

「解明してみる?」

「知りたくもないから。深淵しんえんを覗きそうで怖い。病気じゃなかったら、今すぐクラウチングスタートで逃げてるわ」

「それなら俺はセ○ウェイで追いかけるよ」
「何でちょっと楽しようとしたの?」

「必死に走る澪を余裕を持って愛おしく観察する為」
「もうヤダ。この人怖い。逃げたい」

「あはは。今さら手遅れだから。地の果てまで追いかけるからね」



*** タンパク質をとりましょう ***


「健康に生きるには、まず食事から! 調べたけど、澪の病気にはタンパク質がいいようだね」

「タンパク質なら納豆と豆腐でとっているから」

「それじゃ足りないよ。植物性タンパク質だけじゃなくて、動物性タンパク質も必要。お肉とかお魚食べないと」

「今はキッチンに立つのもキツイから料理は無理。洗い物も大変だし。それに、しばらく働けないからお金を節約したい。病院代も高いからね」

「それなら、乳製品は?」
「ヨーグルトは好きだけど」

「よし。早速、タンパク質豊富なオイ◯ス買ってくるよ。えっと……女性が一日に必要なタンパク質が五十グラムだから、一日にオイ◯スを五個食べるとして、一週間で三十五個必要だね!」

「待て待て。冗談でしょ? そんなにいらない」

「大丈夫! 費用なら俺が出すから」
「値段もお高いけど、そうじゃない」

「安心してよ。さすがに何種類か買ってくるから」

「味に飽きる飽きないの話でもないから。一人暮らしの冷蔵庫の容量を考えて? その量は最早テロだよ。うちの冷蔵庫をオイ◯スで侵略しないで」



*** だいしゅきホールド ***


「澪、また痩せた?」
「気のせいじゃよ」

「何で老人口調なの? ぎゅーっと抱きしめたら骨折れそうなんだけど」
「ぎゅーっとしなければいいのでは?」

「嫌だ! だいしゅきホールドしたい! 俺の癒しぃっ!」

「だいしゅきホールドは小さい子がやるなら可愛いけど、成人男性がやったら蜘蛛クモの捕食シーンみたいじゃない?」

「何で昆虫セレクトなの!? もっとマシな例えあったでしょ!?」



*** 脂肪移植 ***


「俺の肉を分けてあげたい」

「いらないよ。他人の脂肪を移植するとか、体に合わなかったら危険だろうし。今は手術できる体力もないから、この世からエターナルグッバイしそう」

「そんなリアルな回答は望んでいなかった……」

「え? じゃあ、”余計なお世話だ。この豚野郎!”」

「ドS返しも望んでないから! あと、俺は平均的な体つきでしょ!?」

「豚さんの体脂肪率って低いから。人間に例えるとモデル並みらしい」

「え!? つまり、俺はモデル並みに魅力的な体ってこと!? やったあ!」

「ハイパーポジティブすぎない?」



*** ヘルプマーク ***


「澪。その赤いの何?」

「ヘルプマークだよ。外見からはわからない病気や障害がありますって、周りの人に知らせることができるの。表面は十字とハートマークで、裏面は病気や障害のことを書けるようになっているの」

「そういえば、電車の広告で見たことあるかも」

「ヘルプマークを考えた人は天才だと思う。内部障害とか外見からはわからないし。電車とかバスで優先席があるけど座りにくいんだよね。今はそうも言っていられないから、これをつけていると気持ちの面でも助かる」

「確かに、優先席に座るのって変な罪悪感があるよね。病気だったら周りの人も納得するだろうし」

「体調を崩して声を出せない時も、裏面に対処方法を書いておけば周りの人に対応してもらいやすいみたい」

「へえ……。でも、何かシンプルだね。せっかくだから、もっと可愛くしない? 猫ちゃああんとか描いてさ」

「猫ちゃああんで飾る必要ないから。やめて。尚吾好みにデコろうとしないで」



*** 一緒に住みたい ***


「澪。一緒に住まない? さすがに今の状態で一人暮らしは心配だし」
「えー……嫌だ」

「何で!?」
「引越しする体力も気力もない」

「俺が手配するし、引越し作業は作業員の人が頑張るから! 俺が一緒にいたら、倒れた時も対応できるし、買い物だって代わりに行けるし、いいことづくめじゃん」

「私が病気になったのは長期間の睡眠不足と強いストレスが原因みたいだからね。引越しのストレスって結構強いって聞くから、また悪化して寝込む毎日になるのは嫌なの。あと」

