生まれる前から好きでした。

文字の大きさ
上 下
21 / 45

21. 夢。

しおりを挟む
 相澤和真はソファに俯いたまま座っていた。打たれた頬がズキズキと痛む。
 だが、痛むのは頬だけではない。胸の奥はもっと言いようのない疼きを感じていた。

「和真さん」

 和真の前に三峰汐音が両膝をつき、顔を覗き込んできた。

「これで冷やしてください。」

 濡れたハンカチを和真の頬にそっと押し当てる。

「……腫れているのか?」
「はい。痛々しいです」

 突然、汐音が美しい目を大きく見開く。和真が汐音の手首を掴んだからだ。

「……あれが、おれの母親だ。呆れただろ?」

 和真は笑おうとした。
 だが、唇が歪んだだけだった。掴んでいた汐音の手首を無意識に強く握る。一瞬、汐音の眉がピクリと動いた。恐らく痛みを感じたのだろう。
 しかし、汐音は和真の手を振り払ったりしなかった。愁いを帯びた眼差しで和真を見つめている。

「和真さん、無理に笑わないでください。辛いなら、私には辛いと言ってください」
「汐音……」

 汐音の方が傷ついたような顔をしていた。

(おれは今、どんな顔をしているのかな?)

 掴んでいた汐音の手首から手を離す。汐音の手首は少し赤くなっていた。

「……真宮まみやグループって聞いたことあるか?」
「はい。あります。かなり大手の企業グループですから」
「……そこのトップ真宮蓮まみやれんの血が俺に流れている」
「え……?」

 和真は敢えて父親だと言わなかった。
 だが、汐音はしっかりと感じ取っているようだった。困惑した表情を浮かべている。

「真宮蓮は言い寄ってくる女達にある提案をした。自分の子を産み育て、その子がいつくかある条件をすべてクリア出来れば、真宮蓮の子として認知し、真宮グループの跡継ぎとして認める。もちろん、その子供の母親は真宮蓮と婚姻を結ぶことができるってな」

 汐音はただ黙って聞いている。和真は感情が入らないよう淡々と話していたのだが、一度言葉を切った。

「意味が分かんないだろ? そんなバカな話に乗る女なんていないと思うだろ? 居たんだ三人も。……その内の一人がおれの母親だ」

 汐音は何か言おうとして口を開きかけたが、すぐに唇を引き結んだ。和真は話を続ける。話し続けていないと叫びだしてしまいそうだったからだ。

「今までおれはあの男が出す条件を全てクリアしてきた。だから、今はこの生活が保障されている」

(そう。出される条件をクリアするまでは……だ)

 とても静かに汐音は和真を見ていた。

「あの女にとっては、おれは競馬の馬と一緒さ。おれが一着でゴールすることだけに関心があるんだ。おれは人の形をしたゲームのコマだ。おれにも心がちゃんとあるなんて思いもしていないんだ」
「和真さんの夢は何ですか? したいことは何ですか?」

 突然、汐音が問うてくる。今までの話を聞いていたのかと疑いたくなるような質問だ。和真の眉間に皺が寄る。

(おれの夢……?)

「おれは自由になりたい……」

 勝手に和真の唇から言葉が零れた。
 汐音が微笑む。年下である事を忘れるような、すべてを包み込むようなそんな穏やかな目で和真を見ている。

「和真さんは自由ですよ。今までも、これからも」

 すべての音が和真の周りから消えた。スッと和真の顔から表情が抜け落ちたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》

市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。 男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。 (旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

うまく笑えない君へと捧ぐ

西友
BL
 本編+おまけ話、完結です。  ありがとうございました!  中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。  一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。  ──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。  もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

処理中です...