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「――エルドレッド? ねえねえ聞いているの?」

 さっきまで楽しげに勇者に話しかけていた聖女は、ぷうと頬をふくらませる。

「す、すみません。聞いていませんでした」

 勇者は本当に申し訳なさそうに、頭を下げる。

 さっきまで楽しげに話しかけていた聖女は、ぷうと頬をふくらませる。

 そうすると実年齢よりも幼く見えて、とてもかわいらしい。

 落ち着いた身のこなし、涼やかな声音、ひかえめな微笑み。

 たまに垣間見えるドジッ子属性すらも愛らしい。

 どこに出しても恥ずかしくない慈愛深き聖女。


☆☆☆


 ひょんなことから、冒険者ギルドで出会い、ふたりで魔物退治の旅に出てからは、こういった幼い表情も見せるようになった。

 いい感じに肩の力が抜けてきているのか、それとも勇者に本当の自分を見てもらおうとしているのか。

 どちらにせよ、この変化が悪いものであるはずはない。

 だが、そんな新たな面を知るたびに、勇者はなぜか落ち着かない気持ちになる。

「もう……そこで正直に言ってしまうあたりがエルドレッドらしいよね」

 怒ったような顔のまま、けれど仕方がない、とあきらめるように、聖女はため息をつく。

「あのね、そろそろ旅にも慣れてきたころだし、私に敬語を使うのはやめてほしいって言っていたの」

「そんな……聖女のセリーヌ様に対してそのようなご無礼な真似はできませんから」

「そういう他人みたいに言うのやめてって言っているのに……」

 聖女は、シミ一つないお顔に不機嫌そうな表情を乗せる。

 眉間にしわを寄せていてもなお、麗しいのだから空恐ろしい。

 この美貌に世の男性がふらっといかないのが不思議なくらいである。

 どこかの高貴なお嬢様であることは確かだろうが、これまで3日ほど旅をしていても、自分の出自はいっさい言わない。

 けれど、まだ16歳のうら若き乙女だ。

 笑いもする。泣きもする。

 そうして、恋もするだろう。

 そのまっすぐすぎる想いを向けられた勇者は、ぐじぐじと悩んで受け取りかねている。

「ですが……セリーヌ様とお呼びすることは許してほしい。俺にとっては、やはりあなたは守るべき聖女様でお嬢様だから」

「まったく、古い方ね。そんな風に気を使わなくてもいいのに」

「助かる」

 うふふ、と聖女は本当にうれしそうに笑う。

 こんな上機嫌な聖女を見られるなら、自分が折れてよかったのかもしれない。

「少しずつでいいの。少しずつ、私を一人の女の子として見てほしいのよ」
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