生まれる前から好きでした。

文字の大きさ
上 下
22 / 45

22. 涙。

しおりを挟む
『和真さんは自由ですよ。今までも、これからも』

(自由? おれが……?)

 胸の奥で溜まりに溜まっていた何かが突如爆発した。相澤和真は三峰汐音を床に押し倒し、馬乗りになった。汐音の身体能力を考えれば、避ける事など造作も無いはずだ。
 だが、ただ黙ってされるがままになっている。

「汐音。……おれの話を聞いていたか?」
「はい。聞かせていただきました。改めて、和真さんの生き方が素晴らしいと認識致しました」
「ふざけるな!」

 汐音の胸倉を掴み上げ、和真は叫んだ。静かな瞳が激高する和真を映す。

「ふざけていません」

 感情を剥き出しにした和真に対して、汐音はどこまでも冷静だった。

「おれが自由? 生き方が素晴らしい? どこがだ? 親に愛されたことも無く、ゲームのコマのように扱われているおれのどこが……」

 和真は言葉を詰まらせた。零れ落ちた涙が汐音を濡らす。和真は掴んでいる胸元に額を押し付けた。汐音の腕が和真の背にまわされるのを感じた。

「心の拠り所がないと感じながら、果敢に試練に挑まれ、よく今まで今のあなたを保ってこられましたね」

 まるであやす様な優しい声が荒れ狂う胸の内に流れ込んでくる。

「何度も言います。和真さんが今私の目の前に存在するだけで、私には至高の喜びなのです。あなたが生きてここに在るから、私も生きていける」

 汐音以外の者が言ったなら、何を大げさな事を言っているのだと真剣に受け取らなかっただろう。
 だが、前世とはいえ、フィーリアが存在しないという理由だけで失望し、自ら13歳という若さで戦場へ向かっている。そんな汐音の言葉だったからこそ、傷付いてささくれた心に染み渡っていく。冷え切った心と体を温めるかのように和真の背に回された腕がさらにしっかりと抱き込んだ。改めて気付いたのは、汐音の体温は高い。

「……母君は一緒に住んではおられないのですね?」

 汐音の温もりを感じながら、和真は素直に頷いた。

「……なぜ分かった?」
「見た限り、母君のものがあまりに何もなかったので」
「……あの人は、仕事と派手な生活が好きなんだ。今はハワイで仕事をしながら気に入っている男と暮らしている」
「やはり和真さんは愛されておられますね」
「……」

 和真は無言で身を起こした。先ほどのように汐音に対して感情のまま怒りをぶつけたりはしなかったが、不快さを隠そうともせず、剣呑な目を汐音に向ける。

「……なぜそう思う?」

 怒りを秘めた声に、汐音はまったく怯みもしない。

「あなたの身を案じて、ハワイから飛んでこられたのではないのですか?」
「おれの身を案じる……?」

 あまりに突拍子もない事を言われ、和真は口をポカンと開ける。

「母君に反抗したのは初めてだったのでは?」
「……反抗するもなにも一緒に暮らしていなかったからな」

(母親らしい愛情を向けれたことはない。気まぐれにこのくだらないゲームさえも突然止めたと言って、おれの存在ごと捨ててしまう可能性さえあった。ゲームだろうとなんだろうと、生きていく為にただ静かに課題をこなし続けるしかなかった)

 汐音が僅かに目を細め、赤く腫れている和真の頬に触れる。

「あなたの頬を打ったことはいくら和真さんの母君でも許せません。ですが、電話でもできる内容なのに、ここへ飛行機に乗ってまで来られた。直接あなたの姿を見たかったのだと思いますよ。『元気そうね』と言っておられましたからね。あなたが元気だと確認出来た途端、心配していた分無性に腹が立ったのでしょう。愛の形は人それぞれですからね」

 まっすぐな眼差しで見つめながら汐音は年下とは思えない達観した見解を口にする。

「お仕事では成功しておられるのかもしれませんが、愛する事にはきっと不器用な方なのですよ。和真さんの母君は」

 本当の事は分からない。汐音の思い違いである可能性が高い。
 だが、思考がぐるりと回転したような不思議な感覚をおぼえた。

(もし、汐音が言うようにただ愛情を与えるのが下手なだけだったら? おれが勝手に冷血な女なのだと思い込んでいただけなのか?)

 あれほど堂々として完璧に見えていた姿が、どこか滑稽にさえ思えてくる。

「ははは……」

 思わず笑いが込み上げてきた。和真は涙を流しながら笑った。その涙は今までの自分に対してなのか、母に対してなのかは分からなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》

市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。 男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。 (旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

うまく笑えない君へと捧ぐ

西友
BL
 本編+おまけ話、完結です。  ありがとうございました!  中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。  一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。  ──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。  もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

処理中です...