生まれる前から好きでした。

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3.処刑。

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 ありきたりの日常。それで和真は良かった。
 だが、そんな平凡な日々を送っていても突然信じがたい事は起こるものだと、相澤和真はぼんやりと思った。
 
(……アルスタ国第三王女。それも前世ときたもんだ)

「ははは……」

 思わず乾いた笑いが和真の唇からこぼれた。

「で? その王女様はどうなったの? どこかの王子様とめでたく政略結婚でもして、おまえはお役目御免にでもなったのか?」
「……」

 すぐには信じる事も出来ず、適当に放った言葉に、先ほどまで熱を帯びていた薄茶色の瞳からすっと光が消えた。人形のようなただ美しいだけの目が静かに見つめ返してくる。その目からはまったく生が感じられなくなった。

(え? 何? どうしたんだ?)

 突然、汐音のまとう空気が変わり和真は動揺する。
 だが、この時に気づいてしまった。汐音が見つめているのは自分ではない事に。
 おそらく、汐音は和真を通して何度もその名を口にしているフィーリアを見ている。前世で仕えていたあるじ
 ふいに綺麗な色の瞳が瞼の裏へと消えた。長いまつ毛がふるっと震える。

「……処刑されました」

 固く感情が欠落した声だった。
 もしかすると、ただ感情を押し殺しているだけなのかもしれない。

「処刑って……。何で? 何かやっちゃたの? 前世のおれは……?」

 困惑する和真の問いかけに、汐音が力なく左右に頭を振る。

「いいえ。フィーリア様は何も悪くありませんでした。本当に、何も……」

 それ以上言葉が出なくなったのか、汐音はそのまま項垂れてしまった。

「……私は大切な時に、フィーリア様をお守りすることが出来なかったのです」

 しばらく経って、絞り出すように汐音は呟いた。強い後悔がその声から滲み出ている。
 和真は呆然と向かいに座る少年の姿を見つめる。
 
(まさか、こいつはずっと苦しんできたのか? 前世からずっと……)

 絶望に沈むその姿は、会った時よりも小さく見えた。汐音は声を殺して泣いているのかもしれない。肩が小さく震えている。
 
「顔を上げろ」

 和真の声にのろのろと汐音が顔を上げた。やはり瞳が濡れている。

「おまえの目には、今のおれは不幸そうに見えているのか?」
「え?」

 何を問われているのか分からなかったのだろう。潤んだ瞳を真ん丸に見開いている。その顔は年相応で、中学生らしくて可愛いいとさえ思えた。

「答えろ。おまえの瞳に映っているおれは、病気や怪我で苦しみ、苦痛に喘いでいるのか? それとも、着る服も無く、食べる物もなく、野垂れ死にかけているのか?」

 汐音が慌てたようにふるふると首を左右に振る。その振動で瞳に溜まっていた涙がキラキラと飛び散った。

(こいつは、泣いている姿も綺麗だな)

 突然、和真はテーブルに両手をつき、勢いよく立ち上がる。汐音の方へ身を乗り出し、濡れた頬を両手で包んで怯えたように揺れる瞳を覗き込んだ。

「おまえが大切にしていたフィーリアは、ちゃんと生まれ変わって幸せに暮らしている」

 汐音はハッとしたように目を大きく見開いた。まっすぐな眼差しからはまだ深い悲しみが強く感じられる。
 だが、その瞳には再び生気が戻っている。

「フィーリアの代わりにおれが言う。フィーリアの言葉だと思ってよく聞くんだぞ!」

 和真は汐音の心に届くようにと願いながら唇を開いた。

「今まで、ありがとう」

 綺麗な目が大きく見開かれた。澄んだ涙がとめどなく溢れ出し、汐音の頬と和真の両手を濡らしていく。

「もう苦しまなくいいんだよ。おまえは自由だ。これからは自分の幸せを探せ。汐音」

 和真は敢えて『汐音』と名前で呼んだ。

(こいつはもう新しい人生を歩んでいいんだ。いや、歩むべきだ。過去、それも前世に囚われ続けるなんて残酷すぎる)
 
 目を奪わるような綺麗な顔から手を離す。汐音の顔がくしゃりと歪んだ。そのまま両手で顔を覆う。和真は再び窓の外へ顔を向けた。
 もうすぐ暑い夏が来るだろう。
 むせび泣く汐音が落ち着くまで、和真はただ黙って座っていた。
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