生まれる前から好きでした。

文字の大きさ
上 下
4 / 45

4.王女と騎士。

しおりを挟む
 近隣諸国が羨むほど華やかな王宮文化が発展していたアルスタ国の宮殿前の広場では、皮肉にも現国王一家の処刑が行われていた。
 今まで民衆から取り立てた税を湯水のごとく使い、ぜいの限りをつくしてきた国王と妃、そして、三人の王女達だ。
 最後に目隠しをした姿で現れたのは、この国の第三王女フィーリア・クラウゼだった。彼女が断頭台に立つと、民衆達の熱狂は最高潮へと達した。
 その時、王都の大門をくぐって、湧きかえる群衆の背後へ疾風のように騎馬が一騎駆け込んで来た。棹立さおだちになる馬の背から飛び降りたのは若い騎士だった。彼は断頭台の上に王女の姿があるのを目の当たりにした途端、悲痛な声で叫んだ。

「フィーリア様!」

 群衆達がどよめく中、届くはずのない男の声に反応するようにうつむいていた王女が顔を上げた。

「……お願いがあります」

 王女は側にいた処刑人に声を掛ける。

「何だ?」
「この目隠しを外してください」
「それは、できない」
「ほんの少しの間で良いのです。どうかお願いします!」

 王女とはいえ、まだあどけなさが残る少女の悲痛な懇願に、処刑人は躊躇ためらいを見せた。
 そして、哀れに思ったのか、王女の願いを聞き入れる。

「少しの間だけだぞ」
「ありがとうございます。感謝いたします」

 フィーリアの目元を大きく覆っていた白い布が外された。澄んだ青い空のような瞳が現れる。囚人の粗末な服を身に着け、化粧をほどこしていないのに、凛とした花のような美しさと可憐さが相まったフィーリアの顔をまじかで見る事となった断頭台の前方にいた民衆から波が引くように静まり返っていく。
 やがて人々の口から『そんな』や『まさか』など困惑する声が聞こえはじめた。彼女の顔に見覚えのあるもの達が動揺しはじめたのだ。
 それには理由があった。
 実は、第三王女であったフィーリアだけは身分を伏せ、化粧を施さず、平民たちと同じ服装で、イリアと名乗って町や村へ頻繁に通っていたからだ。
 もちろん、それは何とか民の生活を良くしようと奔走ほんそうしていたからだった。彼女に出来る事は限られていた。人と人を結び付け、必要な知識や情報を分け与える。そのせいもあって、近隣の民達はほとんどの者がイリアとしてのフィーリアの顔を知っていたのだ。
 しかし、王室を含む貴族社会を変えることが出来なかった為に、民衆の不満は膨れ上がり、とうとう民の怒りは王宮の襲撃という暴動へと発展してしまったのだ。国王一家は捉えられ、斬首の刑に処されることとなった。
 もちろんフィーリアも例外ではなかった。
 澄んだ青い瞳が広場に集まる民衆へ向けられる。彼女のまっすぐな眼差しは群衆を掻き分けながら必死で近づいてくるあの若い騎士へと注がれていた。彼もまた彼女の視線に気づき、しばし見つめ合う。
 殺伐とした断頭台にいながら、フィーリアは花がほころぶような笑みを浮かべた。
 騎士に向け、彼女の唇がゆっくりと動く。

『愛しています』

 男の目が大きく見開らかれていく。

「何をしている! 早くしろ!」

 この暴動の首謀者の一人が騎士の姿に気付き、慌てて処刑人へ声を荒げた。再びフィーリアの美しい顔が白い布に覆われる。

「やめろ! やめてくれ!! フィーリア!!!」

 再び騎士が血を吐くような声で叫んだ。
 だが、次の瞬間、騎士の願いも空しく、彼の目前で第三王女の命は断頭台の上で露と消えたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》

市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。 男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。 (旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

うまく笑えない君へと捧ぐ

西友
BL
 本編+おまけ話、完結です。  ありがとうございました!  中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。  一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。  ──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。  もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

処理中です...