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 呆然としているアナリスをよそに、ラファエルは言葉を続ける。

「君にキスくらいできる関係じゃないと、怪しまれるかもな」

「え……ええ……」

(キス……?!)

 アナリスは動揺して、ラファエルを見つめる。

 すると彼は、アナリスの肩を掴んだ。

 それから顔を近づけてくる。

(あ!  うそ……!)

 アナリスはぎゅっと目を瞑った瞬間、ラファエルの動きが止まった。

 不思議に思ってアナリスがそっと目を開けてみると、すぐ近くに彼の顔があった。

 彼は苦笑して、こちらを見つめている。

 そしてゆっくりと顔を離すと、アナリスから手を離した。

「何もしないって言ったでしょ?  そんなに怯えられると、逆に傷つくよ」

「え……?!  いえ、あの……」

(違うんです……!)

 アナリスは慌てて首を振るが、言葉が出てこない。

 そんな彼女の様子を見て、ラファエルは肩をすくめた。

 そして、

「さてと」

と言いながら、アナリスに背を向ける。

「そろそろ部屋に入ろう。夕食も近いことだしね」

「……はい」

(違うのに……)

 そんなわけで、キスできないまま、翌朝を迎えたのだった。



******



「おはよう、アナリス嬢」

「……おはようございます……」

(うう……)

 アナリスは内心でため息をつきながらも、ラファエルに向かって微笑んだ。

 彼は既に起きていて、優雅にコーヒーカップを片手に本を読んでいる。

 手にしているのは、『メイリーン嬢の花咲く夕べ』の第3巻だった。

(朝から眩しいくらい美しいわ……)

 アナリスは思わず見惚れてしまうが、すぐに頭を振った。

 今は、見惚れている場合ではない。

 アナリスには、確認しなければならないことが山ほどあるのだ。

「あの……」

 アナリスは意を決して口を開いた。

「それで、わたし……つまり、メイリーンとしての設定は、どんな風になるのでしょう?」

「何も心配ない。すべては宰相のアル・デイラーン公爵が取り仕切る。王宮に行く前に、彼の屋敷に立ち寄ろう」

 ラファエルはそう言うと、カップをテーブルに置いた。


✴✴✴✴✴✴


 馬車が壊れてしまったので、デイラーン公爵邸までの道中、アナリスはラファエルの跨る馬の背中に乗り、向かうことになった。

 殿下の腰に手をまわしていると、ラファエルのぬくもりが感じられて、なんだかドキドキしていまう。

「殿下……」

「何だ?」

 アナリスは恐縮しながら、ラファエルに訊ねた。

「お、邪魔では……?」

「全然。むしろ、光栄だよ。こうしていっしょに馬に乗れて」

(そ、即答っ!)
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