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ある朝、オカリナは、屋敷の自分の部屋でピアノを弾いていた。彼女は白いワンピースと青いリボンを着ていた。
音楽が好きで、自分の感情や思いを曲に込めていた。
オカリナは両親から近日、エドワーズと正式に婚約することになっていた。
両親の言うことに逆らえ切れなかった。だが、婚約者に興味は持てなかった。
オカリナはピアノを弾きながら涙をこぼした。
弾き終えると、部屋のドアがノックされるのに気づいた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
使用人はドアを開けた。
オカリナに、お茶を持ってきてくれたのだ。使用人はオカリナに優しく微笑んだ。
「お嬢様、ハーブティーをお持ちしました。心が落ち着きますよ」
「うん。ありがとう」
オカリナは顔を背け、涙を見せないようにハンカチで涙を拭いながら、礼を言った。カップに口にはつけなかった。
使用人が空のトレイを持ったまま、自分を見ていることに気づいた。
「お嬢様、お元気ですか?」
「もちろん、元気よ」
オカリナは使用人に嘘をついた。
「お嬢様、もし何かお困りなら、私に言ってくださいね」
「ありがとう、でも大丈夫」
オカリナは使用人に断った。
「お嬢様、私はお嬢様の味方ですから」
「ありがとう、それだけで十分よ。ちょっと散歩に出かけてくるわね」
オカリナは、屋敷を出て、一人で散歩をはじめた。青いマントを着ていた。
金色の髪を一つにまとめて、青いリボンで飾っていた。その目には悲しみが滲んでいた。
庭園の花や木や鳥などに興味がわかなかった。ブルームが去って、何も感じることができなかった。自分の心が空っぽになっていることに気づいていた。
オカリナは庭園の奥にある小さな池に着いた。そこには白鳥が泳いでいた。白鳥は美しく優雅だったが、それにも関心を持てなかった。池のほとりに座って、ぼんやりと水面を見つめた。
すると、池から子供の声が聞こえてきた。
「お姉さん、こんにちは」
オカリナは声の方を見ると、池の中に6才くらいの小さな男の子が、膝まで水に浸かっていた。水着姿で、水遊びをしていたらしい。茶色の髪と緑色の目をしていた。オカリナに笑顔で手を振った。
オカリナは無表情で会釈した。男の子が誰なのか知らなかった。おそらく近所に住む庶民の子供かしらと思った。
「お姉さん、どうしたの? なんだか悲しそうだね」
男の子はオカリナの顔を覗き込んだ。男の子はオカリナを元気づけようと、はにかんで見せた。
「気のせいよ」
オカリナは男の子に冷たく言った。
「うそだよ。お姉さん、つらそうな顔してるし」
男の子はオカリナに真剣に言った。オカリナの目に涙が溜まっているのを見ていた。そして、優しく話しかけた。
「お姉さん、何か辛いことがあったの?」
「・・・」
オカリナは黙ってしまった。
「お姉さん、話してごらんよ。僕、聞いてあげる」
男の子はオカリナに励ましの言葉をかけた。
「・・・気を遣わせてごめんね」
オカリナは男の子に小さく言葉を返した。彼女は男の子の優しさに触れて、少し心が動いた。
「へへへ。どういたしまして」
男の子はオカリナに笑顔で答えた。
「お姉さん、僕、水遊びが大好きなんだ。水って楽しいよ」
「そう? どんな?」
「水ってさ、冷たくて気持ちいいし、キラキラして綺麗だし、色々な形に変わるんだ」
「・・・それで?」
オカリナは浮かない顔で、黙ったまま少年を見あげた。
「それに、ほら見てごらんよ」
男の子はオカリナに水面を指さした。水面に手を入れて、水しぶきをあげた。水しぶきは太陽の光を反射して、虹色に輝いた。
「わあ、きれい」
オカリナは、思わず立ち上がって、魅入って言った。
「お姉さん、笑ったね!」
そう言うと、少年は微笑んで、大きく手を振ってみせた。
「きみはどこに暮らしているの?」
「あっち」
男の子が指さした先の林の奥には、孤児院があった。
オカリナはブルームのことを思い出した。ブルームも孤児だった。彼も苦労して生きてきたのだろう。
「そうだ。お小遣いあげる。元気をくれたお礼」と彼女は言って、財布からお金を出した。
「本当? ありがとう!」
