生まれる前から好きでした。

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1.出会い。

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 駅前は夏休みが近いせいか、学生の姿が目立った。いつもより賑わう通りを、この辺りでは名の知れた名門私立高校白羽学院の制服姿のまま相澤和真あいざわかずまは人の流れにそって一人で歩いていた。目的もなくふらりと出歩くことが好きだった。すれ違う人々は誰も自分の事に気を取られていて和真に気を止める様子はない。その事も居心地が良かった。和真は目立つ事が大の苦手だったからだ。

 ミャ~

 どこからか猫の鳴き声が聞こえた気がして和真は足を止めた。辺りを見渡し、ふとゴミステーションに無造作に置かれている紙袋に視線がとまる。

(まさか……)

 和真は歩み寄り、恐る恐る紙袋を開けて覗き込んだ。

 ミャァ~

 悪い予想が的中する。袋の中には猫が一匹入っていた。それもかなり小さい。和真は急いで紙袋を抱き上げると、駆けだした。猫が自ら袋の中に入ったのではない事は明らかだった。袋の口にはガムテープが貼ってあったからだ。

「あら、相澤さん。こんにちは」

 動物病院の扉を開けると、カウンターの中にいた顔なじみの看護師が笑顔で出迎えてくれる。

「今、先生は診察中ですか? クシュン!」
「あら、もしかしてまた猫ちゃんを拾っちゃったの?」
「はい」
「猫アレルギーだから大変だったでしょう?」

 和真は鼻をムズムズさせながら頷き、大切そうに抱えていた紙袋を看護師に見せる。

「あら、小さいわね。そこに座って待っていてね」
「お願いします」

 さほど話をしていないのに、看護師は慣れた様子で子猫を連れて行った。待合室で待つことになった和真は鞄から本を出し読み始める。しばらくすると、老犬をつれた女性が診察室から出て来た。

「相澤君、どうぞ」

 和真は本を鞄へ戻し、診察室の中へ入る。寝台の上には片手に乗るほどの小さな茶色い塊が蹲っている。


「連れてきてくれてありがとう。もう大丈夫よ」

 女医の高橋が和真に笑顔を向ける。

「良かった。この子は雄雌のどちらでしたか?」
「雄よ」
「分かりました。写真撮っていいですか?」
「ええ、もちろん」
「水谷さんに連絡をいれておきます。クシュン!」
「本当に助かるわ。ありがとう」

 水谷とは保護猫活動団体のリーダーをしている人の名前だ。和真はくしゃみを連発しながら、子猫の頭をそっと撫でる。

「幸せになれよ」

 和真は診察室を出る前にもう一度振り向き、部屋を後にした。

「去勢の費用も入れてください。後で水谷さんがあいつを連れてきたら対応してください。水谷さんには言ってあります。いくらになりますか?」
「相澤君は本当に優しいわね」
「本当に優しいっていうのは水谷さんですよ」
 
 
 拾ってきた猫だということで、ここの病院はかなり安く対応してくれる。和真は言われた金額を置いて、病院を出た。

「どれほど小さくたって生きているんだ。……それをまるでゴミのように捨てるなんて」

 歩きながら憤りを感じていた。

「!」

 突然、誰かが和真の腕を掴んだ。驚き振り返れば、同じ年頃の男が背後に立っていた。この男も制服姿だ。シャツの胸に刺繍されている校章には中学を現す『中』の文字が見える。

(え? 年下……?!)

 和真は目の前にいる男が中学生だったことにさらに驚く。同じぐらいの背丈だったことももちろんあるのだが、どこか大人びた雰囲気をまとっていたからだ。

(本当に中学生なのか?)

 さらにこの少年の不思議なところは、心の奥まで見ているのではないかと感じるほど和真を食い入るように見つめてくることだ。

「……お」

 『おまえは、誰だ?』と尋ねようとした瞬間、目の前の顔がくしゃりとゆがんだ。

(え? ええ?! なんで泣く……?!)

「やっと見つけた……」

 動揺する和真を凝視したまま少年がつぶやく。掴んでいる手の力がさらに強くなった。痛いほどだ。

(見つけた? おれを?)

 腕を掴まれたまま改めて少年の顔をまじまじと見る。やはり見覚えはない。
 突然現れた少年は、非常に整った顔立ちをしていた。一度でも会っていたのなら忘れられないレベルだ。

(モデルか? 雑誌か何かで見たことがあったのかな? かなり女にモテてそうな奴だな……)

 そんな事を考えながら遠慮のない視線を向けている間も、日本人にしては色素の薄い茶色の瞳がまっすぐに和真を捉えている。ほとんど瞬きもせずに見つめてくるので、目は大丈夫なのかと、こちらのほうが心配になってくる。よく見れば僅かに瞳が潤んできていた。

「おい、瞬きぐらいしろよ。……で、おまえは、誰?」
 
 和真の言葉に、少年はあからさまに傷ついた表情を浮かべた。腕を掴んでいた手が力なく滑り落ちていき、そのまま和真の指先をまるで縋るように握りしめる。

「私が分からない、……のですか?」

 中学生らしくない言葉使いが気になった。
 一方で、花が萎れるように項垂れる姿があまりに悲しそうに見える。まるで自分が悪い事をしてしまったような気にさせられる。

「……悪いけど、まったく思い出せないんだ。人違いじゃないのか?」

 僅かな罪悪感に胸の痛みを感じながらも正直に答える。

「?!」

 ふいに、少年が和真の指先を握ったまま、目の前で片膝を付く。
 その様子はまるで今からプロポーズでもするかのようだ。 状況が理解出来ずにその場で固まってしまった和真をよそに、少年は和真の手を恭しく捧げ持ち、自分の額にそっと押し当てた。まさに物語に出て来る騎士がお姫様に忠誠を誓うようにだ。
 和真の頬は一気に朱に染る。
 少年が顔を上げた。見上げてくるその眼差しの強さに思わず怯みそうになる。

「私が貴女あなた様を間違えるはずがありません。フィーリア様!」
「! それ、誰?」
「貴方様の事です!」

 思わず和真は声を上げていた。
 
(ヤバい。ヤバい! ヤバい奴だ!!)

 慌てて握られていた手を振り払おうとしたのだが、少年が手を離してくれない。その力は中学生とは思えないほど強かった。これでは逃げ出すどころか、離れることさえ出来ない。人通りの多い歩道の真ん中で、突如始まった儀式のような二人の姿に、何事かと行き交う人々の視線が突き刺さる。
 和真の顔面は引きつり、火照っていた頬が一気に冷たくなっていく。

「くそっ!」

 和真は汚い言葉を吐き捨てた。どこか陶酔しているような表情を浮かべている少年を無理やり立たせ、そのまま少年を引きずるように一番近くの喫茶店へと駆け込む。
 これが和真の人生を大きく変えた男、三峰汐音みつみねしおんとの最初の出会いだった。

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