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わたしは、それから三日間後にくる日曜日がこんなに長く感じたことはなかった。
そうだ。何か、当日、贈り物をお贈りしたいわ。そうだ。バスケットに手作りのお菓子を入れてさしあげるのがいいわね。
そして、待ち望んだ日曜日がやってきた。
彼の馬車に乗って、わたしが車内でバスケットを膝にのせているのに気づいて、
「これに何が入っているんですか?」
「これ、ですか。開けますか」
「ごめん。待ちきれなくて」
「いいんです」
わたしはバスケットを開けて、手作りのサンドイッチとマドレーヌの包を渡した。
「開けてもいい?」
「……いいです」
「お……これ、メルテルさんが?」
彼は微笑んで、その包を広げて、瞳を輝かせてくれる。
「は、はい。わたしの心を込めました」
言いながらはずかしくなる。思い切ってハート型にしてみた。直球すぎたかもしれない。
「ありがとう。お昼が楽しみだよ」
「よかった。よろこんでくれて」
わたしはほっとして、どきどきする胸をおさえた。
馬車はゆっくりと小高い丘に差し掛かった。
小川のせせらぎは心地よく、木立の向こう側には深い森が広がっている。秋にさしかかり、花々は少ないが、小枝には一羽の鳥が留まり、さえずっている。
「下りようか」
「はい」
馬車をとめて、車内から降り立つと、小川の近くに歩いていく。水面に映るフェリスとわたしの姿を見つめる。
「別世界みたい」
「ぼくもそう思う。メルテルさんに見せたかったんだ」
「ありがとうございます。うれしいです」
たちあがり、冷たい空気を吸い込む。すがすがしい空気に、頭の中まですっきりする。
小さな花が咲き誇る中、ふたりで草むらに腰掛けて、他愛ない話をした。それから、少し、彼と向かい合って、スケッチをした。
「お昼にしようか」
「はいっ!」
彼はわたしのサンドイッチとマドレーヌをおいしい、おいしいと言って食べてくれる。
それから、ふたたびスケッチをしながら、時々おしゃべりを重ねて、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「メイン湖に寄ってみたいですわ。すてきな場所だから」
「メイン湖ですか」
「そうです。きっと、気に入っていただけると思います。そこで絵を描いてみたくて」
「わかりました。行きましょう」
丘から20分ほど馬車でくだったところに、メイン湖はあった。
「美しいですね」
「ええ。わたし、湖の小道を歩きませんか?」
「もちろん。いっしょにいきます」
わたしたちは、日差しをあびて、きらめく水面をながめた。
「わああ。かわいい青い小鳥ですわ。 こんなにまじかに見ることができるなんて」
「そうだね」
小鳥は、小枝からフェリスの肩にとまった。
「ぼくは、じつは、小鳥が好きなんだよ」
彼はふっと微笑して、肩に止まった小鳥をやさしく指先で戯れる。
「フェリス様、少しだけ、このままにいらして」
「絵を描くのかい?」
「もちろん。私の絵には、フェリス様が必要なのです」
「それは光栄です」
彼は、ふっと笑った。
わたしはカバンから画材を取り出し、彼を見る。彼の耳がほんのり赤くなっている。
「ごめんなさい。わたし、必要なんて言ってしまって。その、深い意味はありませんわよ」
「うん。わかったよ」
「そ、そ、それでは、描きますね」
わたしは、スケッチを始める。
しずかな空間に、木炭を走らせる音だけがひびく。
「いままで描いた絵は、どうしているんですか」
「そうですね。いつかちゃんと本にしてみたいと思って、かきためています」
「なるほど、画集にするのかな」
「それほど、大げさなものではないのです。私家用ですけれど……」
「ぼくにも、もらえる?」
「もちろんですわ。忘れたくないというか、残しておきたいのです。この瞬間を閉じ込めておきたいんです」
