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18. 料理。
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相澤和真はキッチンにいた。眉間に皺を寄せ、スマホの料理レシピを食い入るように見つめる。すでに玉ねぎに散々泣かされ、慣れない料理にかなりの体力と精神力を消耗させられていた。
「濃いキツネ色って……。どれぐらい炒めればいいんだよ」
ぶつぶつと呟きながら鍋をかき混ぜ続ける。
「これぐらいでいいのか……?」
スマホの画面と鍋の中を見比べながら次の材料を投入しては再び混ぜ続ける。最後に水を入れて蓋をする。
「ふう……」
思わずため息が漏れた。
簡単な料理は何かと福井奏に尋ねたら、カレーならそうそう失敗はしないだろうとアドバイスをもらった。どうせ作るなら美味しいカレーを作りたいと思い、スマホを検索して今に至っている。ふと視線を上げ、時計を見て愕然となった。作り始めてからすでに二時間が過ぎていたのだ。
「う、うそだろ……」
思わず崩れるように床に手をつく。レシピでは所要時間は30分と書いてあったのだ。まるで狐につままれたようだと和真は思った。
「今、10時過ぎ……、あいつとの待ち合わせが11時半、あと1時間……」
なぜ自分は三峰汐音の為にこんなに大変な想いをしているのかと、半ば投げやりな気持ちになりかけた時、脳裏に屋上で満面の笑みを浮かべ喜んでいた汐音の姿が浮かんできた。
「……違う。あいつの為じゃない。おれが……。おれが汐音の喜ぶ顔が見たかっただけなんだ」
初めての感情に戸惑う。
今まで他人の目がなぜか怖かった。だから人目につかないよう目立たないように暮らしてきた。誰かの為に何かをしたいと思ったのは初めてだった。 和真はゆっくりと立ち上がると、手を洗い冷蔵庫を開ける。
「次は、サラダだな」
和真は再び料理を作りはじめる。サラダと言っても、キュウリの輪切りを諦めたので、レタスをちぎってプチトマトをほり込んだだけのものだ。出来たサラダを冷蔵庫へ入れ、煮込んだ鍋にカレーのルーを投入する。混ぜながら味見をすれば、充分食べられる味だった。ほっと溜息を洩らし、時計を見れば11時を過ぎている。とりあえず火を消し、急いで身支度を整え、家を飛び出す。
待ち合わせ場所には、既に汐音は来ていた。二人の女と話をしている。
「汐音!」
名前を呼べば、ぱっと顔を上げた汐音と目が合った。途端、汐音の顔が輝く。
「俺の大切な人が来たので、行きます」
「え?」
固まった女達を置き去りにして、汐音は和真に向かってまっすぐに駆け寄って来る。
「和真さん! 今日は宜しくお願いします!」
「お、おう……」
飛びつきそうな勢いにやや押され気味で和真は応じる。満面の笑みを浮かべながら食い入るように見てくる汐音に思わず背を向けた。
「和真さん?」
「……こっち。ちゃんと、ついて来いよ」
赤くなった顔を見られないように、肩越しに汐音へ声を掛ける。
「はい!」
汐音は大人しく和真の後についてきた。時々振り返れば、汐音はただニコニコと笑顔を向けてくる。
「……さっきの女達って、あれで良かったのか?」
「はい、問題ないです。一緒に食事に行かないかと誘われただけなので」
「あ、そう……」
(逆ナンされてたのか……)
確かに、今日の汐音はシックな出で立ちだが、人目を引いていた。黒のパンツに白のTシャツ。その上に黒のジャケットを羽織っているのだが、高校生というよりも大学生以上にしか見えない。きっと一緒に歩いている和真の方が年下に見られていることだろう。
「着いたぞ。ここだ」
「え?」
汐音は驚いた声を上げ、建物を見上げた。
「入って来いよ」
オートロックの扉を抜け、ソファの置かれたエントランスを横目にエレベーターに乗る。
「……驚きました」
「何も驚くことはないだろう? あの学校に通っている生徒はもっとすごい家に住んでいる奴多いぞ。それに、おれはここに住まわせてもらっているだけだ。父親に見限られたら追い出される」
「見限る? 父親と仲が悪いのですか?」
「……」
「すみません。立ち入った事を聞いてしまいました」
和真が答えに窮した事で、汐音が申し訳なさそうに長身を小さくしている。
「いや、別にいいよ。気にするほどの事も無い。……いつか愚痴ったら聞いてくれ」
「! はい! 何でも言ってください。聞きます!」
「うん。その時は、宜しく」
「和真さん! 大好きです!」
