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21. 夢。
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相澤和真はソファに俯いたまま座っていた。打たれた頬がズキズキと痛む。
だが、痛むのは頬だけではない。胸の奥はもっと言いようのない疼きを感じていた。
「和真さん」
和真の前に三峰汐音が両膝をつき、顔を覗き込んできた。
「これで冷やしてください。」
濡れたハンカチを和真の頬にそっと押し当てる。
「……腫れているのか?」
「はい。痛々しいです」
突然、汐音が美しい目を大きく見開く。和真が汐音の手首を掴んだからだ。
「……あれが、おれの母親だ。呆れただろ?」
和真は笑おうとした。
だが、唇が歪んだだけだった。掴んでいた汐音の手首を無意識に強く握る。一瞬、汐音の眉がピクリと動いた。恐らく痛みを感じたのだろう。
しかし、汐音は和真の手を振り払ったりしなかった。愁いを帯びた眼差しで和真を見つめている。
「和真さん、無理に笑わないでください。辛いなら、私には辛いと言ってください」
「汐音……」
汐音の方が傷ついたような顔をしていた。
(おれは今、どんな顔をしているのかな?)
掴んでいた汐音の手首から手を離す。汐音の手首は少し赤くなっていた。
「……真宮グループって聞いたことあるか?」
「はい。あります。かなり大手の企業グループですから」
「……そこのトップ真宮蓮の血が俺に流れている」
「え……?」
和真は敢えて父親だと言わなかった。
だが、汐音はしっかりと感じ取っているようだった。困惑した表情を浮かべている。
「真宮蓮は言い寄ってくる女達にある提案をした。自分の子を産み育て、その子がいつくかある条件をすべてクリア出来れば、真宮蓮の子として認知し、真宮グループの跡継ぎとして認める。もちろん、その子供の母親は真宮蓮と婚姻を結ぶことができるってな」
汐音はただ黙って聞いている。和真は感情が入らないよう淡々と話していたのだが、一度言葉を切った。
「意味が分かんないだろ? そんなバカな話に乗る女なんていないと思うだろ? 居たんだ三人も。……その内の一人がおれの母親だ」
汐音は何か言おうとして口を開きかけたが、すぐに唇を引き結んだ。和真は話を続ける。話し続けていないと叫びだしてしまいそうだったからだ。
「今までおれはあの男が出す条件を全てクリアしてきた。だから、今はこの生活が保障されている」
(そう。出される条件をクリアするまでは……だ)
とても静かに汐音は和真を見ていた。
「あの女にとっては、おれは競馬の馬と一緒さ。おれが一着でゴールすることだけに関心があるんだ。おれは人の形をしたゲームのコマだ。おれにも心がちゃんとあるなんて思いもしていないんだ」
「和真さんの夢は何ですか? したいことは何ですか?」
突然、汐音が問うてくる。今までの話を聞いていたのかと疑いたくなるような質問だ。和真の眉間に皺が寄る。
(おれの夢……?)
「おれは自由になりたい……」
勝手に和真の唇から言葉が零れた。
汐音が微笑む。年下である事を忘れるような、すべてを包み込むようなそんな穏やかな目で和真を見ている。
「和真さんは自由ですよ。今までも、これからも」
すべての音が和真の周りから消えた。スッと和真の顔から表情が抜け落ちたのだった。
だが、痛むのは頬だけではない。胸の奥はもっと言いようのない疼きを感じていた。
「和真さん」
和真の前に三峰汐音が両膝をつき、顔を覗き込んできた。
「これで冷やしてください。」
濡れたハンカチを和真の頬にそっと押し当てる。
「……腫れているのか?」
「はい。痛々しいです」
突然、汐音が美しい目を大きく見開く。和真が汐音の手首を掴んだからだ。
「……あれが、おれの母親だ。呆れただろ?」
和真は笑おうとした。
だが、唇が歪んだだけだった。掴んでいた汐音の手首を無意識に強く握る。一瞬、汐音の眉がピクリと動いた。恐らく痛みを感じたのだろう。
しかし、汐音は和真の手を振り払ったりしなかった。愁いを帯びた眼差しで和真を見つめている。
「和真さん、無理に笑わないでください。辛いなら、私には辛いと言ってください」
「汐音……」
汐音の方が傷ついたような顔をしていた。
(おれは今、どんな顔をしているのかな?)
掴んでいた汐音の手首から手を離す。汐音の手首は少し赤くなっていた。
「……真宮グループって聞いたことあるか?」
「はい。あります。かなり大手の企業グループですから」
「……そこのトップ真宮蓮の血が俺に流れている」
「え……?」
和真は敢えて父親だと言わなかった。
だが、汐音はしっかりと感じ取っているようだった。困惑した表情を浮かべている。
「真宮蓮は言い寄ってくる女達にある提案をした。自分の子を産み育て、その子がいつくかある条件をすべてクリア出来れば、真宮蓮の子として認知し、真宮グループの跡継ぎとして認める。もちろん、その子供の母親は真宮蓮と婚姻を結ぶことができるってな」
汐音はただ黙って聞いている。和真は感情が入らないよう淡々と話していたのだが、一度言葉を切った。
「意味が分かんないだろ? そんなバカな話に乗る女なんていないと思うだろ? 居たんだ三人も。……その内の一人がおれの母親だ」
汐音は何か言おうとして口を開きかけたが、すぐに唇を引き結んだ。和真は話を続ける。話し続けていないと叫びだしてしまいそうだったからだ。
「今までおれはあの男が出す条件を全てクリアしてきた。だから、今はこの生活が保障されている」
(そう。出される条件をクリアするまでは……だ)
とても静かに汐音は和真を見ていた。
「あの女にとっては、おれは競馬の馬と一緒さ。おれが一着でゴールすることだけに関心があるんだ。おれは人の形をしたゲームのコマだ。おれにも心がちゃんとあるなんて思いもしていないんだ」
「和真さんの夢は何ですか? したいことは何ですか?」
突然、汐音が問うてくる。今までの話を聞いていたのかと疑いたくなるような質問だ。和真の眉間に皺が寄る。
(おれの夢……?)
「おれは自由になりたい……」
勝手に和真の唇から言葉が零れた。
汐音が微笑む。年下である事を忘れるような、すべてを包み込むようなそんな穏やかな目で和真を見ている。
「和真さんは自由ですよ。今までも、これからも」
すべての音が和真の周りから消えた。スッと和真の顔から表情が抜け落ちたのだった。
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