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翌日の朝、スハルトはアンティネットを学園に連れて行き、事務局で4月からの入学の手続きを済ませた。
教員の推薦や公爵家や魔法騎士団子息令嬢以上であれば、特別推薦枠で入学試験は免除される。
事務局の職員は、アンティネットに頬笑みながら、
「アンティネット様のご入学手続きは終わりました。おめでとうございます。学生服や教本の配送をいたしますので、お待ちください」
スハルトはふと、思い出したように、
「そういえば、来週に一般の入学試験があったはずだが」
「はい、副学長様」
「アンティネット、よければ受けてみる気はないか?」
「えっ……? なんで?」
アンティネットは、思わず目をあげて、スハルトを見る。
「どの程度のレベルか、2カ月前の入学までに知っておいて、損はないだろう。入学して、後でついて行けなくなるのも困る」
(あと3日後に試験? 実技はできそうだけど、筆記はヤバいかも……)
「あ、まあ……良いです」
スハルトは、気乗りしないアンティネットを横目に、受験手続きをしてから学園を後にした。
✳✳✳
次に向かった先は、学園から馬車で坂を登った、数分走った先にある『フリッツ』と呼ばれる小高い丘だった。庶民が集まる下町といった風情といった感じで、丘の中腹には市民が集う広場がある。
貴族の格式ばったロングドレスではなく、男性はシャツにズボン、女性は無地のワンピース姿が目立つ。露店には飲食や雑貨が並ぶ。移動遊園地の曲芸や、回転木馬で遊ぶ子どもたちの、楽しげな声がする。老若男女がそれぞれが思い思いの午後のひとときを過ごしている。
スハルトは御者に馬車を広場の隅に停めさせ、アンティネットを連れ、馬車では入れない、密集し入り組んだ坂道を登る。
そして、丘の頂に大きな門構えのお城があり、閉鎖されているらしく、四階建ての屋敷には蔦が張っていた。
「ここは立ち入りを禁じられているが」
入り口に、国王の親衛隊の若い隊員が立ち、険しい顔つきでふたりに立ち塞がった。
「わたしは魔法学園、副学長のスハルトだ。隣は私の婚約者のアンティネット。中に入りたいのだが?」
「スハルト伯爵様、お言葉ですが、ここは暗黒卿の屋敷ですよ。国王様からの直々の命令で、ここには入れません」
アンティネットは、首を傾げて、スハルトの横顔を覗いた。
(暗黒卿デスモントの屋敷ですって? お母様を殺した犯人の屋敷なのに、なぜ、お母様の家なの)
スハルトは、薄く口元を緩めて、首を振る。
「違う。確かにここはデスモント卿の住まいだったが、魔法騎士団長アテーネ様の家でもあった。忘れたか?」
「確かに二人がここに同居していたのは事実です。ですが、アテーネ様はもう亡くなっています」
(お母様と、デスモントが一緒に暮らしてたの!)
アンティネットは自分の耳を疑った。
「アテーネ様はいないが、隣のアンティネットは彼女の娘だ。彼女には所有権はある」
「……確かに。ですが、この屋敷には強い結界が張られています。誰もこの屋敷の敷地内にははいれませんよ……」
「所有権のあるもの以外は、だ。アンティネット、中に入ってみろ」
「わ、わたしが?」
スハルトは頷くと、アンティネットの肩を軽くこずいた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。結界が張られてるってことは、もし普通の人が触ったら……」
「結界の種類にもよるが、電撃魔法か火炎魔法か、八つ裂き魔法もあったりだ。試してみるか?」
と、足下の小石を門に投げつけた途端に、雷でピカッと光り、たちまち火だるまになって、粉々に粉砕して跡形もなく消えた。
アンティネットは思わず唾を飲み込んでから、
「……三つ巴でしょ、今の!」
「そうだな。さすが最強カップルの結界だ」
スハルトは、感心して、しきりに頷いている。
「あの、やっぱり入らなきゃ駄目……かな」
「どちらでも構わない。やめるか?」
アンティネットは、しばらく下を向いて考えてから
「……ねえ、スハルト様。一緒に来てくれない?」
すがるようにスハルトを見あげた。
「私はアテーネ様から成人した君を守れと頼まれている」
スハルトはそう言うと、アンティネットに並び立つと、手を繋いで門の前に進み出た。
「行くぞ」
「はい!」
二人が門扉のノブに手を伸ばした。手首に、何かモヤモヤとした霧のような、阿寒に似た感覚があり、空間が水面の波紋のような渦を巻いた。勢いよくそのまま門を引き開けて、生いしげる庭の草木をかき分けながら、玄関まで辿り着く。
「ドアには鍵穴がないけど」
「所有権のある者が手をかざせば、扉は開く」
「うん……」