感極まった汐音が背後から抱きしめてきた。
「く、苦しい! 離れろ……」
大型犬のようにまとわりつく男を引きずりながらエレベーターを降りたのだった。
「濃いキツネ色って……。どれぐらい炒めればいいんだよ」
ぶつぶつと呟きながら鍋をかき混ぜ続ける。
「これぐらいでいいのか……?」
スマホの画面と鍋の中を見比べながら次の材料を投入しては再び混ぜ続ける。最後に水を入れて蓋をする。
「ふう……」
思わずため息が漏れた。
簡単な料理は何かと福井奏に尋ねたら、カレーならそうそう失敗はしないだろうとアドバイスをもらった。どうせ作るなら美味しいカレーを作りたいと思い、スマホを検索して今に至っている。ふと視線を上げ、時計を見て愕然となった。作り始めてからすでに二時間が過ぎていたのだ。
「う、うそだろ……」
思わず崩れるように床に手をつく。レシピでは所要時間は30分と書いてあったのだ。まるで狐につままれたようだと和真は思った。
「今、10時過ぎ……、あいつとの待ち合わせが11時半、あと1時間……」
なぜ自分は三峰汐音の為にこんなに大変な想いをしているのかと、半ば投げやりな気持ちになりかけた時、脳裏に屋上で満面の笑みを浮かべ喜んでいた汐音の姿が浮かんできた。
「……違う。あいつの為じゃない。おれが……。おれが汐音の喜ぶ顔が見たかっただけなんだ」
初めての感情に戸惑う。
今まで他人の目がなぜか怖かった。だから人目につかないよう目立たないように暮らしてきた。誰かの為に何かをしたいと思ったのは初めてだった。 和真はゆっくりと立ち上がると、手を洗い冷蔵庫を開ける。
「次は、サラダだな」
和真は再び料理を作りはじめる。サラダと言っても、キュウリの輪切りを諦めたので、レタスをちぎってプチトマトをほり込んだだけのものだ。出来たサラダを冷蔵庫へ入れ、煮込んだ鍋にカレーのルーを投入する。混ぜながら味見をすれば、充分食べられる味だった。ほっと溜息を洩らし、時計を見れば11時を過ぎている。とりあえず火を消し、急いで身支度を整え、家を飛び出す。
待ち合わせ場所には、既に汐音は来ていた。二人の女と話をしている。
「汐音!」
名前を呼べば、ぱっと顔を上げた汐音と目が合った。途端、汐音の顔が輝く。
「俺の大切な人が来たので、行きます」
「え?」
固まった女達を置き去りにして、汐音は和真に向かってまっすぐに駆け寄って来る。
「和真さん! 今日は宜しくお願いします!」
「お、おう……」
飛びつきそうな勢いにやや押され気味で和真は応じる。満面の笑みを浮かべながら食い入るように見てくる汐音に思わず背を向けた。
「和真さん?」
「……こっち。ちゃんと、ついて来いよ」
赤くなった顔を見られないように、肩越しに汐音へ声を掛ける。
「はい!」
汐音は大人しく和真の後についてきた。時々振り返れば、汐音はただニコニコと笑顔を向けてくる。
「……さっきの女達って、あれで良かったのか?」
「はい、問題ないです。一緒に食事に行かないかと誘われただけなので」
「あ、そう……」
(逆ナンされてたのか……)
確かに、今日の汐音はシックな出で立ちだが、人目を引いていた。黒のパンツに白のTシャツ。その上に黒のジャケットを羽織っているのだが、高校生というよりも大学生以上にしか見えない。きっと一緒に歩いている和真の方が年下に見られていることだろう。
「着いたぞ。ここだ」
「え?」
汐音は驚いた声を上げ、建物を見上げた。
「入って来いよ」
オートロックの扉を抜け、ソファの置かれたエントランスを横目にエレベーターに乗る。
「……驚きました」
「何も驚くことはないだろう? あの学校に通っている生徒はもっとすごい家に住んでいる奴多いぞ。それに、おれはここに住まわせてもらっているだけだ。父親に見限られたら追い出される」
「見限る? 父親と仲が悪いのですか?」
「……」
「すみません。立ち入った事を聞いてしまいました」
和真が答えに窮した事で、汐音が申し訳なさそうに長身を小さくしている。
「いや、別にいいよ。気にするほどの事も無い。……いつか愚痴ったら聞いてくれ」
「! はい! 何でも言ってください。聞きます!」
「うん。その時は、宜しく」
「和真さん! 大好きです!」
感極まった汐音が背後から抱きしめてきた。
「く、苦しい! 離れろ……」
大型犬のようにまとわりつく男を引きずりながらエレベーターを降りたのだった。
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