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フローレインは、スハルトとアンティネットに気づいて笑顔になり、歩み寄ると、
「おはようございます。先生もアンティネット様も。グレッグ、こちら、アンティネット様。今日はどのようなご用件で?」
と、首を傾げた。
グレッグも穏やかに頬を緩ませ、アンティネットの顔を覗き込みながら、
「初めてお会いいたします。アンティネット様、あなたは副学長殿のお知り合いなのですか?」
「えっ……」
アンティネットは、思わず言葉を失った。
(……わたしと初めて会う? それ冗談だよね?)
「ぐ、グレッグ? わたしを……」
「アンティネット嬢は亡き魔法騎士団長アテーネ様の娘なのだ」
アンティネットの高ぶる唇を鎮めるように、スハルトは無表情でグレッグに回答し、
「アンティネット嬢は、私と婚約しているのだ」
とアンティネットの冷たくなった手を取った。大きくて、ゴツゴツしている。けれど、あたたかい。
グレッグは嬉しそうに、
「それは、おめでとうございます。素適なお嬢様と婚約だなんて。アンティネット様も、さぞ、嬉しいでしょう?」
「も、もちろんです……」
アンティネットは笑顔を繕いながら、まるで他人のように接するグレッグの態度に、正直、泣き出しそうだった。その心中を察しているのか、スハルトは片時も離れずにそばにいてくれる。
フローレインは、にこやかに頬笑みながら、
「先生とアンティネット様は、婚約披露のパーティーなどはなさらないのですか?」
「その予定はないが」
と、スハルトはさらりと答える。
「でしたら、近く、わたくしの屋敷で夜会を催すのですが、その席で発表なさるのはいかがです? アンティネット様だって、社交の場で皆様にご婚約と、お顔を知ってもらえる良い機会になるはずですもの」
グレッグも大きく頷き、
「それはいい提案だね、フローレイン。アンティネット様、こうした機会は、王都の貴族たちの知り合いを増やす上でも貴重ですよ」
アンティネットは、食い入るようにグレッグを見つめながら、
「グレッグ……わたしが婚約するのが嬉しいの?」
と、尋ねた。
「もろんですよ、アンティネット様。副学長様とご結婚できるなんて、そんな名誉あることはないです」
「そうなの。グレッグ……本当にそう、思ってる?」
アンティネットは、さらにすがるような目つきで、グレッグを見て、
「忘れてしまった? わたしよ、アンティネットよ」
すると、グレッグは首を傾げながら、
「あなたとは初対面ですけれど……。誰かと勘違いされているのですね。先生を大切になさってください」
と、困惑したように眉を寄せた。
✳✳✳
帰路の馬車の車内でも、帰宅してから3日が過ぎても、アンティネットは気持ちが沈み込んだまま、外出しようとはしなかった。
スハルトも心配して、忙しい学園の仕事の合間には帰宅してアンティネットを訪ねたが、彼女はぼんやりと窓から空や街並み、そして屋敷の道を行き交う人の波ばかりを眺めた。
午後には学園から下校する生徒たちを乗せた馬車の中に、一際豪奢な銀細工の模様が施された馬車があった。
フローレインの馬車に、グレッグが共に乗り、笑顔で談笑している。そんな姿を目撃した時には胸が詰まり、息が苦しくなってしまった。
そんな中で、フローレイン嬢から夜会の案内状が届いた。夜会の参加者名簿には、王太子をはじめとした高貴な貴族たちの名前がずらりと記載されている。
(……行ったところで、何の意味があるのかしら。グレッグにはもう新しい彼女がいて、婚約までしているんだもの)
こうして、気が晴れずに五日目が過ぎたある昼過ぎだった。地図を片手に屋敷の前を行き来している茶髪の青年がいた。
「セダル!」
2階の窓辺にいたアンティネットは、思わず窓から首を出し、大声で叫んでいた。
セダルは、ハッとしたように顔を上げて、こちらに笑顔で手を振る。アンティネットも元気よく手を振り、スハンや女中たちの制止をふりきり、そのまま玄関まで走り抜けて、通りのセダルの肩に飛びついた。
「セダル! 心配して、来てくれたのね!」
「まあな。俺がお前を守るって言ったからな。それに」
と、アンティネットのフリルのついた花柄のワンピースと、結い上げてアップした髪を見て、
「ずいぶんとめかし込んでるじゃないか。どこかに出かけるのか」
と、尋ねる。
「これは部屋着よ。出かける時は、ドレスで馬車に乗るのよ」
そんな話をしていると、スハンと女中がやってきた。
「お嬢様、ちょっとお待ちくださいませ。あの、お隣の方は……」
スハンが荒い息づかいで追いつき、見馴れない青年を訝しげに見つめた。
「何だよ、この爺さん」
アンティネットは頬笑みながら、セダルに、
「この方は執事よ。親切にしてもらってる。スハルト伯爵にもとても良くしてもらってるのよ。スハン、彼はセダルよ。故郷でわたしを助けてくれたの」
「さようですか。何しろ外は危ないですから。中に入って、お話でも伺いましょう」
スハンがそう言って、手を差し出したが、
「アンティネット、ずらかろうぜ」
と、セダルが強引にアンティネットの手を引きこんだので、人混みの中に紛れ込んでしまった。
「おはようございます。先生もアンティネット様も。グレッグ、こちら、アンティネット様。今日はどのようなご用件で?」
と、首を傾げた。
グレッグも穏やかに頬を緩ませ、アンティネットの顔を覗き込みながら、
「初めてお会いいたします。アンティネット様、あなたは副学長殿のお知り合いなのですか?」
「えっ……」
アンティネットは、思わず言葉を失った。
(……わたしと初めて会う? それ冗談だよね?)
