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(六)
しおりを挟む(セラフィーヌ、君は降りるんだ)
スバルは冷静に対峙しながら、言った。
しかし、セラフィーヌは違った。首を振り、脇に差していた鞘から短刀を引き抜いた。
(嫌よ。あなたを放っておけない)
(怪我するぞ)
(そんな場面、田舎の森ではしょっちゅうよ。じゃじゃ馬令嬢をなめないで)
(分かったから、振り落とされるなよ)
スバルは狼たちに向かって突進して、一匹に頭突きをお見舞いした。その後で、胴体に食いつこうと飛びかかる狼を、体をたくみに動かして振りほどき、後ろ脚で蹴り飛ばしていく。
セラフィーヌも負けじとばかり、確実に狼の喉元に短刀を突き立てた。
予想以上の猛攻で、狼たちはタジタジになって、各々、足を引きずりながら、森の中に逃げていった。
「もう平気です」
セラフィーヌは、スバルから降りて、令嬢を車内から助け出した。
「ありがとうございます」
美しい銀髪は乱れていた。顔もすっかり蒼ざめているが、可愛らしいつぶらな緑色の瞳は、安堵の色を映していた。
名前はコーネリアといい、メルフェス公爵の娘だった。年齢は同い年くらい。夜分、度々忍んでここまで来ていたそうだ。
「秘密の丘まで、もう少しです。だから、連れて行ってくださいませんか」
「でも、あんな怖い目にあったばかりですし。また、次回でも」
「お願いです……。結婚したら、これほど自由にはなれませんから」
コーネリアが懇願するので、セラフィーヌも根負けして頬笑んだ。スバルの背中にふたりは乗り、ゆっくりと林を抜けた。
そこは、王都周辺と、それを取り囲むように峰が連なる景色だった。
しばらくすると、山の裾が白から赤く燃えるような陽が立ちのぼる。セラフィーヌとコーネリアは並んで長岩に腰かけて、その光景を息をするのも忘れ見入っていた。
ふと、セラフィーヌは隣のコーネリアの頬から涙がこぼれているのに気づいた。
セラフィーヌが、スカートからハンカチを差し出すと、
「あなたも泣いてらっしゃるわよ」
代わりに頬を拭ってもらった。
「思えばわたし、ずいぶん、泣いてこなかったなって。一人ぼっちでがんばってきたんだなって」
気持ちが落ち着くと、セラフィーヌはしみじみと前を見た。山裾の朝焼けが、神々しく眩しい。
「なら、わたくしだって、そうですわ」
コーネリアは、微笑してみせた。
「わたくし、来月に結婚式を挙げます。相手は第二王太子のアレクセイ様。両家の結びつけを強くするための結婚です。嬉しくもないのに、笑顔でいなければなりません」
「わたしも。結婚は失敗してしまって……。友だちもいなかった。わたしだけ、つらくて苦しい。死んで消えてしまいたいと思ってました」
セラフィーヌは、肩をすくめながら立ち上がり、光に包まれた都を見渡した。
「でも、もう違いますわ」
コーネリアが背後から近づいて、後ろからセラフィーヌの手を握った。
「ひとりぼっちではありません。わたくしがいます」
コーネリアの手は温かい。セラフィーヌは、再び、嗚咽しそうになった。
「……そうですね」
そんな二人の姿を、少し離れた木陰でスバルが寄り添うように佇んでいた
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