と少年は喜んで、足で水をかきながら、濡れた手を差し出した。
「いいのよ」と彼女は言って、顔をそむけた。
音楽が好きで、自分の感情や思いを曲に込めていた。
オカリナは両親から近日、エドワーズと正式に婚約することになっていた。
両親の言うことに逆らえ切れなかった。だが、婚約者に興味は持てなかった。
オカリナはピアノを弾きながら涙をこぼした。
弾き終えると、部屋のドアがノックされるのに気づいた。
「どうぞ」
「失礼いたします」
使用人はドアを開けた。
オカリナに、お茶を持ってきてくれたのだ。使用人はオカリナに優しく微笑んだ。
「お嬢様、ハーブティーをお持ちしました。心が落ち着きますよ」
「うん。ありがとう」
オカリナは顔を背け、涙を見せないようにハンカチで涙を拭いながら、礼を言った。カップに口にはつけなかった。
使用人が空のトレイを持ったまま、自分を見ていることに気づいた。
「お嬢様、お元気ですか?」
「もちろん、元気よ」
オカリナは使用人に嘘をついた。
「お嬢様、もし何かお困りなら、私に言ってくださいね」
「ありがとう、でも大丈夫」
オカリナは使用人に断った。
「お嬢様、私はお嬢様の味方ですから」
「ありがとう、それだけで十分よ。ちょっと散歩に出かけてくるわね」
オカリナは、屋敷を出て、一人で散歩をはじめた。青いマントを着ていた。
金色の髪を一つにまとめて、青いリボンで飾っていた。その目には悲しみが滲んでいた。
庭園の花や木や鳥などに興味がわかなかった。ブルームが去って、何も感じることができなかった。自分の心が空っぽになっていることに気づいていた。
オカリナは庭園の奥にある小さな池に着いた。そこには白鳥が泳いでいた。白鳥は美しく優雅だったが、それにも関心を持てなかった。池のほとりに座って、ぼんやりと水面を見つめた。
すると、池から子供の声が聞こえてきた。
「お姉さん、こんにちは」
オカリナは声の方を見ると、池の中に6才くらいの小さな男の子が、膝まで水に浸かっていた。水着姿で、水遊びをしていたらしい。茶色の髪と緑色の目をしていた。オカリナに笑顔で手を振った。
オカリナは無表情で会釈した。男の子が誰なのか知らなかった。おそらく近所に住む庶民の子供かしらと思った。
「お姉さん、どうしたの? なんだか悲しそうだね」
男の子はオカリナの顔を覗き込んだ。男の子はオカリナを元気づけようと、はにかんで見せた。
「気のせいよ」
オカリナは男の子に冷たく言った。
「うそだよ。お姉さん、つらそうな顔してるし」
男の子はオカリナに真剣に言った。オカリナの目に涙が溜まっているのを見ていた。そして、優しく話しかけた。
「お姉さん、何か辛いことがあったの?」
「・・・」
オカリナは黙ってしまった。
「お姉さん、話してごらんよ。僕、聞いてあげる」
男の子はオカリナに励ましの言葉をかけた。
「・・・気を遣わせてごめんね」
オカリナは男の子に小さく言葉を返した。彼女は男の子の優しさに触れて、少し心が動いた。
「へへへ。どういたしまして」
男の子はオカリナに笑顔で答えた。
「お姉さん、僕、水遊びが大好きなんだ。水って楽しいよ」
「そう? どんな?」
「水ってさ、冷たくて気持ちいいし、キラキラして綺麗だし、色々な形に変わるんだ」
「・・・それで?」
オカリナは浮かない顔で、黙ったまま少年を見あげた。
「それに、ほら見てごらんよ」
男の子はオカリナに水面を指さした。水面に手を入れて、水しぶきをあげた。水しぶきは太陽の光を反射して、虹色に輝いた。
「わあ、きれい」
オカリナは、思わず立ち上がって、魅入って言った。
「お姉さん、笑ったね!」
そう言うと、少年は微笑んで、大きく手を振ってみせた。
「きみはどこに暮らしているの?」
「あっち」
男の子が指さした先の林の奥には、孤児院があった。
オカリナはブルームのことを思い出した。ブルームも孤児だった。彼も苦労して生きてきたのだろう。
「そうだ。お小遣いあげる。元気をくれたお礼」と彼女は言って、財布からお金を出した。
「本当? ありがとう!」
と少年は喜んで、足で水をかきながら、濡れた手を差し出した。
「いいのよ」と彼女は言って、顔をそむけた。
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