「ぐ、グレッグ? わたしを……」
「アンティネット嬢は亡き魔法騎士団長アテーネ様の娘なのだ」
アンティネットの高ぶる唇を鎮めるように、スハルトは無表情でグレッグに回答し、
「アンティネット嬢は、私と婚約しているのだ」
とアンティネットの冷たくなった手を取った。大きくて、ゴツゴツしている。けれど、あたたかい。
グレッグは嬉しそうに、
「それは、おめでとうございます。素適なお嬢様と婚約だなんて。アンティネット様も、さぞ、嬉しいでしょう?」
「も、もちろんです……」
アンティネットは笑顔を繕いながら、まるで他人のように接するグレッグの態度に、正直、泣き出しそうだった。その心中を察しているのか、スハルトは片時も離れずにそばにいてくれる。
フローレインは、にこやかに頬笑みながら、
「先生とアンティネット様は、婚約披露のパーティーなどはなさらないのですか?」
「その予定はないが」
と、スハルトはさらりと答える。
「でしたら、近く、わたくしの屋敷で夜会を催すのですが、その席で発表なさるのはいかがです? アンティネット様だって、社交の場で皆様にご婚約と、お顔を知ってもらえる良い機会になるはずですもの」
グレッグも大きく頷き、
「それはいい提案だね、フローレイン。アンティネット様、こうした機会は、王都の貴族たちの知り合いを増やす上でも貴重ですよ」
アンティネットは、食い入るようにグレッグを見つめながら、
「グレッグ……わたしが婚約するのが嬉しいの?」
と、尋ねた。
「もろんですよ、アンティネット様。副学長様とご結婚できるなんて、そんな名誉あることはないです」
「そうなの。グレッグ……本当にそう、思ってる?」
アンティネットは、さらにすがるような目つきで、グレッグを見て、
「忘れてしまった? わたしよ、アンティネットよ」
すると、グレッグは首を傾げながら、
「あなたとは初対面ですけれど……。誰かと勘違いされているのですね。先生を大切になさってください」
と、困惑したように眉を寄せた。
✳✳✳
帰路の馬車の車内でも、帰宅してから3日が過ぎても、アンティネットは気持ちが沈み込んだまま、外出しようとはしなかった。
スハルトも心配して、忙しい学園の仕事の合間には帰宅してアンティネットを訪ねたが、彼女はぼんやりと窓から空や街並み、そして屋敷の道を行き交う人の波ばかりを眺めた。
午後には学園から下校する生徒たちを乗せた馬車の中に、一際豪奢な銀細工の模様が施された馬車があった。
フローレインの馬車に、グレッグが共に乗り、笑顔で談笑している。そんな姿を目撃した時には胸が詰まり、息が苦しくなってしまった。
そんな中で、フローレイン嬢から夜会の案内状が届いた。夜会の参加者名簿には、王太子をはじめとした高貴な貴族たちの名前がずらりと記載されている。
(……行ったところで、何の意味があるのかしら。グレッグにはもう新しい彼女がいて、婚約までしているんだもの)
こうして、気が晴れずに五日目が過ぎたある昼過ぎだった。地図を片手に屋敷の前を行き来している茶髪の青年がいた。
「セダル!」
2階の窓辺にいたアンティネットは、思わず窓から首を出し、大声で叫んでいた。
セダルは、ハッとしたように顔を上げて、こちらに笑顔で手を振る。アンティネットも元気よく手を振り、スハンや女中たちの制止をふりきり、そのまま玄関まで走り抜けて、通りのセダルの肩に飛びついた。
「セダル! 心配して、来てくれたのね!」
「まあな。俺がお前を守るって言ったからな。それに」
と、アンティネットのフリルのついた花柄のワンピースと、結い上げてアップした髪を見て、
「ずいぶんとめかし込んでるじゃないか。どこかに出かけるのか」
と、尋ねる。
「これは部屋着よ。出かける時は、ドレスで馬車に乗るのよ」
そんな話をしていると、スハンと女中がやってきた。
「お嬢様、ちょっとお待ちくださいませ。あの、お隣の方は……」
スハンが荒い息づかいで追いつき、見馴れない青年を訝しげに見つめた。
「何だよ、この爺さん」
アンティネットは頬笑みながら、セダルに、
「この方は執事よ。親切にしてもらってる。スハルト伯爵にもとても良くしてもらってるのよ。スハン、彼はセダルよ。故郷でわたしを助けてくれたの」
「さようですか。何しろ外は危ないですから。中に入って、お話でも伺いましょう」
スハンがそう言って、手を差し出したが、
「アンティネット、ずらかろうぜ」
と、セダルが強引にアンティネットの手を引きこんだので、人混みの中に紛れ込んでしまった。
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