[完結]新米神官のお嬢様は、酔っ払い従者と怪物討伐です1【ゲリスヘーデスの呪い編】

第八章

第63話

　森にも、雷雨が降り注いでいる。

　ヒドラ獣神を前にして、クララたち三人は、同時攻撃の機会を伺っていた。

　そして、ついにクララのまぶたの裏で、セリスがテレス神官と戦いを始めたのを確認した。　

｢今よ！｣
　
　ヒドラ獣神の二十本の首に、アルベルは中央、イジスとロドリゴは、それぞれ左右から飛びかかった。
　
　無数の牙を向けた顔が、斬らせまいと巧みにクネクネと首をよじりながら、三人に迫ってきた。
　それでも、三人は器用に交わしたり、防いだりしながら、首を一本一本と切り落としていった。

　最後の一本を、イジスが短剣で仕留めると、クララは、首が生えてくる前に、直ちにシールドを解除した。

　銀杖を槍に変えて、心臓目がけて、固い鱗の肌に突き立てて、肉に食い込ませていくさなか、クララの脳裏に突然、ある光景が浮かんできた。

　それは、貧困で食べ物がない少年や、病になった妹たちが、笑顔で暮らしている光景だった。

　テレス神官やヒドラ獣神がやったことが全て正しいとはいえない。

　世界には善も悪が混じり合い、矛盾ばかりで満ちている。
　けれど、それでも救済しようとした想いに、間違いなんてないのではないのか。

｢ごめんなさい、セリスト。わたしには、できない……｣

　クララは、槍を突き立てたまま、力尽きたように、その場にうずくまった。

　冒険者たちも、クララを助け出したいが、余力はすでにつきていた。

　ヒドラ獣神は、ニョキッニョキッと、不気味な音を出して、再び、首が再生していく。　
　
　そして中央の１本がクララの横まで下りて、耳元まで降りてきた。

　クララの瞳からは、止めどなく涙があふれ出ては頬を伝って零れていく。

｢お前は勝てるはずだったのに。本当に間抜けな神官だな。本来なら、お前を殺したいのだ。
だが、死ぬのがお前でなく、飲んだくれが身代わりでは話にならんしな｣

　ヒドラ獣神は、赤いギラギラした瞳を細めた。

｢それに、俺みたいな魔物に、涙を見せた人間は、初めてだ。
クララ神官殿、メディス一家に伝えてくれ。
売り上げの一割は、貧困層の補助金として、イードの神官庁に納めろ。さもなければ、またヒドラ獣が出て襲撃するとな｣

　そう言うと、ヒドラ獣神は、ゆっくりと背を向けて、深い森の中に消えていった。