1 / 45
1.出会い。
しおりを挟む
駅前は夏休みが近いせいか、学生の姿が目立った。いつもより賑わう通りを、この辺りでは名の知れた名門私立高校白羽学院の制服姿のまま相澤和真は人の流れにそって一人で歩いていた。目的もなくふらりと出歩くことが好きだった。すれ違う人々は誰も自分の事に気を取られていて和真に気を止める様子はない。その事も居心地が良かった。和真は目立つ事が大の苦手だったからだ。
ミャ~
どこからか猫の鳴き声が聞こえた気がして和真は足を止めた。辺りを見渡し、ふとゴミステーションに無造作に置かれている紙袋に視線がとまる。
(まさか……)
和真は歩み寄り、恐る恐る紙袋を開けて覗き込んだ。
ミャァ~
悪い予想が的中する。袋の中には猫が一匹入っていた。それもかなり小さい。和真は急いで紙袋を抱き上げると、駆けだした。猫が自ら袋の中に入ったのではない事は明らかだった。袋の口にはガムテープが貼ってあったからだ。
「あら、相澤さん。こんにちは」
動物病院の扉を開けると、カウンターの中にいた顔なじみの看護師が笑顔で出迎えてくれる。
「今、先生は診察中ですか? クシュン!」
「あら、もしかしてまた猫ちゃんを拾っちゃったの?」
「はい」
「猫アレルギーだから大変だったでしょう?」
和真は鼻をムズムズさせながら頷き、大切そうに抱えていた紙袋を看護師に見せる。
「あら、小さいわね。そこに座って待っていてね」
「お願いします」
さほど話をしていないのに、看護師は慣れた様子で子猫を連れて行った。待合室で待つことになった和真は鞄から本を出し読み始める。しばらくすると、老犬をつれた女性が診察室から出て来た。
「相澤君、どうぞ」
和真は本を鞄へ戻し、診察室の中へ入る。寝台の上には片手に乗るほどの小さな茶色い塊が蹲っている。
「連れてきてくれてありがとう。もう大丈夫よ」
女医の高橋が和真に笑顔を向ける。
「良かった。この子は雄雌のどちらでしたか?」
「雄よ」
「分かりました。写真撮っていいですか?」
「ええ、もちろん」
「水谷さんに連絡をいれておきます。クシュン!」
「本当に助かるわ。ありがとう」
水谷とは保護猫活動団体のリーダーをしている人の名前だ。和真はくしゃみを連発しながら、子猫の頭をそっと撫でる。
「幸せになれよ」
和真は診察室を出る前にもう一度振り向き、部屋を後にした。
「去勢の費用も入れてください。後で水谷さんがあいつを連れてきたら対応してください。水谷さんには言ってあります。いくらになりますか?」
「相澤君は本当に優しいわね」
「本当に優しいっていうのは水谷さんですよ」
拾ってきた猫だということで、ここの病院はかなり安く対応してくれる。和真は言われた金額を置いて、病院を出た。
「どれほど小さくたって生きているんだ。……それをまるでゴミのように捨てるなんて」
歩きながら憤りを感じていた。
「!」
突然、誰かが和真の腕を掴んだ。驚き振り返れば、同じ年頃の男だった。この男も制服姿だ。シャツの胸に刺繍されている校章には中学を現す『中』の文字が見える。
(え? 年下……?!)
和真は目の前にいる男が中学生だったことにさらに驚く。同じぐらいの背丈だったことももちろんあるのだが、どこか大人びた雰囲気を纏っていたからだ。
(本当に中学生なのか?)
さらにこの少年の不思議なところは、心の奥まで見ているのではないかと感じるほど和真を食い入るように見つめてくることだ。
「……お」
『おまえは、誰だ?』と尋ねようとした瞬間、目の前の顔がくしゃりと歪んだ。
(え? ええ?! 泣く……?!)
「やっと見つけた……」
動揺する和真を凝視したまま少年が呟く。掴んでいる手の力がさらに強くなった。痛いほどだ。
(見つけた? おれを?)
