生まれる前から好きでした。

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8.首席。

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 誰かが相澤和真の頭を優しく撫でている。
 目を覚ました和真の寝ぼけた瞳に映るのは、薄いベージュ色のカーテンで囲まれた見慣れない景色だった。

(? ん?? ここは、どこだ???)


「和馬さん!」

 ぼんやりとしている和真の視界を遮るように顔を覗き込んできたのは、忘れたくても忘れさせてくれない男のドアップの顔だった。

「!? し、汐音……?」
「どうして体調が悪い事を教えてくれなかったんですか!」
「え?」

 ものすごい勢いで汐音が訴えてくる。その姿に面食らう。

「私が頼りにならないからですか?」

 状況が読めずに唖然となっている和真に対し、汐音は不安げに眉をよせて矢継ぎ早に訊ねてくる。

「はあ? おまえ、何言って……」

 状況は理解できないままだったが、とりあえず和真は近すぎる場所にある汐音の額を押し戻しながら上半身を起こした。辺りに視線を巡らせ、ここが保健室である事を思い出す。

(……そうだ。汐音と別れた後、保健室で寝ていたんだった)

「私はどうして和真さんの体調が悪かった事に気づけなかったんだ? 顔が赤くなっている事は分かっていたのに……」
「!」

 後悔を滲ませながら呟く汐音の言葉に、和真は反射的に自分の両頬を掌で押さえた。隠すように慌てて汐音に背を向ける。

(え?! 嘘だろ?! おれが赤面してたこと、気づかれてたの? マジで……? 恥ずかしいんだけど──)

「和真さん?! どうしたんですか? また具合が悪くなったんですか?」

 背後で汐音がおろおろと動揺する声が聞こえてくる。

「騒ぐな。騒ぎたいなら外へ行け」

 カーテンが勢いよく開き、白衣を着た女性が仁王立ちで立っていた。大きめの眼鏡の奥で冷めた瞳が和真と汐音を見下ろしている。養護教諭の足立麗華あだちれいかだ。かなりの美人なのだが、言葉遣いからも分かるように、年齢不詳で独特の雰囲気を持っている。さらに、合気道の有段保持者で、襲って来た男を一瞬でねじ伏せたとの噂もある猛者だ。

「先生! 大変です! 相澤先輩の体調がまた悪くなったようです!」
「どこも悪くなどない。ただの寝不足だ」
「ただの寝不足? ちゃんと診てください! 先輩はもっと肌に艶と張りがあるんです! 髪だってこんなにボサボサに、目も充血して……」
 
 汐音は切なげに和真の髪に触れながら足立に訴える。和真はされるがままになっていた。それは汐音に気を許していたからではない。この男の言動にただあっけにとられていたのだ。

(……汐音と会うのは今日で二回目だったよな? 肌の艶って何だ? この男は何を言っている?)

「うるさい。私の診断に文句を言うなど百年早いわ。お前はもう出ていけ」

 汐音はあっと言う間に足立によって保健室から追い出されてしまった。一つため息をつくと、足立は和真の所へ戻ってきた。無言でじっと見下ろしてくる。

「……あの新入生代表はおまえの前では違う顔をみせるのだな」
「え? 新入生代表? あいつが?」
「おや? 知らなかったのか? あれは首席で合格した男だぞ」
「首席……」
「とんでもない男に慕われているようだな。……まあ、頑張れ」

 驚きすぎて言葉が出ない和真の頭を、足立は気づかわし気にポンポンと叩くと自分の席へ戻って行った。
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