アンティネットが片手を広げると、手のひらからまばゆいばかりの光が発光して、ガシャンと鍵の錠が開いた。
屋敷内は、カーテンで閉め切っていてうす暗く、椅子や棚が倒れて食器類はくだけ、床はへこみ、ガラス窓にはヒビが入っていた。
アンティネットは思わず、息をのんだ。そして、ただ出てきた言葉は、
「ひどすぎる……」
だけだった。
「ここで、デスモント卿が?」
「君のお母様を殺したことになっている」
スハルトは、淡泊に告げた。
アンティネットは、2階へつづく正面階段を上り、それぞれの個室や寝室を見て回った。
母親のクローゼットには虫に食われてはいるものの、騎士団の純白の制服や、ロングドレス、部屋着などが綺麗に収納されている。そして、その1番奥には、白いレースの布に包まれたものがあった。
(な、なにこれ。ウェディングドレス)
アンティネットは、宝石が散りばめられたドレスを手に取り、妙に懐かしさを覚えた。
隣のドレスアップルームには、姿見と化粧台が置かれていて、その上に青銅の手鏡が置いてあったが、肝心の鏡面は真っ暗だった。
(不思議な鏡……)
吸い寄せられるように、アンティネットはその手鏡の柄をつかんだ。
すると、次第に闇の中から、見馴れた自身の顔が浮き上がり、それが20才のアンティネットによく似た顔に変わっていく。
(これは、一体?)
鏡の中の女性は何も言わない。その顔は次第に若返り、最後には赤ん坊になっていき、最後は真っ暗になってしまった。
(そうだったんだ……)
おもむろに、アンティネットの足は武器庫に向かった。
不死鳥の羽根を編み込んだ防御用のローブや、ユニコーンの角で作った白杖が置かれている。アンティネットは、ローブを纏い、白杖をドレスの腰紐に結わえた。
アンティネットは、ギュッと唇を噛んだ。それから、くるりと出口に向かって歩き出した。
「スハルトさん。わたしをデスモント卿のところに連れて行ってほしい」
「会ってどうする?」
スハルトはそばに追従してから、冷静に言った。
「はっきりさせたいだけ」
「面倒ごとにしないよな?」
アンティネットは笑顔で頷いたきり、何も言わなかった。
教員の推薦や公爵家や魔法騎士団子息令嬢以上であれば、特別推薦枠で入学試験は免除される。
事務局の職員は、アンティネットに頬笑みながら、
「アンティネット様のご入学手続きは終わりました。おめでとうございます。学生服や教本の配送をいたしますので、お待ちください」
スハルトはふと、思い出したように、
「そういえば、来週に一般の入学試験があったはずだが」
「はい、副学長様」
「アンティネット、よければ受けてみる気はないか?」
「えっ……? なんで?」
アンティネットは、思わず目をあげて、スハルトを見る。
「どの程度のレベルか、2カ月前の入学までに知っておいて、損はないだろう。入学して、後でついて行けなくなるのも困る」
(あと3日後に試験? 実技はできそうだけど、筆記はヤバいかも……)
「あ、まあ……良いです」
スハルトは、気乗りしないアンティネットを横目に、受験手続きをしてから学園を後にした。
✳✳✳
次に向かった先は、学園から馬車で坂を登った、数分走った先にある『フリッツ』と呼ばれる小高い丘だった。庶民が集まる下町といった風情といった感じで、丘の中腹には市民が集う広場がある。
貴族の格式ばったロングドレスではなく、男性はシャツにズボン、女性は無地のワンピース姿が目立つ。露店には飲食や雑貨が並ぶ。移動遊園地の曲芸や、回転木馬で遊ぶ子どもたちの、楽しげな声がする。老若男女がそれぞれが思い思いの午後のひとときを過ごしている。
スハルトは御者に馬車を広場の隅に停めさせ、アンティネットを連れ、馬車では入れない、密集し入り組んだ坂道を登る。
そして、丘の頂に大きな門構えのお城があり、閉鎖されているらしく、四階建ての屋敷には蔦が張っていた。
「ここは立ち入りを禁じられているが」
入り口に、国王の親衛隊の若い隊員が立ち、険しい顔つきでふたりに立ち塞がった。
「わたしは魔法学園、副学長のスハルトだ。隣は私の婚約者のアンティネット。中に入りたいのだが?」
「スハルト伯爵様、お言葉ですが、ここは暗黒卿の屋敷ですよ。国王様からの直々の命令で、ここには入れません」
アンティネットは、首を傾げて、スハルトの横顔を覗いた。
(暗黒卿デスモントの屋敷ですって? お母様を殺した犯人の屋敷なのに、なぜ、お母様の家なの)
スハルトは、薄く口元を緩めて、首を振る。
「違う。確かにここはデスモント卿の住まいだったが、魔法騎士団長アテーネ様の家でもあった。忘れたか?」
「確かに二人がここに同居していたのは事実です。ですが、アテーネ様はもう亡くなっています」
(お母様と、デスモントが一緒に暮らしてたの!)
