生まれる前から好きでした。

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45.ボロアパート。

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 相澤和真は車の窓から顔を出す。
 目の前には、今にも潰れそうな木造二階建てのアパートが建っていた。

「え? ここって、住めんの……?」

 思わず失礼な言葉が口からこぼれ出た。それほどにボロボロだったのだ。
 だが、ここの住人である三峰汐音は全く気にしていないようだった。それどころか、嬉しそうにニコニコと笑みまで浮かべている。

「はい。充分に住めていますよ。予算よりかなり節約できているのでとても助かっています。それに、大家さんが親切な方で、雨漏りが無い部屋に移らせてくれました」

 それは当たり前なのでは?と思うような事をさも嬉しそうに話す。

「では、すぐに荷物をまとめてきます」

 優しい笑みを浮かべてそう告げると、汐音はまるで風のように颯爽とかけ去って行く。長身の汐音が駆け上がって行く階段も、いつ踏み抜いてもおかしく無いほど赤茶色に錆びついていた和真はただ茫然と見送る。
 今、和真達はしばらくの間家に住み込みでハウスキーパーをしてくれることになった汐音の荷物を取りにきていた。もちろん提案をしたのは和真だ。せっかく父の秘書である宮田の車があるのだから、バイクでは限界がある荷物を自宅に戻るついでに寄ってもらったのだ。

「和真様、三峰さんはここにお一人で住まわれているのですね」

 運転席から降りて来た宮田が和真に話しかけてきた。

「え? あいつ、一人暮らしなんですか?」
「……ご存知なかったのですね。ハウスキーパーの件で親御様とお話をさせていただいたのですが、ご両親は今海外にいらっしゃるそうです」
「海外……」

(おれと同じ学校に来なければ、こんなところに住むこともなかったんだな……)

 胸の奥に大きな石でもあるかのような苦しさを感じる。

(おれは汐音の事を何も知らない)

 これまで私生活に踏み込まれたく無くて、人との関わりを極力避けて来た。今まではそれで良かった。
 だが、汐音の知らない面を自分以外の者が知っている事が何故か嫌だと思ってしまう。

(汐音の事をもっと知りたい……)

 人を好きになるのはやっかいだな、と慣れない感覚を持て余す。

「彼のバイクの運転が上手なのは、通学で利用されているからなのですね」

 宮田は感嘆した口調で話し続けている。

「いえ、あいつはバイクの免許をここ数日で取ったばかりです」
「本当ですか⁈ その割には上手いですね。この辺りは辺鄙な地域のようなので、最寄りの駅までバスですよね? でも、バスの本数も少なそうですね。毎日通学するだけでも大変だ」

 宮田が感心している声を聞きながら和真は汐音の住むアパートを見つめ呟く。

「……おそらく、自転車だけで通学していると思います」
「え?! 自転車? 車でも距離がありましたよ?」
「……そうですね。正直おれも驚いてます」
「和真さん!」

 ボストンバックを二つ肩に掛け、汐音が駆け戻ってきた。

「お待たせしました」

 汐音は宮田の前に立つと、頭を深く下げた。

「それだけでいいのですか?」
「はい」
「では、トランクを開けますので入れてください」
「はい。ありがとうございます」

 宮田が車の背後へ回る。汐音が和真へ顔を向けた。視線が合う。

「!」

 今までに見たことが無いほどニッコリと微笑まれ、なぜが笑顔を向けられた和真が赤面してしまう。すぐに汐音から顔を背ける。

「和真さん?」
「早く荷物を入れてこい」
「あ、はい!」

 和真は窓を閉めると、座席に倒れ込む。

(しばらくとはいえ、今日からあいつと一緒に住むんだな……)

 なんとも言えない気持ちが体中を駆けまわった。
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