生まれる前から好きでした。

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38.病院。

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 近くで何かが軋む音がして目を覚した途端、相澤和真は右足に感じたげるような激痛でうめき声をあげた。痛みだけでなく、異常なほど右足が熱い。見れば、横になった状態で右足だけが包帯でぐるぐる巻きにされ吊り上げられている。

「和真!」

 名前を呼ばれ、声の方へ顔を向けた。そこには今にも泣き出しそうな表情を浮かべた良く見知った顔があった。

「奏……?」

 和真の親友の福井奏が感極まった様子で、布団の上に無造作に置かれた和真の手を両手で包み込んだ。その手を大切そうに握り締め、奏は自分の額に当てる。

「もう、目を覚さないんじゃないかと思った……」

 そう呟く声は震えていた。
 さらに、いつもの奏からは考えられないほど弱々しく感じる。

(な、何だ? 何がどうなっている?)

 和真は呆然と友の姿を見つめる。
 今の状況が全く飲み込めていない。どこにいるのかさえ分かっていないのだ。
 見回せば、部屋は壁もカーテンも布団も白一色だ。奏が握りしめている手の反対の腕には点滴の針が刺さっている。

(病院……? そうだ! おれは、蛇に噛まれて……)

 脚に巻き付く蛇の姿を思い出し、ぞぞっと背に震えが走った。

「ごめんな! 和真がマムシに噛まれたのは、俺のせいだ」

 再び奏に視線を戻せば、思いつめた目がこちらを見ていた。

「違う! 奏は何も悪くない。おれが勝手にしたことだ。だから、謝るなよ。それより、奏、怪我は無いのか? おれ、思いっきりおまえを突き飛ばしたと思うんだけど?」

 奏は驚いたように目を大きく見開いた。。

「あんなの、大丈夫に決まってるだろ? 和真のお陰で、俺は怪我一つないよ」

 相好を崩し、クシャっと微笑みを浮かべながら『ありがとう』と言ってくる。

「良かった。奏は、エースストライカーだからな。来月、大事な試合があるって言っていたし」

 安堵からほっと吐息を吐きにっこりと笑って見せれば、奏は何かを堪えるように顔を歪ませる。
 それから、和真の手をそっと布団の上に戻し、奏は表情を固くした。

「無理やりキスした事を謝らせてくれ! 本当に、ごめん!」
「!」

 両手を膝の上に置いた奏は、寝台に当たりそうなほど頭を深く下げた。

(そうだった。おれは奏に告られた後、無理やりキスされて……)

「奏……」

 静かに名前を呼べば、はっと頭を上げた奏の瞳には今までにも時折見せていた熱が感じられた。この熱の意味を今は間違えたりはしない。
 親の愛情を感じずにきてしまったせいなのか、和真は人からの好意を素直に受け取る事ができない。そんな和真に対して、奏はいつも『好きだ』と何度も言っていた。和真が重く受け取らないよう奏の配慮だったのかもしれない。あまりに軽やかで、ふざけているようにしか思えなかったので、奏から与えられる好意は和真にとってはとても心地良いものだったのだ。

「和真の事が本当に好きなんだ!」

 どこか必死さを感じる勢いで、奏が思いを告げる。
 だが今は、奏の好意に対して酷く心が痛んだ。

(おれには、その思いに報いることはできない……。ちゃんと、おれの気持ちも伝えないと……)

「……ありがとう。おれも、奏のことは好きだよ」

 奏の頬が一気に紅潮する。

「でも、それは親友としてなんだ。奏の『好き』とは違うんだろ?」

 何かを言おうとした奏は明らかに落胆した表情を浮かべ、小さく頷いた。

「……俺はもう、和真の側には居られないのか?」 

 絶望と僅かな期待を孕んだ声に、和真は戸惑った。
 だが、奏はすべてを曝け出してくれていた。自分も真摯に応じようと心を決める。

「奏。おれにも好きな奴がいるんだ。友人としての『好き』ではない奴が……。だから、ごめん。奏の気持ちには答えられない」

 奏ははっとした顔をして、黙り込んだ。
 そして、探るような眼差しで和真をまっすぐに見つめてきた。
 
「それって、あいつ? 和真に毎日会いに来る、あの一年か?」

 和真は小さくだがしっかりと頷いて見せた。

「おれは、奏と今までどおり友達として一緒にいたいと思う。でも、それは、おれの我儘だって事も分かってる。だから、おれからは側に居て欲しいとは言えない」

 奏は僅かに眉間に皺を寄せると、大きく息を吐いた。

「……友達としてなら、今までどおり和真の側にいられるんだな?」
「え? それは、もちろん。でも……」
「了解。和真があの一年を好きだと知った上で、俺はおまえの友達として、これからも側にいる。いや、側に居させてくれ!」
「え?! 本当に……?」

 動揺する和真の声を遮るように部屋の外で話声が聞こえたかと思うと、ガラッと扉が開いた。

「お! 相澤、目が覚めたようだな。具合はどうだ?」

 担任の下村が奏と話す和真の姿を見て、安心した表情を浮かべながら入って来る。
 そして、その背後から一緒に入って来た男の姿に目を疑った。

「え?! な、なんで? 汐音……?」

 びっくりし過ぎて、口をパクパクさせている和真の疑問に答えてくれたのは、下村だった。

「三峰はな、バイクの免許が取れたのが嬉しすぎて、授業をサボってバイクを走らせていたら、たまたまこの近くまで来たから、ついでに先輩達がいる林間学校を覗きに来たんだとよ」
「……」
「まあ、三峰が来てくれたお陰で、マムシから相澤を助ける事が出来たんだがな。だから、今回だけは大目にみてやるが、次はないぞ!」
「すみませんでした。バイクが乗れるようになったので、つい浮かれて来てしまいました」

 神妙な顔で謝罪しているが、絶対に浮かれただけでここへ来るような奴ではない。きっと和真の様子を見るために、計画的にバイクの免許を取ってここへ来たのだろう。驚くほどの行動力だ。

「というわけで、三峰がここに来たことはおまえ達も黙っていてくれ。フルフェイスのヘルメットのお陰で誰も三峰だとは分かっていないからな」
「はい」
「で、相澤の足の具合はどうだ?」

 下村は吊られた和真の右足を痛ましげな眼差しを向けながら尋ねてきた。

「最悪です。足の付け根まで信じられないぐらい痛いです」
「そうか。毒蛇だったからな。だがな、おまえは運が良かった。救急車の到着が早く、すぐに処置ができた上に、蛇の毒牙が血管に刺さってなかったらしいから、全身に毒が回らずにすんだんだ。腫れも太ももで止まっていて今日が痛みのピークだろうと医者が言っていた」
「そうなんですか?」
「ああ。明日、退院できるそうだ。迎えには宮田さんという方が来てくれる手はずになっている」
「……分かりました。ありがとうございます」
「では、バスの時間があるから福井、一緒に戻るぞ」
「はい。……和真、おまえの荷物はここに置いているから」

 窓際の椅子の上に置かれているボストンバッグに奏はポンポンと手を置いた。和真の荷物を奏がまとめて持って来てくれたようだ。

「ありがとう。奏」
「これぐらいしか俺に出来ることはなかったんだ」

 礼を言う和真に、奏はどこかやるせなさそうな声で応じた。

「三峰は気を付けてまっすぐに家に帰るように! 調子に乗って飛ばすんじゃないぞ!」
「はい。肝に銘じて」

 優等生らしい所作で汐音が返事をする。

「じゃあな、和真。また学校で……」
「ああ。ありがとう」

 下村の後を奏は渋々部屋を出て行った。病室には汐音と二人だけとなってしまった。
 
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