上 下
25 / 28

12ー2

しおりを挟む
「アンティネット? アンティネット!」

 スハルトは、アンティネットがついてこないのに気づき、フローレインを階段の端に横たえて、すぐさま牢へと戻りだした。

「早くしろ。スハルトが戻ってくる」

 アンティネットは、しかめた眉を緩めて、

「バカみたい」
 
と、つぶやいた。

「何だって?」

「あなたを殺して、誰が喜ぶの? わたしは捕まって牢獄行き。喜ぶのは私たちふたりを引き裂いた国王一族だけ。スハルトにだって迷惑をかけてしまう」

 アンティネットは、クスッと笑い出して、杖を引き抜いた。

「……君はアテーネなの?」

「そう。屋敷にあった手鏡に閉じ込めていた記憶を覗いて、この頭に取り戻したの」

 アンティネットは、こめかみに指を当てて見せた。

「……そうか。なら、よかった。あんな物騒な格好できたから、驚いたよ。本気で復讐されるかと思ったよ」

「わたしは、あなたにやっつけてほしかったかな」

「昔の婚約者にそんなことできるわけないだろ」

 安堵したように、デスモント卿は床に座り込む。

「おい……アンティネット、何してた」

 スハルトが走り込んできて、アンティネットを見つめた。その落ち着き払った態度や目つきに、はっとした顔になる。

「アテーネ騎士団長殿。お目覚めに?」

「ええ。スハルト、よくこれまで15年間、言いつけ通りに隠し通してくれました。態度の悪さも最高です。ありがとう」

「そんな、めっそうもない。これまでの指示通りに15才になるまで放っておいてしまい……」

 スハルトは、膝をついて、深々と頭を垂れる。アンティネットは慌てて手を振り、

「やめてやめて! わたし、今、娘のアンティネットなんだから。そんな挨拶されたら、ほんとに困っちゃうから本当にやめてよ……」

「ですが、いくら年下でも、アテーネ様であり、上官であることに変わりありませんから」

「ぷう! まったく、昔から頭デッカチなんだから……」
 
 アンティネットは頭をかきながら、ちゃんと改まってデスモント卿に向き直り、

「わたしがデスモントと婚約したとたん、私たちの魔力を恐れて、国王から騎士団長としてフィアンセを殺すよう指令を受けたのよね。出る杭は打たれるってやつ。その苦肉の策が、このわたしの偽装殺人。新築した屋敷を穴だらけにしたのは、涙出るほどつらかったよね。デスモント、本当にごめんなさい」

「アテーネ、ぼくは君を恨んではいないよ。独房は窮屈だが、厄介ごとに巻き込まれずに、長年の夢だった飛行船の研究に打ち込めた。君の方が、ろくな生活を送れずに苦労したろ。ぼくの闇魔法を施したのは正解だったな」 
 
 デスモント卿は、アンティネットの首筋の痣を見ながら言った。

「うん、おかげさまで助かった。わたしは自分で魔法をかけて赤ちゃんになって、第2の人生、それなりに苦労もしたけど、おかげで国王の目を誤魔化せた。デスモントには、わたしを殺した罪を着せてしまったね。だから、すごく後悔してるの」

 アンティネットは、杖をデスモント卿に差し出して、

「だから、復讐しようとしたわたしをフルボッコして飛行船で脱獄して。そして、他の国で自由に生きてほしい」

 デスモント卿は、キョトンとして、アンティネットの新たな計画を聞いていた。

「ずいぶん、引きこもり生活をしてきたから、外の様子は分からないんだ。何しろ、かつての婚約者だった君とせっかく再会したばかりで、さよなら、はないだろ? それとも、まさか、グレッグとかいう公爵子息のことを本気で好きなのか?」

「あなただって、フローレイン嬢のことをどう思ってるのよ?」

 アンティネットが問い返すと、デスモント卿はふうと一息ついてから、
 
「確かに……好きだよ。ただあの娘はグレッグに夢中だ。君の闇魔法で作った恋草を買って飲ませるほどに」

「やっぱり……そうだったの。グレッグの頭がすっからかんだったからびっくりしたわ。他のご令嬢に買いに行かせていたのは、そのせいだったのね」

 アンティネットは、納得したようにふむふむ頷いた。

 スハルトは腕を組んで、ふたりを見くらべながら、

「それで、お二人の今後はどうします?」

と、尋ねた。

 アンティネットは、デスモント卿をまっすぐに見て頭を下げた。

「デスモント……。本当に悪いけど、わたし、まだグレッグをあきらめたくないの。大好きなのは彼なのよ。国王もこの国の政治だって、色々文句もあるけど、でもグレッグとなら生きてみたいって思えたから」

 アンティネットは、しみじみと告白した。

 デスモントは、頷いて、

「ぼくはこの国にはうんざりしているから、仕方ないね。それじゃ、昔の婚約者同士、ひさしぶりにドンパチやるか?」

と軽く肩を回すと、アンティネットに笑いかける。

「そうね。やりますか? スハルト、結界を解除しなさい!」

と、彼女も笑顔で頷いて杖を構えると、格子の結界の穴の中をくぐり、牢の中に入っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

処理中です...