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1-1 最悪のはじまり

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「さあさあ、お前。ぐずぐずしないで。はやく、野草を摘んでおいで」

 アンティネットは、15歳。銀髪の、小柄だが、くりくりとした大きな瞳が美しい少女である。

 まだ、陽の出ないうちからたたき起こされて、大柄な叔母に、大きな籠を背中に背負わされて、裏の深い森へ分け入っていく。

(またいつもの、最悪な1日が始まったみたい)

 ふうと、少女はため息をつく。

 まだ春先なので、木々には葉はなく、骸骨みたいな枝ばかりだ。本来なら暖かいセーターや手袋がほしいのに、布切れ一枚の、つぎはぎだらけのワンピースを着ている。

「ハッ、ハックション!」  

 アンティネットは大きなクシャミをして、小柄な体をぶるぶる震わせた。
 

 彼女が住んでいる貧村は、王の都から、馬車と船に乗って、ゆうに3日はかかる、山々に囲まれた貧しい盆地にある。

 母親はアテーネといい、王の都では大魔法使いとして慕われた人物だった。けれど、アンティネットが赤ん坊の時に、闇の魔法使いのデズモンド暗黒卿に殺されてしまった。

 デズモント卿の魔法で母親が消失してしまったのか、彼女の遺体はどこにもなかった。アンティネットをかばったのか、その戦いで付いたであろう紐のような痣が、今でも首まわりに残っている。

 すぐにデスモント卿は同僚の魔法使いのスハルト伯爵によって捕らえられ、王立魔導学園の地下牢に幽閉された。
  
 アンティネットの父親は誰かが不明であったため、また、自分にもしものことがあったらと、叔父夫婦の住所がメモされて、彼女の部屋の卓上に残されていた。

 スハルト伯爵によって、幼いアンティネットを抱きかかえ、叔父夫婦に預けられた。さらに、毎月の養育費として金貨3枚が支払われている。

 これだけあれば、毎月十分な食事と洋服と、学費が払える。しかし、その叔父夫婦はアンティネットのために、そのお金を使うことは一切なかった。

 彼らはそれを、自分たちの豪華な食事や服、それに改築費に注ぎこんだ。

 それに引き換え、アンティネットには、十分な食事も服も買え与えず、さらには、生活費まで自分で稼げとばかりに、森に放り出された。

 そこで生えている、食用の山菜や、魔法で使えそうな野草などを摘んで、村の広場にある市場で売りに行かされる。そこで稼いだお金は、すべて叔父夫婦に持っていかれてしまうが、彼女はそれを小さな秘密基地に隠していた。

 秘密基地。それは、村の男爵令息であるグレッグと、斜面の洞穴に、拾った枝を草のツルで結わえて、屋根や扉代わりにして作った粗末な小屋だった。

 アンティネットはかがんで基地に入ると、お手製でつくった魔法の杖で、

「炎よ、やどれ!」と叫ぶと、パチンと、薪木に火がついた。

 そこには布袋がいくつも置かれていて、市場で稼いだ銀貨や銅貨があったし、暖かい狼の毛皮で作った上着も手袋もマフラーもあった。小瓶には、山菜の塩漬けや、干し肉などもある。
 
(あー、落ち着くなあ。ここに、グレッグさえいてくれたなら……。今頃、何しているんだろうな)

 アンティネットは、かじかんだ手を炎にかざして暖を取って、また、ふうと吐息を吐いた。
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