紅姫桜伝

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1.姫神。

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 さくの夜。
 やみがすべてを覆っていた。
 屋敷の北側に鎮座する神社までの参道を灯篭の灯が照らしている。幻想的な風景の中、宮森煉みやもりれんは宮司のような白装束を身に着け、静かに進んでいく。その手には白砂が盛られた檜の白木で作られた三方さんぽうを恭しく持っていた。歩くたびに足元の砂利がザッザッと音を立てる。その音さえ闇に飲まれていくように感じるほど他に何の音もしない。
 社殿に到着すると、煉は草履ぞうりを脱ぎ、建物の中へと入って行った。高灯台が灯る神楽殿を通り抜け、さらに奥、幣殿を通って本殿の中へと足を踏み込む。本殿の中は六畳ほどあり、正面には御簾が下がっている。その奥は塗籠になっていた。御簾みすの手前で煉は静かに両膝をつき、持っていた三方を自分の前に置いた。姿勢を正すと、御簾の中へ向かって静かに声をかける。

璃桜りおう様をお迎えにあがりました」

 しばらくして御簾の内側より衣擦れの音と共に忍び笑いが聞こえてきた。

「ほんに、無粋ぶすいな男よな」

 その声は少女のものだが、どこか気だるげで艶めかしい。

「……姫神様、もう間もなく夜が明ける時刻でございます」
「おや、もうそんな時間かえ? きみとの逢瀬おうせはなんと早く過ぎゆくものであろのう」
「姫神様」

 のんびりとしたどこか焦らすような声を遮るように、煉は再び呼びかける。

「ふん。分かっておる。入って参れ」

 僅かな苛立ち含むその言葉と同じくして、御簾がひとりでにするすると巻き上がって行く。煉はひざまいたまま床に額をつけた。

「失礼いたします」

 煉は身を起こすと、塗籠の中へと長身を滑り込ませた。内側は三畳ほどで、その中に巫女のような姿の十代半ば程の少女と白い寝衣をまとった同じ年頃の少年が寄り添っている。少年は煉が主として使えている霧渓きりたに家当主霧渓璃桜きりたにりおうだ。二人の側に置かれたお膳台の上には空の酒器が二本転がっている。
 璃桜は眠っているのか、ぐったりとした様子で目を閉じていた。その体には少女の白く細い腕が回わされている。

「姫神様」

 声を掛けると、長い黒髪がサラリと揺れ、姫神と呼ばれた少女が視線を上げた。黒目しかない瞳が煉を見つめる。その目が人で無いことを示していた。
 姫神はしとねに璃桜をそっと横たえると、長い黒髪が再びサラリと流れる。璃桜の頬を愛おしそうに撫で、そのままゆっくりと白く細い指先を璃桜の肌の上を撫でるように滑らせていき、しどけなくはだけた寝衣の胸元で止めた。紅を塗ったかのように真っ赤な唇が璃桜の唇に重なる。まるで煉に見せつけるように。いや、『ように』ではない。明らかに見せつけているのだ。
 煉は感情を殺し、姫神の前へと持ってきた三方を押しやる。三方の上には、この山の聖なる水が湧き出る泉の砂が盛られていた。姫神はちらりと視線を砂に向けると、名残惜しそうに唇を離した。

「ほんにお主は面白みの無い男よな」

 璃桜の胸に這わしていた手を退けると、その手で璃桜の左手を持ち上げ、その手首に爪を当てる。そのまますっと横へ滑るように爪を動かした。
 途端、璃桜の手首から血がつと流れ出す。姫神はその血を嘗めとる。唇が璃桜の血で濡れていく。うっとりとした表情を浮かべると、姫神は唇を離し三方を引き寄せた。右の掌を砂の上にかざす。すると、真っ白だった砂が上部からほのかになまめかしい紅色をまとう金色の光を放ち、徐々に下へと光が広がっていく。
 その様子は何度見てもおごそかで、神秘的だった。
 すべての砂が砂金に変わると、姫神は三方を煉の方へ押し戻す。煉は三方を掲げ上げ、塗籠の外へ置いた。

「……連れて行きや」

 感情の無い無機質な声で姫神が告げる。煉は再び跪いたまま床に額を付け、『御免』とだけ告げ塗籠の中から璃桜の体を抱き上げって連れ出した。その背後をするすると音をたて御簾がひとりでに下がっていった。
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