そう、わたしだけのフェリス様だけを閉じ込めておきたいから……。
そうだ。何か、当日、贈り物をお贈りしたいわ。そうだ。バスケットに手作りのお菓子を入れてさしあげるのがいいわね。
そして、待ち望んだ日曜日がやってきた。
彼の馬車に乗って、わたしが車内でバスケットを膝にのせているのに気づいて、
「これに何が入っているんですか?」
「これ、ですか。開けますか」
「ごめん。待ちきれなくて」
「いいんです」
わたしはバスケットを開けて、手作りのサンドイッチとマドレーヌの包を渡した。
「開けてもいい?」
「……いいです」
「お……これ、メルテルさんが?」
彼は微笑んで、その包を広げて、瞳を輝かせてくれる。
「は、はい。わたしの心を込めました」
言いながらはずかしくなる。思い切ってハート型にしてみた。直球すぎたかもしれない。
「ありがとう。お昼が楽しみだよ」
「よかった。よろこんでくれて」
わたしはほっとして、どきどきする胸をおさえた。
馬車はゆっくりと小高い丘に差し掛かった。
小川のせせらぎは心地よく、木立の向こう側には深い森が広がっている。秋にさしかかり、花々は少ないが、小枝には一羽の鳥が留まり、さえずっている。
「下りようか」
「はい」
馬車をとめて、車内から降り立つと、小川の近くに歩いていく。水面に映るフェリスとわたしの姿を見つめる。
「別世界みたい」
「ぼくもそう思う。メルテルさんに見せたかったんだ」
「ありがとうございます。うれしいです」
たちあがり、冷たい空気を吸い込む。すがすがしい空気に、頭の中まですっきりする。
小さな花が咲き誇る中、ふたりで草むらに腰掛けて、他愛ない話をした。それから、少し、彼と向かい合って、スケッチをした。
「お昼にしようか」
「はいっ!」
彼はわたしのサンドイッチとマドレーヌをおいしい、おいしいと言って食べてくれる。
それから、ふたたびスケッチをしながら、時々おしゃべりを重ねて、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「メイン湖に寄ってみたいですわ。すてきな場所だから」
「メイン湖ですか」
「そうです。きっと、気に入っていただけると思います。そこで絵を描いてみたくて」
「わかりました。行きましょう」
丘から20分ほど馬車でくだったところに、メイン湖はあった。
「美しいですね」
「ええ。わたし、湖の小道を歩きませんか?」
「もちろん。いっしょにいきます」
わたしたちは、日差しをあびて、きらめく水面をながめた。
「わああ。かわいい青い小鳥ですわ。 こんなにまじかに見ることができるなんて」
「そうだね」
小鳥は、小枝からフェリスの肩にとまった。
「ぼくは、じつは、小鳥が好きなんだよ」
彼はふっと微笑して、肩に止まった小鳥をやさしく指先で戯れる。
「フェリス様、少しだけ、このままにいらして」
「絵を描くのかい?」
「もちろん。私の絵には、フェリス様が必要なのです」
「それは光栄です」
彼は、ふっと笑った。
わたしはカバンから画材を取り出し、彼を見る。彼の耳がほんのり赤くなっている。
「ごめんなさい。わたし、必要なんて言ってしまって。その、深い意味はありませんわよ」
「うん。わかったよ」
「そ、そ、それでは、描きますね」
わたしは、スケッチを始める。
しずかな空間に、木炭を走らせる音だけがひびく。
「いままで描いた絵は、どうしているんですか」
「そうですね。いつかちゃんと本にしてみたいと思って、かきためています」
「なるほど、画集にするのかな」
「それほど、大げさなものではないのです。私家用ですけれど……」
「ぼくにも、もらえる?」
「もちろんですわ。忘れたくないというか、残しておきたいのです。この瞬間を閉じ込めておきたいんです」
そう、わたしだけのフェリス様だけを閉じ込めておきたいから……。
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