アンティネットは自分の耳を疑った。
「アテーネ様はいないが、隣のアンティネットは彼女の娘だ。彼女には所有権はある」
「……確かに。ですが、この屋敷には強い結界が張られています。誰もこの屋敷の敷地内にははいれませんよ……」
「所有権のあるもの以外は、だ。アンティネット、中に入ってみろ」
「わ、わたしが?」
スハルトは頷くと、アンティネットの肩を軽くこずいた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。結界が張られてるってことは、もし普通の人が触ったら……」
「結界の種類にもよるが、電撃魔法か火炎魔法か、八つ裂き魔法もあったりだ。試してみるか?」
と、足下の小石を門に投げつけた途端に、雷でピカッと光り、たちまち火だるまになって、粉々に粉砕して跡形もなく消えた。
アンティネットは思わず唾を飲み込んでから、
「……三つ巴でしょ、今の!」
「そうだな。さすが最強カップルの結界だ」
スハルトは、感心して、しきりに頷いている。
「あの、やっぱり入らなきゃ駄目……かな」
「どちらでも構わない。やめるか?」
アンティネットは、しばらく下を向いて考えてから
「……ねえ、スハルト様。一緒に来てくれない?」
すがるようにスハルトを見あげた。
「私はアテーネ様から成人した君を守れと頼まれている」
スハルトはそう言うと、アンティネットに並び立つと、手を繋いで門の前に進み出た。
「行くぞ」
「はい!」
二人が門扉のノブに手を伸ばした。手首に、何かモヤモヤとした霧のような、阿寒に似た感覚があり、空間が水面の波紋のような渦を巻いた。勢いよくそのまま門を引き開けて、生いしげる庭の草木をかき分けながら、玄関まで辿り着く。
「ドアには鍵穴がないけど」
「所有権のある者が手をかざせば、扉は開く」
「うん……」
アンティネットが片手を広げると、手のひらからまばゆいばかりの光が発光して、ガシャンと鍵の錠が開いた。
屋敷内は、カーテンで閉め切っていてうす暗く、椅子や棚が倒れて食器類はくだけ、床はへこみ、ガラス窓にはヒビが入っていた。
アンティネットは思わず、息をのんだ。そして、ただ出てきた言葉は、
「ひどすぎる……」
だけだった。
「ここで、デスモント卿が?」
「君のお母様を殺したことになっている」
スハルトは、淡泊に告げた。
アンティネットは、2階へつづく正面階段を上り、それぞれの個室や寝室を見て回った。
母親のクローゼットには虫に食われてはいるものの、騎士団の純白の制服や、ロングドレス、部屋着などが綺麗に収納されている。そして、その1番奥には、白いレースの布に包まれたものがあった。
(な、なにこれ。ウェディングドレス)
アンティネットは、宝石が散りばめられたドレスを手に取り、妙に懐かしさを覚えた。
隣のドレスアップルームには、姿見と化粧台が置かれていて、その上に青銅の手鏡が置いてあったが、肝心の鏡面は真っ暗だった。
(不思議な鏡……)
吸い寄せられるように、アンティネットはその手鏡の柄をつかんだ。
すると、次第に闇の中から、見馴れた自身の顔が浮き上がり、それが20才のアンティネットによく似た顔に変わっていく。
(これは、一体?)
鏡の中の女性は何も言わない。その顔は次第に若返り、最後には赤ん坊になっていき、最後は真っ暗になってしまった。
(そうだったんだ……)
おもむろに、アンティネットの足は武器庫に向かった。
不死鳥の羽根を編み込んだ防御用のローブや、ユニコーンの角で作った白杖が置かれている。アンティネットは、ローブを纏い、白杖をドレスの腰紐に結わえた。
アンティネットは、ギュッと唇を噛んだ。それから、くるりと出口に向かって歩き出した。
「スハルトさん。わたしをデスモント卿のところに連れて行ってほしい」
「会ってどうする?」
スハルトはそばに追従してから、冷静に言った。
「はっきりさせたいだけ」
「面倒ごとにしないよな?」
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