改めて少年の顔をまじまじと見る。やはり見覚えはない。
突然現れた少年は非常に整った顔立ちをしていた。一度でも会っていたなら忘れられないレベルだ。モデルなのかもしれなかった。かなり女にモテるはずだ。そんな事を考えながら遠慮のない視線を向けている間も、日本人にしては色素の薄い茶色の瞳でまっすぐに和真だけを見てくる。ほとんど瞬きもせずに見つめてくるので、目が痛くないのかとこちらのほうが心配になる。よく見れば僅かに瞳が潤んできている。
「おい、瞬きぐらいしろよ。……で、おまえは、誰?」
和真の言葉に、少年はあからさまに傷ついた表情を浮かべた。腕を掴んでいた手が力なく滑り落ちていき、和真の指先をまるで縋るように握りしめた。
「私が分からない、のですか?」
中学生らしくない言葉使いが気になった。
一方で、花が萎れるように項垂れる姿があまりに悲しそうに見えた。まるで自分が悪い事をしてしまったような気にさせられる。
「……悪いけど、まったく思い出せないんだ。人違いじゃないのか?」
僅かな罪悪感に胸の痛みを感じながらも正直に答える。
(! え……?!)
ふいに、少年が和真の指先を握ったまま、目の前で片膝を付いた。まるで今からプロポーズでもするような格好だ。 状況が理解出来ずにその場で固まってしまった和真をよそに、少年は和真の手を両手で恭しく捧げ持ち、自分の額に押し当てた。まるで物語に出て来る騎士がお姫様にするかのように。
和真の頬は一気に朱に染る。
少年が顔を上げた。見上げてくるその眼差しの強さに思わず怯みそうになる。
「私が貴女様を間違えるはずがありません。フィーリア様!」
「? それ、誰?!」
思わず和真は叫ぶ。顔面が引きつり、火照っていた頬が一気に冷たくなっていく。
(ヤバ。ヤバい! ヤバい奴だ!!)
慌てて握られていた手を振り払おうとしたのだが、少年が手を離してくれない。その力は中学生とは思えないほど強かった。これでは逃げ出すどころか、離れることさえ出来ない。人通りの多い歩道の真ん中で、突如始まった儀式のような二人の姿に、何事かと行き交う人々の視線が突き刺さる。
「くそっ!」
和真は汚い言葉を吐き捨てる。どこか陶酔しているような表情を浮かべている少年を無理やり立たせると、和真はそのまま少年を引きずるように一番近くの喫茶店へと駆け込んだ。
これが和真の人生を大きく変えた男、三峰汐音との最初の出会いだった。
ミャ~
どこからか猫の鳴き声が聞こえた気がして和真は足を止めた。辺りを見渡し、ふとゴミステーションに無造作に置かれている紙袋に視線がとまる。
(まさか……)
和真は歩み寄り、恐る恐る紙袋を開けて覗き込んだ。
ミャァ~
悪い予想が的中する。袋の中には猫が一匹入っていた。それもかなり小さい。和真は急いで紙袋を抱き上げると、駆けだした。猫が自ら袋の中に入ったのではない事は明らかだった。袋の口にはガムテープが貼ってあったからだ。
「あら、相澤さん。こんにちは」
動物病院の扉を開けると、カウンターの中にいた顔なじみの看護師が笑顔で出迎えてくれる。
「今、先生は診察中ですか? クシュン!」
「あら、もしかしてまた猫ちゃんを拾っちゃったの?」
「はい」
「猫アレルギーだから大変だったでしょう?」
和真は鼻をムズムズさせながら頷き、大切そうに抱えていた紙袋を看護師に見せる。
「あら、小さいわね。そこに座って待っていてね」
「お願いします」
さほど話をしていないのに、看護師は慣れた様子で子猫を連れて行った。待合室で待つことになった和真は鞄から本を出し読み始める。しばらくすると、老犬をつれた女性が診察室から出て来た。
「相澤君、どうぞ」
和真は本を鞄へ戻し、診察室の中へ入る。寝台の上には片手に乗るほどの小さな茶色い塊が蹲っている。
「連れてきてくれてありがとう。もう大丈夫よ」
女医の高橋が和真に笑顔を向ける。
「良かった。この子は雄雌のどちらでしたか?」
「雄よ」
「分かりました。写真撮っていいですか?」
「ええ、もちろん」
「水谷さんに連絡をいれておきます。クシュン!」
「本当に助かるわ。ありがとう」
水谷とは保護猫活動団体のリーダーをしている人の名前だ。和真はくしゃみを連発しながら、子猫の頭をそっと撫でる。
「幸せになれよ」
和真は診察室を出る前にもう一度振り向き、部屋を後にした。
「去勢の費用も入れてください。後で水谷さんがあいつを連れてきたら対応してください。水谷さんには言ってあります。いくらになりますか?」
「相澤君は本当に優しいわね」
「本当に優しいっていうのは水谷さんですよ」
拾ってきた猫だということで、ここの病院はかなり安く対応してくれる。和真は言われた金額を置いて、病院を出た。
「どれほど小さくたって生きているんだ。……それをまるでゴミのように捨てるなんて」
歩きながら憤りを感じていた。
「!」
突然、誰かが和真の腕を掴んだ。驚き振り返れば、同じ年頃の男だった。この男も制服姿だ。シャツの胸に刺繍されている校章には中学を現す『中』の文字が見える。
(え? 年下……?!)
