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20. 母親。
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三峰汐音が美味しそうにチーズケーキを食べていた。
「チーズが好きなのか?」
相澤和真の問いに、汐音が笑みを深める。
「はい」
「じゃあ、次来た時はピザだな」
「! 次があるのですか?!」
笑顔をさらに輝かせ、食いつくように汐音が確認してくる。
「おれにはピザなんて作れないからな。宅配だぞ」
妙な期待を持つことがないように釘を刺しておく。
汐音がフォークを置く気配がした。どうしたのかと顔をあげれば、真剣な眼差しがひたと和真を捉える。情熱を秘めた瞳に気圧され、目を逸らすことが出来ない。
「和真さんの手料理をいただける事は私にとっては至高の喜びです。ですが、お側に置いていただけるだけで、私はこの上なく幸せなのですよ。その事は心に留め置いてください」
まるで何かを誓うように胸に手を当て、汐音が熱の籠った声でそう告げる。
「あ、……そ、そう……?」
和真は間抜けな返事しかできなかった。というのも、汐音は和真以外の者には普通に話をするのに、なぜが二人だけになるとこのような時代錯誤も甚だしい話し方になる。
(ふざけてやっているわけではないから対応に困るんだよな……)
そんなことを思っていると、カタッと玄関の方から何か物音が聞こえてきた。汐音にも聞こえたのだろう、視線はすでにリビングの扉に向けられている。
「何か落ちたのかな? ちょっと、見てくる」
和真は立ち上がり、リビングの扉へ向かう。
「和真さん!」
緊迫した汐音の声が背後から聞こえたのと同時に、リビングの扉が独りでに開いた。女が一人、無言で入って来た。肩に掛けた黒いカーデガンの下の大柄の花の模様のワンピースが良く似合っている。
「!」
和真は大きく目を開き呆然と立ち尽くす。その間にも女は和真の方へと歩み寄ってきた。
パシッ
室内に乾いた音が響く。女が和真の頬を打ったのだ。
「何をする!」
顔色を変えた汐音が女と和真の間に割り込み女の手を掴む。女は鋭い眼差しを汐音に向けた。
だが、汐音の端整な顔を見て僅かに瞠目した。
しかし、それは一瞬の事だった。すぐに見る者に冷たい印象を与える表情に戻る。
「この手を離しなさい」
「離しません。貴女が何人であろうと、和真さんに危害を加えさせませんよ」
「……和真の友達なの? 珍しいわね。私はこの子の母親よ。分かったでしょ? さあ、すぐにこの手を離しなさい」
和真の母親だと聞いて、さすがに汐音も驚いたようだ。すぐに手を離したが、和真を庇うように立ったままだ。その姿に和真の母親は僅かに片眉を上げたが何も言わず、視線を和真へ移す。
「元気そうね、和真。祝賀パーティーを欠席するって、どういうつもり?」
「……行きたくないから行かない。それだけ」
「はっ! 何を馬鹿な事を言っているの? 自分の置かれてる状況が分かっていないようね?」
「分かっている。嫌っていうほどにね。おれはあんた達のゲームのコマなんかに黙ってなるつもりはないだけだ!」
和真は心の底から叫んでいた。初めて母親に対して自分の気持ちを吐き出したのだ。
だが、和真の母親は冷めた眼差しのまま和真を見ていた。
「……祝賀パーティーには必ず出なさい」
「……」
無言の和真をしばし見つめた後、和真の母親は汐音を見た。
「……そうね、一人で来るのが嫌なのなら、そこのお友達を連れてくるといいわ」
驚き顔を上げた和真は、自分の母親を信じられないものでも見るように見た。
「必ずパーティーには出る事。いいわね?」
それだけ言い残すと、和真の母親は踵を返し部屋から出て行った。
「チーズが好きなのか?」
相澤和真の問いに、汐音が笑みを深める。
「はい」
「じゃあ、次来た時はピザだな」
「! 次があるのですか?!」
笑顔をさらに輝かせ、食いつくように汐音が確認してくる。
「おれにはピザなんて作れないからな。宅配だぞ」
妙な期待を持つことがないように釘を刺しておく。
汐音がフォークを置く気配がした。どうしたのかと顔をあげれば、真剣な眼差しがひたと和真を捉える。情熱を秘めた瞳に気圧され、目を逸らすことが出来ない。
「和真さんの手料理をいただける事は私にとっては至高の喜びです。ですが、お側に置いていただけるだけで、私はこの上なく幸せなのですよ。その事は心に留め置いてください」
まるで何かを誓うように胸に手を当て、汐音が熱の籠った声でそう告げる。
「あ、……そ、そう……?」
和真は間抜けな返事しかできなかった。というのも、汐音は和真以外の者には普通に話をするのに、なぜが二人だけになるとこのような時代錯誤も甚だしい話し方になる。
(ふざけてやっているわけではないから対応に困るんだよな……)
そんなことを思っていると、カタッと玄関の方から何か物音が聞こえてきた。汐音にも聞こえたのだろう、視線はすでにリビングの扉に向けられている。
「何か落ちたのかな? ちょっと、見てくる」
和真は立ち上がり、リビングの扉へ向かう。
「和真さん!」
緊迫した汐音の声が背後から聞こえたのと同時に、リビングの扉が独りでに開いた。女が一人、無言で入って来た。肩に掛けた黒いカーデガンの下の大柄の花の模様のワンピースが良く似合っている。
「!」
和真は大きく目を開き呆然と立ち尽くす。その間にも女は和真の方へと歩み寄ってきた。
パシッ
室内に乾いた音が響く。女が和真の頬を打ったのだ。
「何をする!」
顔色を変えた汐音が女と和真の間に割り込み女の手を掴む。女は鋭い眼差しを汐音に向けた。
だが、汐音の端整な顔を見て僅かに瞠目した。
しかし、それは一瞬の事だった。すぐに見る者に冷たい印象を与える表情に戻る。
「この手を離しなさい」
「離しません。貴女が何人であろうと、和真さんに危害を加えさせませんよ」
「……和真の友達なの? 珍しいわね。私はこの子の母親よ。分かったでしょ? さあ、すぐにこの手を離しなさい」
和真の母親だと聞いて、さすがに汐音も驚いたようだ。すぐに手を離したが、和真を庇うように立ったままだ。その姿に和真の母親は僅かに片眉を上げたが何も言わず、視線を和真へ移す。
「元気そうね、和真。祝賀パーティーを欠席するって、どういうつもり?」
「……行きたくないから行かない。それだけ」
「はっ! 何を馬鹿な事を言っているの? 自分の置かれてる状況が分かっていないようね?」
「分かっている。嫌っていうほどにね。おれはあんた達のゲームのコマなんかに黙ってなるつもりはないだけだ!」
和真は心の底から叫んでいた。初めて母親に対して自分の気持ちを吐き出したのだ。
だが、和真の母親は冷めた眼差しのまま和真を見ていた。
「……祝賀パーティーには必ず出なさい」
「……」
無言の和真をしばし見つめた後、和真の母親は汐音を見た。
「……そうね、一人で来るのが嫌なのなら、そこのお友達を連れてくるといいわ」
驚き顔を上げた和真は、自分の母親を信じられないものでも見るように見た。
「必ずパーティーには出る事。いいわね?」
それだけ言い残すと、和真の母親は踵を返し部屋から出て行った。
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