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9ー1 すれ違い
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マリアンヌは、フローレインの言伝通りにして、毎月はアンティネットから野草を買い取り、フローレインに持参した。
邸宅で会うと目に付くので、学園の中心部から外れた公園のベンチで受け取りと、アンティネットの近情を聞いておいた。
代金については、交遊費用だと偽って、父から多めにもらい受けてある。これまで嘘などつかない、優等生で通ってきたので、あまり反対などされず、むしろ、
「王太子にあんな仕打ちをされたのだ。たまには、息抜きでもしなさい。もう少し社交的になれば、新しい出会いがあるかもしれない」
とまで言われる始末だった。
(デスモント卿に会ってから、良くない方へ向かっているのかもしれないわね)
そんな想いに駆られながら、やはり、デスモント卿との関係を簡単に断ち切れない。
こんなやりとりが5ヵ月も続き、夏から秋空へ景色が変わったというのに、グレッグとの関係に大きな進展が見られないのだ。
確かに会話は増えた。放課後の図書館でいっしょに読書をしたり、週末に演劇を観に行ったり、動物園にだって足を伸ばした。
いつもグレッグはキチンとしていて、舞台のチケットの手配から、動物の生態にも詳しかったりして、会話だって退屈させないようにしてくれる。
でも、会話の端々に出てくる、「アンティネット」という名前が出てくるたびに、フローレインの胸の内はさざ波のように不安の嵐が押し寄せてくる。
11月の初めになり、学園主催のダンスパーティーの夜会用のドレスを買おうと、洋服店に出かけた時だった。
フローレインがロングドレスに着替えて、グレッグに感想を訊いたとき、彼は毛皮のマフラーを手に取ってきて、彼女の首に巻いた。
「よく似合うし、綺麗だね。アンティネットには、今頃露店で寒いだろうから、マフラーを送ってあげられたらいいかも」
と、言った。
夜会のダンス中にも、フローレインと踊ってはいるのに、気持ちはここに非ずで、豪勢な食べ物が盛り付けられた大皿ばかりを見ている。
「君は踊りが上手だね。そうだ、アンティネットがいたら、食べ物を少しでも分けてあげられたら」
などと言う。
(グレッグは、わたくしといる時でも、アンティネットのことを見ているのだわ)
婚約を破棄されて、絶望の雨で生きる気力もなくなっていたあの日。グレッグがフローレインのために傘を差して守ってくれてから、彼のことをいつも慕っていた。会えば会うほど、同じ時間を共有すればするほど、彼の穏やかで優しい人柄に惹かれていく自分の気持ちを実感する。
(わたくしのことだけをグレッグに求めているのに、なぜ、彼はわたくしから遠ざかっていく気がしてならないわ)
✳✳✳
12月の粉雪が舞う中で、いっしょに校舎に出た時、送迎の馬車を待たせて、フローレインは、グレッグを散歩に誘った。
庭園の池の桟橋近くで、フローレインは立ち止まり、
「入学式の後、婚約破棄されて、慰めてくださったこと、覚えてらっしゃる? 忘れたなら、いいですけれど」
と、グレッグをまじまじと見つめる。
「まさか。忘れてないですよ」
グレッグはいつものように頬笑んでいる。けれど、フローレインは物思いに沈み、深緑の水面に視線を移す。
「グレッグは、わたくしをどう思っていて? 好き? それとも嫌い? はっきりおっしゃって」
「好きですよ」
「ちゃんとこたえて。いつも笑っているから、腹が立ってきました。わたくしがこんなに真剣なのに、失敬です」
めったに声など荒げないフローレインが、珍しくグレッグを睨み、真正面から挑むように詰問した。
「何を怒っているの。ぼくは君が好きだよ。君にはアンティネットのことでずいぶん世話になってるし。感謝しかないから」
「……なら、あの雨の日に、わたくしを慰めてくれたのは、どうしてなの?」
「それは、君がつらいだろうと思ったし、なにより、アンティネットを思い出したんだ。初めて7歳に会った時の彼女の悲しい瞳と同じだったから。放ってはおけなかったんだよ」
