41 / 45
41.我慢。
しおりを挟む
同じ男でさえ見惚れるほどの美しい目が見る見るうちに潤み、宝石のような涙がハラリと一雫、頬を流れていく。
「な、何泣いてるんだよ?!」
目の前で突然涙を流し始めた三峰汐音の姿に慌てだしたのは相澤和真だ。
汐音は頬を濡らす涙を拭おうともせず、和真の頬を愛おしいそうに両手で包み込んだ。
「……嬉しい。嬉しいのです。ただただ嬉しいのです」
まさに、感極まる汐音の様子に、本心から言っている事がひしひしと伝わってくる。
長い時を超えて和真の前に現れた男。
(おまえはどれほどの想いを抱えて今のおれと向き合っているんだ?)
そう思った瞬間、心臓をギュッと握られたかのように苦しくなった。
「汐音……」
名前を呼べば、蕩けるような眼差しで見つめ返される。そんな目でじっと見つめられれば、躰の奥から湧き上がってきたものが和真を突き動かした。
汐音の頬を流れる涙を唇ですくいとり、そのまま小鳥が啄む様な口付けを数回繰り返す。
(……人を好きになるって、こんな気持ちなんだな)
初めて知る感情に胸の奥が熱くなっていく。
「和真さん、……私からもキスをしていいですか?」
頬を紅潮させ、瞳を潤ませたまま汐音が控えめに訊いてきた。散々自分からしておいて、今更『イヤ』とも言えない。
和真は小さく頷いた。
途端、汐音の顔がパァッと輝く。溢れ出したものは歓喜だけではなかった。どこか艶めいたものまで感じて、思わず息を飲む。
汐音はまるで焦らすようにゆっくりと唇を重ねて来た。
優しくそっと。
初めは触れるだけのものだった。和真を怖がらせないように気を使っていたのかもしれない。じれったく感じるほどだ。
だが、徐々に熱を帯びてくると、まるで和真の唇だけでなく全てを味わおうとするかのようにどんどん深くなっていった。
魂の経験値の差なのか何なのか、汐音はキスが上手かった。
それはあまりに心地よく、何も考えられなくなる。いつのまにか汐音の首に自ら腕を回していた。汐音が与える熱に酔わされる。孤独だと感じながら生きてきた和真にとって、求められることが何よりも嬉しかった。欠けていたものが埋まり、満たされる喜びに心が、体が、震える。
突然、汐音が唇を離した。驚く和真の頭を抱えるように抱きついてくる。
「汐音?」
耳元で『はあっ』と、汐音の熱い吐息が聞こえてきた。満たされているというよりも何かに耐えているような様子に、和真は心配になる。
「どうしたんだ? 気分でも悪くなったのか?」
汐音の体調を気づかいながら、和真は汐音の柔らかな髪を撫でる。
「……」
無言で顔を上げた汐音は、上目遣いに和真の顔を見つめる。
「これ以上は……。どうやら我慢の限界のようです」
そう告げると、名残惜しそうに和真の唇に軽く『チュッ』とキス音を響かせ病室を出て行ってしまった。
その後ろ姿を和真は茫然と見送る。
「……我慢って──」
ポツリと呟くと同時に、意図することに気付き、和真は顔を真っ赤に染めた。
(あいつが戻ってきたら、どんな顔で会えばいいんだ?)
火照る顔を両手で覆い和真が苦悶する。
だが、当の汐音はなかなか戻って来なかった。
点滴の薬が効いてきたのか痛みが薄れていく、それと同時に強烈な睡魔が和真を襲う。あっという間に意識が深淵に引きずり込まれていく。
不意に扉が静かに開く気配がして、汐音がベッドの横に立ったのが分かった。
「和真さん?」
汐音がそっと名前を呼ぶ。
しかし、すでに意識がもうろうとしていた和真は指一本動かす事も出来なかった。
汐音は黙ったまま、和真の額にかかった髪をそっとかき上げ、そのまま優しく頬を撫でる。遠のく意識の中、汐音が和真の手を包むように持ち上げるのを感じながら和真は意識を手放した。
「愛しております。私のフィーリア様。今までも、これからも……」
汐音は万感の思いがこもった声で囁くと、跪き手に取った和真の手の甲に唇を押し当てたのだった。
「な、何泣いてるんだよ?!」
目の前で突然涙を流し始めた三峰汐音の姿に慌てだしたのは相澤和真だ。
汐音は頬を濡らす涙を拭おうともせず、和真の頬を愛おしいそうに両手で包み込んだ。
「……嬉しい。嬉しいのです。ただただ嬉しいのです」
まさに、感極まる汐音の様子に、本心から言っている事がひしひしと伝わってくる。
長い時を超えて和真の前に現れた男。
(おまえはどれほどの想いを抱えて今のおれと向き合っているんだ?)
