生まれる前から好きでした。

文字の大きさ
上 下
9 / 45

9.保健室。

しおりを挟む
 和真はベッドを抜け出すと、保健室の扉を開けた。汐音がまだ近くに居るような気がしたのだ。和真の目はすぐに汐音の姿を捉える。

(やっぱり、居た)

 汐音は保健室前の廊下の壁に背を預けて立っていた。勘が当たったところであまり嬉しくはない。

「汐音……」
「和真さん!」

 汐音はすぐに和真の目の前へ駆け寄って来た。やはり背後にしっぽの幻覚が見える。和真は視線を上げた。僅かでも見上げる身長差が正直口惜しい。和真は意識して厳しい目で汐音の澄んだ瞳を見る。

「汐音。自分の教室へ戻れ」
「嫌です」

 心地いいほどの即答に、和真の方が面食らう。一瞬言葉を失ってしまったほどだ。
 だが、ここで気圧されるわけにはいかない。手を握りしめる。

「……おまえは頑張って勉強したから一番で合格したんだろ? ちゃんと授業に出ろ。大事な事だ」
「嫌です。和真さん以上に大事なものなどありません! 和真さんに何かあったりしたら──」

 誰をも圧するほどの気をまとっていた汐音が表情に陰りを見せた途端、迷子の幼子のようになる。こんな状態になったこの男をほっておくことは出来なかった。理由が分かるだけに。

「放課後だ」
「?」

 汐音が不安そうな表情のまま見つめ返してくる。

「放課後まで自分の教室にいろ。それができたなら、放課後あの屋上に続く階段のところへ来い。おれも行く。少し話をしよう」
「俺と話を? 和真さんが?」
「そう。おれとおまえと二人で」

 汐音の顔がぱっと輝いた。
 だが、何を逡巡しているのか、すぐに答えない。

「……和真さんはこの後、どうされますか?」
「ん? おれ?」
「はい」
「おれはもう少しここにいる」
「しっかり休息を取られるのですね?」
「ああ」
「……分かりました。では、放課後、屋上に続く階段で待っています」

 安心したのか、突然物分かりが良くなった汐音は気持ちの良い一礼を見せ去って行った。

「おまえ達はどういう関係だ?」

 保健室へ戻ると、足立が訊ねてきた。
 さて、どう説明すれば良いのかと思案する。考えたところで良い案が浮かばなかったので、そのまま素直に答える事にした。
 
「今は先輩後輩です」
「今は?」

 足立が聞き返してくる。

「はい。……今は先輩後輩ですが、前世では主従の関係です」
「ほう」

 足立はふざけているのかと怒ったりはしなかった。それよりも彼女の眼鏡の奥の瞳が一瞬輝いた気がした。

「どんな主従だ?」
「……王女と護衛騎士だそうです」
「……なるほどな。だが、えらく過保護な護衛騎士のようだな」

 足立がくすりと笑う。先ほどのやり取りを思い出したのだろう。
 一方のおれは笑えなかった。

「前世のあいつの目の前で、おれが処刑されたからだと思います」

 笑みを消し、足立がまっすぐに和真を見てきた。

「それは占いで聞いた話なのか?」
「いいえ、汐音……。三峰汐音から聞いた話です。あいつには前世の記憶があります」

 無言のまま足立が見つめてくるので、和真はいたたまれなくなって視線を外した。

「……あいつから初めて前世の話を聞いた時は、おれもすぐには信じられなかったんです。でも、前世で王女を守れなかったって、あいつが泣いたんです。だから、おれは──」

 足立が静かに聞いていたので、和真はそのまま話を続けた。

「昨日、夢を見ました。中世風の建物が並ぶ屋外の広い場所で、おれはどこか壇上にいて、目の前ではおびただしい人々がおれを見ているんです。どの顔も困惑していて、ざわざわしているんですよ。その大勢の人を掻き分けながら、一人の若い男がおれの方へ必死で近づいて来るんです。すぐにおれは目隠しをされてしまって見えなくなったんですけど、跪かされた後、おれの首の後ろに衝撃を感じたと同時に若い男の声にならないような叫び声を聞いたんです。その後、すぐに飛び起きたんですけど、あまりにリアルな感触と若い男の叫び声がずっと耳に残っていて眠れなくなってしまって……」

 和真は昨夜の夢を思い出し、目を閉じた。まるで映画のワンシーンのようで、自分の身に起きた事だったのかどうかは分からない。
 だが、必死で近づい来た男の声だけは、今も和真の心を酷く揺さぶり続けている。

「その男の声が前世の……三峰だったか? あの一年のものだと思うからだろ?」

 和真は素直に頷いた。

「前世からのトラウマか……。三峰の過去を受け止めてやれるなら受け止めてやってほしい」
「う、受け止める?!」

 『好き』と言った汐音の言葉が脳裏に浮かび、和真の声は裏返ってしまった。

「何を動揺している?」
「あ、いえ……。その、受け止めるとは……?」
「まず、話をちゃんと聞いてやるといい。もちろん相澤にだけ重荷を負わすつもりはない。何かあればすぐに私のところへ相談に来るといい」
「……分かりました。ありがとうございます」

 和真は足立にお礼を言うと、保健室を後にした。
 どうやら、和真は汐音としっかりと向き合わねばならないようだ。前世の事だと切り捨てることは出来そうにない。あの張り裂けるほどの魂の叫び声をあげたまま、汐音は永遠に感じるほどの時を超えて和真の前に現れたのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》

市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。 男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。 (旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

うまく笑えない君へと捧ぐ

西友
BL
 本編+おまけ話、完結です。  ありがとうございました!  中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。  一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。  ──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。  もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

処理中です...