「?」

「尚吾に構われすぎてストレスになると思う。全身の体毛が抜け落ちそうだわ」

「猫ちゃんかな!? 猫ちゃんだね!!」

「納得するのか」



*** 髪の毛 ***


「ああ、澪の髪の毛柔らかくて気持ちいいし、いい匂い」

「ちょっと、匂い嗅がないでくれる?」

「癒されるもん。猫吸いと一緒だよ」

「……猫吸いされる猫の気持ちを代弁すると、”鼻息うざい、離せ、テメエはいいだろうがこっちはストレスだニャ”」

「イタタ、ごめんて。ほっぺに爪立てないで。……あー、でも、この髪を枕に詰めて顔を埋めて寝たい。絶対に安眠できる」

「発言も絵面もホラー」

「あはは、大丈夫。さすがに澪の髪の毛を切ろうとは思わないから。地道に抜け毛を集めて作るよ」

「何も大丈夫じゃないし。ツッコミどころ満載なボケはやめて」

「本気だけど?」
「ボケであってくれ」



***男の子だもん***


「澪、口開けて。アーン……って、コラ。ぷいってしないの!」

「もうお腹いっぱいなの。それに、その塊肉が一口で入るわけないでしょう? アゴが外れるわ」

「じゃあ、端の方を齧るだけでいいから! 俺は澪に元気でいて欲しいの」

「食べられる量は食べているから。それに多少痩せていても、生きているからいいじゃない」

「ダメ! 健康的にお肉がついていてくれないと困る!」
「? 何で困るの?」

「そ、それは……」
「?」

「お、おおお俺だって男の子だもん!」

「…………あー、うん。今日はもう絶対に食べないから。おやすみバイバイ」

「ま、待って家から押し出そうとしないで! 今日は澪の家に泊まる気でお泊まりセットも持って……」

 バタン。ガチャリ。

(荷物ごと外に締め出された!?)



*** ご褒美 ***


(あ、死ぬ)

 心臓と呼吸が止まって、パソコンをシャットダウンするみたいに目の前が真っ暗になる。
 走馬灯なんて見られないくらいに呆気なく意識を失う。初めて倒れた時、死って、こんなにすぐ近くにあったんだって気づいた。

 
(あ、生きてる)

 目を覚ましたこと、心臓が動いていることに安堵する。でも、発作が起きた時や眠る時にまた怖くなる。もう二度と目が覚めないんじゃないかって。

 病気になる前、私はずっと将来のことを心配していた。周りに溢れる怖い情報をみにして怯えていた。今を楽しむよりも不安を解消する為に老後の貯金とかを優先した。その上、どうにもならない過去のことを悔やんだりしていた。もっと良い人生を送れたらよかったのにって。

 まるで永遠に生きるつもりのように考えて生きていたけど、そんな将来は何処にもなくて。
 次の瞬間もまた心臓が動いてくれている保証なんてない。今生きるられるのも当たり前じゃない。
 
 病気になって、ようやくそのことに気づいたんだ。


「澪。今から近くのスーパーに一緒に買い物に行ってみる?」
「……うん」
「今日は調子悪いかな?」

「ううん。薬のおかげで調子は良い方。だけど、外に出るのはまだ怖いの。通院は電車とバスで行けるから大丈夫だけど」

「それなら、まだやめておこうか」
「……いや、適度な運動は体にも良いみたいだから。行ってみる」


「ぜっ、……はっ、ふっ」
「澪。大丈夫? 疲れたかな?」

「だっ、だいじょぶだあ」
「全然大丈夫じゃないよね。ちょっと、そこの公園で休もう」

「……うっ、ごめんね」


「はい。お水買ってきたよ。これ飲んで」
「ありがとう。手間をかけたね」

「手間じゃないよ。それに、この辺りは坂になっているところが多いからね。疲れちゃうのも仕方ないよ」

「……前は仕事終わりでも余裕で往復できたのに」

 近所のスーパーまで徒歩十五分。なんてことのない距離が、今はこんなに遠い。さすがに落ち込んでしまう。

「澪。できることに目を向けようよ。少し前までベッドから起き上がるのもしんどそうだったのに、今はこうやって外を歩けるようになったじゃん」

「……うん」

「澪の心臓は毎日よく頑張ってくれているよ。澪を生きさせてくれて感謝しかない。それにさ、この公園に初めて寄ったけど綺麗な花がいっぱいだよ。今の澪がいたから気づけたんだ。良いことだよ」

「本当だ。綺麗」

 鮮やかな緑の葉に囲まれて、ひまわりが気持ち良さそうに揺れている。目の覚めるような青い空も、白い入道雲のお城も。夏の少し生暖かい風も。木陰のありがたさも。生きていなければ味わえない。

「毎日頑張ってくれている澪の心臓に、いっぱいご褒美をあげようね。心臓に良いパイナップルとかブルーベリーとかたくさん買おう」

「……ありがとう」

 もう十分に、ご褒美はもらっているよ。
 大切な貴方と生きられる今のこの時間も。生きていることが全部、私にとってのご褒美だから。


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