生まれる前から好きでした。

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40.口づけ。

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 どこだか分からない病室で、相澤和真は三峰汐音と至近距離で見つめ合っていた。

『キスをさせてください』

 和真の聞き間違えでなければ、汐音はそう言った。普段なら『ふざけるな』と瞬時に一蹴いっしゅうできたはずだ。
 しかし、親友の福井奏にキスをされて今に至っている和真には、一蹴出来る余裕などなかった。

「え? ええ?! そ、それって、何……」

 動揺しまくりながら和真はもごもごと口籠くちごもる。

「口づけの事です」

 汐音は熱を帯びた瞳はそのままに、今にも触れてしまいそうな距離からじっと見つめながら冷静さを失わない声で静かにそう説明した。

「キスの意味ぐらい知ってるわっ!」

 瞬時に顔を真っ赤にして、和真は叫んだ。
 感情を出すことが出来たせいか、いつもの自分を取り戻せた和真は少し落ち着きを取り戻した。
 一方、汐音は表情を変える事なく、さらに顔を寄せてくる。

「そうですか。では、キスをしてもいいんですよね?」
「いいわけあるか! ふざけるな! それに、さっきから近い! どけっ!」

 和真は必死になって汐音を押しのけようとした。
 だが、びくともしない。
 突然、汐音はどこか苦しそうに僅かに顔を歪めた。

「ふざけてなんかいませんよ。……あの人とはキスをしたのでしょう?」
「! ……お、おまえ、……外で聞いていたのか?」

 和真は顔を蒼ざめさせた。先ほどまで退かせようとしていた手が無意識に汐音の服をきつく握りしめる。

(知られた! 汐音に奏とキスした事を知られてしまった!)

「聞こえてきたんです。あの男は私に聞かせたかったのかもしれませんが……」

 汐音は皮肉な笑みを浮かべた。和真は頭の中が真っ白になる。

「……どこから聞いていた?」
「全てです。ずっと扉の近くにおりましたから」

(すべて……?! じゃあ、おれが汐音の事を好きだと言っていた事も聞いていたのか?)

「うわっ!」

 羞恥のせいでパニックになる和真を汐音が宥めるように両肩を掴んできた。

「和真さん! そんなに動いたらダメです!! 点滴の針が抜けてしまいます!!!」

 和真は汐音から少しでも隠れられるように両手で自分の顔を覆う。

「ううっ……」

 恥ずかしすぎて、和真は喉の奥を震わせた。

「和真さん? 大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃない」
「ええ!? 医者を呼びましょうか?!」
「呼ぶな! 呼ばなくていい! ……大丈夫じゃないのは、おまえにだ!」
「ええ? どういう意味ですか?」
「…………おれが、おまえの事を、……どう思っているのかも、しっかり聞いていたんだろ?」
「はい! 天にも昇るほどの気持ちを噛みしめておりました。私も和真さんの事が好きです! 大好きです! ずっとお慕いしております♡」

 再び抱きついてきた汐音の体を抱き留め、和真はため息交じりの吐息を漏らした。

(聞かれてしまったのなら仕方がない)
 
 和真の肩口に顔を埋め甘える汐音の頭を撫でながらふと気づく。

(……これって、もしかして……両想いって事なんじゃないのか?)

「和真さん!」

 突然、汐音が顔を上げ、上目使いで見上げて来た。
 ドキッと鼓動が大きく鳴る。

「な、なんだ?」
「お願いです。貴方あなたの存在を、息吹を、私にも感じさせてください。貴方が生きているのだと実感させてください」

 切なげに嘆願たんがんされ、和真はたじろいだ。

「くっ!」

 和真は意を決すると、汐音の見惚れるほど甘く整った顔を両手で挟んだ。汐音が少し潤んだ目を大きく見開く。その形の良い唇に、和真は自分のそれを強引にお押し付け、目を閉じた。

「!」

 見た目はほっそりとしているが屈強な体が、一瞬電流が走ったようにビクッっと揺れたのを触れている掌から伝わってきた。汐音の唇は柔らかく、少しヒンヤリとしていて、熱のある和真にはずっと触れていたいほどだった。

「……ど、どうだ! これでおれが生きていると感じられたか?」

 汐音の顔から手を離すと同時に、照れ隠しに傲慢ごうまんに訊ねる。目の前には、どこか惚けたような汐音の間抜けな顔があった。
 思わずクスっと笑ってしまう和真だった。

──ああ、おれの汐音は可愛いな。
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