和真は目の前にいる男が中学生だったことにさらに驚く。同じぐらいの背丈だったことももちろんあるのだが、どこか大人びた雰囲気を纏っていたからだ。
(本当に中学生なのか?)
さらにこの少年の不思議なところは、心の奥まで見ているのではないかと感じるほど和真を食い入るように見つめてくることだ。
「……お」
『おまえは、誰だ?』と尋ねようとした瞬間、目の前の顔がくしゃりと歪んだ。
(え? ええ?! 泣く……?!)
「やっと見つけた……」
動揺する和真を凝視したまま少年が呟く。掴んでいる手の力がさらに強くなった。痛いほどだ。
(見つけた? おれを?)
改めて少年の顔をまじまじと見る。やはり見覚えはない。
突然現れた少年は非常に整った顔立ちをしていた。一度でも会っていたなら忘れられないレベルだ。モデルなのかもしれなかった。かなり女にモテるはずだ。そんな事を考えながら遠慮のない視線を向けている間も、日本人にしては色素の薄い茶色の瞳でまっすぐに和真だけを見てくる。ほとんど瞬きもせずに見つめてくるので、目が痛くないのかとこちらのほうが心配になる。よく見れば僅かに瞳が潤んできている。
「おい、瞬きぐらいしろよ。……で、おまえは、誰?」
和真の言葉に、少年はあからさまに傷ついた表情を浮かべた。腕を掴んでいた手が力なく滑り落ちていき、和真の指先をまるで縋るように握りしめた。
「私が分からない、のですか?」
中学生らしくない言葉使いが気になった。
一方で、花が萎れるように項垂れる姿があまりに悲しそうに見えた。まるで自分が悪い事をしてしまったような気にさせられる。
「……悪いけど、まったく思い出せないんだ。人違いじゃないのか?」
僅かな罪悪感に胸の痛みを感じながらも正直に答える。
(! え……?!)
ふいに、少年が和真の指先を握ったまま、目の前で片膝を付いた。まるで今からプロポーズでもするような格好だ。 状況が理解出来ずにその場で固まってしまった和真をよそに、少年は和真の手を両手で恭しく捧げ持ち、自分の額に押し当てた。まるで物語に出て来る騎士がお姫様にするかのように。
和真の頬は一気に朱に染る。
少年が顔を上げた。見上げてくるその眼差しの強さに思わず怯みそうになる。
「私が貴女様を間違えるはずがありません。フィーリア様!」
「? それ、誰?!」
思わず和真は叫ぶ。顔面が引きつり、火照っていた頬が一気に冷たくなっていく。
(ヤバ。ヤバい! ヤバい奴だ!!)
慌てて握られていた手を振り払おうとしたのだが、少年が手を離してくれない。その力は中学生とは思えないほど強かった。これでは逃げ出すどころか、離れることさえ出来ない。人通りの多い歩道の真ん中で、突如始まった儀式のような二人の姿に、何事かと行き交う人々の視線が突き刺さる。
「くそっ!」
和真は汚い言葉を吐き捨てる。どこか陶酔しているような表情を浮かべている少年を無理やり立たせると、和真はそのまま少年を引きずるように一番近くの喫茶店へと駆け込んだ。
これが和真の人生を大きく変えた男、三峰汐音との最初の出会いだった。
10
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》
市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。
男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。
(旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
うまく笑えない君へと捧ぐ
西友
BL
本編+おまけ話、完結です。
ありがとうございました!
中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。
一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。
──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。
もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる