生まれる前から好きでした。

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35.怖かった。

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 相澤和真は逃げるように走った。
 自分がどこを走っているのかなんて考える余裕はなかった。息が苦しくなり、近くの壁に手を付きそのまま壁に背を預けるとズルズルとしゃがみ込む。

(奏が、おれを好き……?)

 今の和真にはその好きが友人としての好きではない事ぐらい分かる。
 ふと視線を向けた手が小刻みに震えていた。その手を強く握りしめ、体を丸める。

「怖かった……」

 吐き出すように呟く声も震えていた。和真は両腕で自分の体を抱きしめる。

(体格に差があるのはわかっていた)

 だが、奏の体を押し退ける事がまったく出来なかったのだ。今まで手加減されていたのだと嫌でも気付かされる。それほどの圧倒的な力の差だった。

「和真!」

 背後から奏が自分を呼ぶ声が聞こえた途端、無意識に体がビクッと反応する。足音が和真の真後ろで止まった。和真は思わずぎゅっと目を閉じる。

「……和真」

 奏の手が和真の背に触れた。

「触るな!」

 悲鳴のような声が喉から迸った。

「!」

 奏が動きを止めた。見なくても困惑している事が伝わってくる。和真はさらに自分を抱きしめる腕に力を入れた。和真は酷く混乱していたのだ。

「和真……、俺は和真の事が好きだ。キスをしてしまうほどに、大好きなんだ!」

 奏らしい熱の籠った声だ。
 だが、今はその熱が和真を苦しめる。友人として誰よりも信頼していた。なのに、その気持ちを踏みにじるように、欲望を一方的にぶつけられたのだ。

「……やめてくれ。今は、もう何も言わないでくれ。頼む。奏のことを嫌いになりたくないんだ」
「和真……」

 奏は何か言いかけて、黙り込んだ。
 だが、和真からなかなか離れようとしない。
 と、その時、バタバタと慌ただしい足音が近づいてくる。

「あ! 居た!」
「おまえらこんなところで何してんだよ! 他の班はもう集まってんだぞ!」

 田崎と中田の声だ。息が詰まるような空間に風が通った気がした。

「相澤? どうしんだ?」

 中田が蹲る和真の前に回り込み、両肩に手を置いて顔を覗き組んできた。和真はゆっくりと顔を上げた。

「おい! 大丈夫か? 顔が真っ青だぞ!」
「え? マジで?!」

 中田が驚いた声を上げれば、田崎も慌てだした。

「和真?! 体調が悪かったのか?!」

 奏の酷くおろおろとした声も聞こえてくる。和真は縋る思いで中田の服の裾を掴んだ。

「……部屋に戻りたい」
「部屋? 保健医のところに行かなくていいのか?」

 和真は小さく首を振った。

「部屋で少し休めば大丈夫だから……」
「分かった。俺が相澤を部屋まで送っていくから、福井達は先に行っててよ」
「了解! 福井! 俺達は先に行っとこうぜ!」
「………………分かった」

 奏はしばらく逡巡した後、まるで自分に言い聞かせるように返事をした。奏達が走り去った後、和真は中田の手を借りて立ち上がり、部屋へと向かった。
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