二人の之助ー終ー

河村秀

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一章ー吉沢の依頼、松尾の依頼ー

贖罪の約束

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次の日、三人で朝食の食卓を囲む。

「今日はあん依頼の通り、松尾さあに会ってくる」

「いよいよですね」
「おう。おはんらはおさきんとこにでも行って仕事がなかか聞いてきたらよか」

おさきの所も五日程行っていない。

いつもは三日と空ける事なく行っていたが、仕事をするとまばらになってしまう。
今行くとまた依頼が舞い込んでいるかもしれない。

「優之助さん、ご指導よろしくお願いします」

羽田が丁寧に頭を下げる。
ついこの間まで羽田に振り回されていただけあって使いにくい。

「いえ、こちらこそ。それじゃあ今日は一緒に鈴味屋へ行きましょうか」
「はい、よろしくお願いします」

二人の様子を見る伝之助は微かに笑い、味噌汁を啜った。


昼前に羽田と鈴味屋へ行き、鈴味屋で昼飯を食う事にした。

もちろん、おさきから依頼があるかどうか聞く為だ。
そして羽田の事も話す必要がある。

荒巻の事件では、理精流の者達が鈴味屋を立ち退かせようとした。
そして何と言っても羽田は、理精流の師範代だったのだ。

女将のお鈴と仕事の仲介者であるおさきが許さない限り、羽田を仕事に同行させられない。

今更ながら気付いたが、この交渉も含んでの吉沢の依頼だったのだ。

「こんにちは」

鈴味屋の暖簾をくぐる。早速お鈴が笑顔で駆け寄り出迎えてくれる。

「あら優さん、こんにち……優さん、そのお隣の方はもしかして」

お鈴の笑顔が、潮の満ち引きのように段々と消えていく。

「元理精流師範代、羽田惣介と申します。その節は多大なるご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした」

羽田は優之助が何か言う前に自身から名乗り、腰を折って謝罪した。
そう言う所はさすが侍である。

「ちょっと話が読めんのですけど、どういう事ですやろ」
「お鈴さん急にごめん。もし手が空いてたらおさきと四人で部屋で話させてもらっていいかな」

優之助が言うとお鈴は尚も困惑していたが、「わかりました」と頷いた。

お鈴は案内係の女を呼び、優之助と羽田を部屋へ案内するよう言うと、自身はおさきを呼びに行く。

今日は昼飯を食いながらと考えていたが、とてもではないがそんな雰囲気ではない。

部屋に入り優之助が座ると、羽田はその少し後ろに座った。

「羽田さん、多分思ってる以上に簡単に許してくれそうにないです。大丈夫ですか」

正直あれから時間も経っているし、もっと簡単に考えていた。
しかしそうではなさそうだ。

女はやはり怖い。
優之助も荒巻の事件で鈴味屋に迷惑をかけた時、お鈴とおさきに怒られた。

「大丈夫です。自分がした事ですから。当然、簡単に許して頂けるとは考えていませんでした。ですから何を言われても僕は受け止めます」

羽田は童顔を綻ばせて言う。若いのに大した余裕だ。
顔を綻ばせられる神経が理解できない。

暫くすると引戸が開かれ、お鈴とおさきが現れる。
二人は優之助と羽田の向かいに座った。

「お待たせしました。それではお話をお伺いしましょう」

優之助と羽田の方を見ようともしないおさきをよそに、お鈴が言った。

羽田に話させるよりはと思い、優之助が切り出した。

羽田は正義感が強い人間であるが、荒巻にそれを逆手にとって利用されていた事、鈴味屋を立ち退かせる事をきっかけに、奉行所を壊滅させようとした荒巻の計画に協力する事を内心では拒んでいたが、立場上どうする事も出来なかった事、そしてそれを大いに反省している事、反省を形にする為、吉沢から依頼され優之助の家に住まわせて人々の為に働こうとしている事を話し、その前に鈴味屋へ謝罪し、けじめをつけに来たと話した。

「改めて謝罪申し上げます。申し訳ございませんでした」

優之助が話し終えるなり、羽田は手を付いて頭を下げた。

「事情はわかりました。羽田さん、言葉では何とでも言えます」

お鈴は羽田に厳しい目を向けて言った。

羽田は顔を上げてお鈴を見た。
お鈴は羽田を真っ直ぐ見て続けた。

「謝罪の言葉はもう要りません。その代わり私の耳まで羽田さんの評判が届くように人々の為に尽くして下さい。それがあなたの出来る償いです」

羽田は深く頷いた。

「仰る通りです。優之助さんに着いて今度こそ人々の為に頑張ります」

お鈴はその言葉を聞くと頷き、微笑んだ。

お鈴は許してくれたようだ。
しかしおさきは羽田の方を見ようともしない。

「お、おさきはどうや」

優之助が話を振ると、おさきは初めてこちらを見た。

「鈴味屋の事を思うなら、何もかも目を瞑って、私の所へ優さまが仕事の依頼を聞きに来るのに毎回羽田さんを同行させてもろて、二人分のお金を頂く事が良いと思います」

「こらっ、おさき。そないはしたない事言いなさんな」

お鈴が咎めるとおさきは微笑んだ。

「あくまで鈴味屋の事を思うとって言う例えですよ」

おさきはそう言うと、今度は羽田の方へ厳しい目を向けて続けた。

「けど、私はそないなこと我慢出来ません。羽田さんがした事、お鈴さんがよくても私は許せません。お鈴さんが許すと言うなら鈴味屋に来させへん権利は私にはありませんが、私は羽田さんと会いたくありません」

「おさき……」

おさきはお鈴以上に怒っていると言うのだろうか。

「鈴味屋は私にとって本当に大事な場所なんです。お鈴さんも、店で働く皆も、来てくれるお客さんも、私は全部大好きで大切なんです。事情はどうあれ、それを奪おうとした人を簡単には許せません」

おさきは淀みなくはっきりと言う。

その様子に羽田ではなく優之助が狼狽える。
羽田は顔を真っ直ぐと向けて聞いている。

「返す言葉もございません。仰る通りです」

羽田はそう言うとまた手を付いて頭を下げた。

「羽田さん、お顔を上げて聞いて下さい」

おさきはそんな羽田に言う。
羽田は「はい」と一言、顔を上げる。

「私はまだ、今のあなたに会いたくありません。私の所へ仕事の話を聞きに来るのは優さまだけで来て下さい」
「わかりました」

「優さまに着いて、しっかりと人々の為に働くと言う事を学んで下さい。そしてお鈴さんの言うように、私達の所まで羽田さんの評判が届くようになった時、優さまと一緒に私の元へ仕事の依頼を受けに来て下さい」

おさきは言うと、お鈴同様に微笑んだ。

ああやはりおさきは美しい。

「よくわかりました。必ずお約束します」

羽田は再三に渡って手を付いて頭を下げた。
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