そう思った瞬間、心臓をギュッと握られたかのように苦しくなった。
「汐音……」
名前を呼べば、蕩けるような眼差しで見つめ返される。そんな目でじっと見つめられれば、躰の奥から湧き上がってきたものが和真を突き動かした。
汐音の頬を流れる涙を唇ですくいとり、そのまま小鳥が啄む様な口付けを数回繰り返す。
(……人を好きになるって、こんな気持ちなんだな)
初めて知る感情に胸の奥が熱くなっていく。
「和真さん、……私からもキスをしていいですか?」
頬を紅潮させ、瞳を潤ませたまま汐音が控えめに訊いてきた。散々自分からしておいて、今更『イヤ』とも言えない。
和真は小さく頷いた。
途端、汐音の顔がパァッと輝く。溢れ出したものは歓喜だけではなかった。どこか艶めいたものまで感じて、思わず息を飲む。
汐音はまるで焦らすようにゆっくりと唇を重ねて来た。
優しくそっと。
初めは触れるだけのものだった。和真を怖がらせないように気を使っていたのかもしれない。じれったく感じるほどだ。
だが、徐々に熱を帯びてくると、まるで和真の唇だけでなく全てを味わおうとするかのようにどんどん深くなっていった。
魂の経験値の差なのか何なのか、汐音はキスが上手かった。
それはあまりに心地よく、何も考えられなくなる。いつのまにか汐音の首に自ら腕を回していた。汐音が与える熱に酔わされる。孤独だと感じながら生きてきた和真にとって、求められることが何よりも嬉しかった。欠けていたものが埋まり、満たされる喜びに心が、体が、震える。
突然、汐音が唇を離した。驚く和真の頭を抱えるように抱きついてくる。
「汐音?」
耳元で『はあっ』と、汐音の熱い吐息が聞こえてきた。満たされているというよりも何かに耐えているような様子に、和真は心配になる。
「どうしたんだ? 気分でも悪くなったのか?」
汐音の体調を気づかいながら、和真は汐音の柔らかな髪を撫でる。
「……」
無言で顔を上げた汐音は、上目遣いに和真の顔を見つめる。
「これ以上は……。どうやら我慢の限界のようです」
そう告げると、名残惜しそうに和真の唇に軽く『チュッ』とキス音を響かせ病室を出て行ってしまった。
その後ろ姿を和真は茫然と見送る。
「……我慢って──」
ポツリと呟くと同時に、意図することに気付き、和真は顔を真っ赤に染めた。
(あいつが戻ってきたら、どんな顔で会えばいいんだ?)
火照る顔を両手で覆い和真が苦悶する。
だが、当の汐音はなかなか戻って来なかった。
点滴の薬が効いてきたのか痛みが薄れていく、それと同時に強烈な睡魔が和真を襲う。あっという間に意識が深淵に引きずり込まれていく。
不意に扉が静かに開く気配がして、汐音がベッドの横に立ったのが分かった。
「和真さん?」
汐音がそっと名前を呼ぶ。
しかし、すでに意識がもうろうとしていた和真は指一本動かす事も出来なかった。
汐音は黙ったまま、和真の額にかかった髪をそっとかき上げ、そのまま優しく頬を撫でる。遠のく意識の中、汐音が和真の手を包むように持ち上げるのを感じながら和真は意識を手放した。
「愛しております。私のフィーリア様。今までも、これからも……」
汐音は万感の思いがこもった声で囁くと、跪き手に取った和真の手の甲に唇を押し当てたのだった。
10
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》
市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。
男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。
(旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
うまく笑えない君へと捧ぐ
西友
BL
本編+おまけ話、完結です。
ありがとうございました!
中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。
一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。
──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。
もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる