満ち欠けのユートピア

早稲 アカ

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運命のはじまり

第8回

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 豚人間Cは、ハンドルを握りながら、何度も深呼吸を繰り返した。

「なんてことだよ。先生は死んじまった…」
と豚人間Bは床を叩いた。

「Wちゃんに会わせる気か」
 豚人間Nは、赤い目で言った。

「それは逆効果だよ」と豚人間Sは至って冷静だった。

「先生は見舞っていたんだ。死んだことは赤ちゃんが無事に産まれてからにしよう」

「じゃ、先生は?」
 豚人間Aはぶっきらぼうに言った。

「山奥に埋葬する。場所は知ってる」
と豚人間Cが答えた。

「その前に、僕を病院の前に降ろしてくれないか。Wちゃんを見舞ってくる」
 車は、駅前にある産婦人科の玄関前で止まった。

 豚人間Sは仲間に仮面を脱いで手渡すと、血痕のついた服を脱いで、清潔なものに着替えて、外に出た。

 3階のナースステーションで面会を申し出る。

「川澄舞子さまですね」

 看護婦は、口元に指をつけて、
「お静かになさってね」と注意した。

 病室は個室だった。

 照明は、昼間のように明るく、テレビの音声は消されている。

 舞子は手鏡でやつれた黒髪を指先で整えていた。
 布団に、月影の小説を忍ばせて。
 戸口のドアノブが動いて、瞳を輝かせる。

「信夫くん。待っていたのよ」

 ベッドから上体を起こそうとするのを、信夫は引き留めた。

「舞子さん、無理しないでください。元気な赤ちゃんを産まないと」

「ニュースだと銅像がまだ…」

「失敗したんですよ」

「なんですって?」

 舞子の顔が引きつる。

 信夫は微笑んだ。
「そんな大きな声を出しちゃだめですよ」

「ありえないわ。あんなに計画を立てたじゃない…」

「阻止されたんですよ。すいません。ぼくの設計が甘かったんです」

「それで、先生は?」
 舞子は思わず、布団から手を突き出した。

「もちろん無事です。でも、怪我しましてね」

「大けがじゃない?」

「命に別状はありませんので」

「なら、いいけど…」と、舞子は手をひっこめる。

「先生がいなかったら、わたし、どうしたらいいか」

「舞ちゃんは立派な女優じゃないですか」

「うわべしか、他人にはからない」とくすくす笑った。
「親が貧乏だったから、こき使われてきたの。先生の子供を産むのも反対されたし」

「どうしてです?」

「産むと、スタイルが維持できなくなるからですって。商品なのよ、わたしは」

「ひどい話だ」

「でも、バラエティ番組で、先生にお会いして、世界が変わった。本当のわたしを見つけてくれた」

「それは、僕も同じです」と信夫は背を向けた。
「ゼミで教わりました。社会のゆがんだ構造を、変えなくてはいけないんだと」

「無関心な人々の注意を少しでもひくことができれば…」
と舞子はうつむいた。
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