生まれる前から好きでした。

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11. 会いたかった。

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 ホームルームが終わると、福井奏が相澤和真に笑顔で話しかけてきた。少し言葉を交わし、部活へ向かう奏を見送ると、和真もすぐに教室を出る。
 放課後の校舎内は酷く騒がしかった。
 講師が生徒を呼ぶ声。廊下を駆けて行く足音。扉を開け閉めする音。生徒たちの話し声。笑い合う声。様々な音で溢れかえっている。
 今まであまり意識をしたことがなかったが、『平和』なのだと、しみじみと感じる。

(今朝見た夢の影響だな。きっと……)

 平和な日常など長い歴史の中では、本当は奇跡的な事なのだろう。今まで感じた事がない不思議な気持ちのまま進む。
 だが、足は徐々に早くなっていく。

「おわっ!」

 和真の目の前でゴミ箱を運んでいた男子生徒が見事に躓いて転んだ。あたりにゴミが散乱する。

「大丈夫か?」

 呆然としている男へ声を掛け、助け起こす。怪我をしていない事を確認すると、和真は急いで拾ったゴミをゴミ箱へ戻していく。その姿を見た男も慌ててゴミを拾い始めた。

「少し遅れたな」

 汚れた手を洗った和真はスマホを覗くと、慌ててトイレから飛び出した。途中、目に留まった自販機でイチゴオーレと紅茶のストレートを購入し、三峰汐音との約束の場所へ急いで向かう。三階まで階段を駆け上り、ふと見上げた瞬間、上の階の手すりから汐音が顔を出した。

「和真さん!」

 和真の姿を認めた途端、汐音は嬉しそうな声を上げる。今にも手すりを乗り越えて、飛び降りて来そうだ。動くなの意味を込めて片手を汐音に向けて突き出した。

「そこにいろ!」
「え?」

 手すりに両手をかけたまま汐音が動きを止める。その間に残りの階段を一気に駆け上がった。汐音は大人しく立ったまま待っていた。

「体調は、もう大丈夫なのですか?」

 汐音の目の前に立つと、和真の頭の先から足の先までざっと確認してから心配そうに訊ねてきた。
 
「単なる睡眠不足だって言っただろ? それに充分寝たからそんなに心配するな」
「……はい」

 納得できたのか出来なかったのか分からないような微妙な声で返事が返ってきた。

『話を聞いてやるといい』

 養護教諭の言葉を思い出す。

(……汐音の話は前世のおれも出てくるから、何が飛び出してくるか分からない分、不安もあるんだよな──)

 和真は気持ちを切り替えると、視線を汐音にひたっと充てる。

「汐音、どっちがいい?」

 両手にジュースの紙パックを持ち上げ、汐音に選ばせる。

「え? どうしたんですか? それ……」
「おまえと一緒に飲もうと思って買って来た。おれがなかなか来ないから不安になっていたんじゃないのか?」
「……来てくださったので問題ありません。ジュースをありがとうございます。私は、どちらでもいいです。和真さんが先に選んでください」
「おれがおまえに選んで欲しいんだけど?」
「……分かりました。では、こちらの紅茶をいただきます。ありがとうございます」

 和真が階段に腰を下ろせば、汐音はすぐに隣に座ってきた。嬉しそうに紅茶を飲み始める汐音の横顔を眺めながら口を開く。

「甘いものは好きじゃないのか?」
「……まあ、嫌いというわけではないですが、あまり食べたり飲んだりはしないですね」
「そうか……。おれは、甘いの結構好きかな」
「フィーリア様も甘い物がお好きでした」

 クスッと汐音が笑う。
 そして、そのまま和真に視線を向けてきた。愛おしそうに目を細めて見つめてくる。
 だが、おそらく汐音が見ているのは和真ではない。出会った時からそうだったように、きっとフィーリアの姿を思い浮かべているに違いなかった。
 
(未だに、前世のあるじを恋しがる汐音を受け入れてやればいいのか? だが、こいつは今を生きている。フィーリアはもういない。おれは、フィーリアではないんだ)

 和真の胸の奥が僅かに疼いた。

「フィーリアの護衛騎士から今のおまえに生まれ変わる前に、別の誰かに生まれ変わったりはしなかったのか?」

 気持ちを切り替えようとした瞬間に、ふと思いついた疑問だった。

「……実は、二度生まれ変わりました」

(え? 二度って、前世が騎士だったんじゃないのか……? 前前前世……?)

「その時もフィーリアの生まれ変わりを見つけたのか?」
「いいえ。最初に生まれ変わった時は、フィーリア様を感じる事が出来なかったので、探すことを最初から諦めていました」

 『フィーリアを感じる』って、何だ? と突っ込みたいのを和真は我慢しながら、さらに訊ねる。

「その時は男だったのか? それとも女?」
「男でした」
「……誰かに恋をしなかったのか?」
「恋……?」

 きょとんと首を傾げる姿が意外と可愛いなと思ってしまった事に気付かれないように、慌てて質問を変える。

「結婚はしなかったのか?」
「……結婚は、しました。フィーリア様によく似た金茶の髪に青い瞳の美しい女性を妻にしました」
「なんだ。フィーリア以外の女を好きになれたんだな?」
「……」

 汐音は『はい』とも『いいえ』とも答えなかった。
 だが、和真はどこかほっとしたような、どこか寂しいような何とも言えない複雑な気持ちになる。

「その女性とは上手くいっていたのか?」

「……彼女との間に子供が二人いて、家族としてはごく普通の幸せな家庭だったと思います」

 『幸せ』と口にしながらも、汐音の視線は徐々に下がっていく。

「私は妻と子供達を親として夫として愛し、出来うる限り大切にしていました。ですが、私には心にぽっかりと穴が開いていて、どれほど家族を愛しても、なぜか私の心の空洞は埋まりませんでした。それどころか、大きくなっていき、それは死ぬまで消えることはありませんでした」
「え?」
「次に生まれ変わった時も、やはりフィーリア様を感じる事ができなかったので、13歳で自ら志願して兵士になりました。最前線を希望したので、一週間も経たない内に戦死しました」
「……」

 まるで他人事のように淡々と話す汐音の横で、和真は絶句するしかなかった。

(フィーリアの事を語っている時は、こちらが引くほど感情を溢れさせ涙まで流していたのに……)

「──そして、今、私はここにいる。あなたの隣にいる。……分かりますか? この世に生まれ落ちた瞬間、フィーリア様を感じた時の狂おしいほどの歓喜を……」

 それ以上の言葉が見つからなかったのか、それとも言えなかったのか、汐音は口を閉ざした。熱をはらんだ眼差しが和真を捉える。

(ああ、……この汐音の目)

 あれほど汐音の言動に引いていたはずなのに、いつの間にかこの目で見つめられても嫌な気はしなくなっている。それどころか仄かな喜びさえ感じ始めていた。

(絶対に、汐音には気づかれたくない……)

「……あなたに、会いたかった」

 まるで心から溢れ出てきたような囁きを、ほっそりとした見かけとは全く違う逞しい腕の中で和真は聞いた。

(おまえが言う『あなた』は、おれか? それともフィーリアか……?)

 その問いを和真が口に出すことはなかった。自分の存在を消されたような虚しさに絶望しながら。
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