フローレインは、もう話を聞いていなかった。
邸宅で会うと目に付くので、学園の中心部から外れた公園のベンチで受け取りと、アンティネットの近情を聞いておいた。
代金については、交遊費用だと偽って、父から多めにもらい受けてある。これまで嘘などつかない、優等生で通ってきたので、あまり反対などされず、むしろ、
「王太子にあんな仕打ちをされたのだ。たまには、息抜きでもしなさい。もう少し社交的になれば、新しい出会いがあるかもしれない」
とまで言われる始末だった。
(デスモント卿に会ってから、良くない方へ向かっているのかもしれないわね)
そんな想いに駆られながら、やはり、デスモント卿との関係を簡単に断ち切れない。
こんなやりとりが5ヵ月も続き、夏から秋空へ景色が変わったというのに、グレッグとの関係に大きな進展が見られないのだ。
確かに会話は増えた。放課後の図書館でいっしょに読書をしたり、週末に演劇を観に行ったり、動物園にだって足を伸ばした。
いつもグレッグはキチンとしていて、舞台のチケットの手配から、動物の生態にも詳しかったりして、会話だって退屈させないようにしてくれる。
でも、会話の端々に出てくる、「アンティネット」という名前が出てくるたびに、フローレインの胸の内はさざ波のように不安の嵐が押し寄せてくる。
11月の初めになり、学園主催のダンスパーティーの夜会用のドレスを買おうと、洋服店に出かけた時だった。
フローレインがロングドレスに着替えて、グレッグに感想を訊いたとき、彼は毛皮のマフラーを手に取ってきて、彼女の首に巻いた。
「よく似合うし、綺麗だね。アンティネットには、今頃露店で寒いだろうから、マフラーを送ってあげられたらいいかも」
と、言った。
夜会のダンス中にも、フローレインと踊ってはいるのに、気持ちはここに非ずで、豪勢な食べ物が盛り付けられた大皿ばかりを見ている。
「君は踊りが上手だね。そうだ、アンティネットがいたら、食べ物を少しでも分けてあげられたら」
などと言う。
(グレッグは、わたくしといる時でも、アンティネットのことを見ているのだわ)
婚約を破棄されて、絶望の雨で生きる気力もなくなっていたあの日。グレッグがフローレインのために傘を差して守ってくれてから、彼のことをいつも慕っていた。会えば会うほど、同じ時間を共有すればするほど、彼の穏やかで優しい人柄に惹かれていく自分の気持ちを実感する。
(わたくしのことだけをグレッグに求めているのに、なぜ、彼はわたくしから遠ざかっていく気がしてならないわ)
✳✳✳
12月の粉雪が舞う中で、いっしょに校舎に出た時、送迎の馬車を待たせて、フローレインは、グレッグを散歩に誘った。
庭園の池の桟橋近くで、フローレインは立ち止まり、
「入学式の後、婚約破棄されて、慰めてくださったこと、覚えてらっしゃる? 忘れたなら、いいですけれど」
と、グレッグをまじまじと見つめる。
「まさか。忘れてないですよ」
グレッグはいつものように頬笑んでいる。けれど、フローレインは物思いに沈み、深緑の水面に視線を移す。
「グレッグは、わたくしをどう思っていて? 好き? それとも嫌い? はっきりおっしゃって」
「好きですよ」
「ちゃんとこたえて。いつも笑っているから、腹が立ってきました。わたくしがこんなに真剣なのに、失敬です」
めったに声など荒げないフローレインが、珍しくグレッグを睨み、真正面から挑むように詰問した。
「何を怒っているの。ぼくは君が好きだよ。君にはアンティネットのことでずいぶん世話になってるし。感謝しかないから」
「……なら、あの雨の日に、わたくしを慰めてくれたのは、どうしてなの?」
「それは、君がつらいだろうと思ったし、なにより、アンティネットを思い出したんだ。初めて7歳に会った時の彼女の悲しい瞳と同じだったから。放ってはおけなかったんだよ」
フローレインは、もう話を聞いていなかった。
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