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 馬を走らせていた衛兵がラファエルに向かって叫んだ。

「ああ、もう少しだ。ここを切り抜ければ、隣国まで一気に走り抜ける」

(あと少し……あと少しで、この恐ろしい状況から逃れられる!!)
 
 アナリスは心の中で叫んでいた。

 だがそんな期待を打ち砕くかのように、谷間の出口が見えたところで、1人の盗賊が弓を構えているのが見えた。

 矢の先端には毒が塗られているのが見えて、アナリスは恐怖で頭が真っ白になった。

「まずい!!」
 
 ラファエルが叫んだ瞬間、矢が放たれた。

「きゃあ!!」

(落ちる!!)

 アナリスは目を閉じた。もう終わりだと思って目を瞑った瞬間だった。

「頭を下げろ」

「はいっ!」

 アナリスが頭を下げた瞬間、ラファエルは巧みに手綱を引いて矢を逃れると、剣先で盗賊を突いて倒して、走り抜けていく。

「大丈夫か!? アナリス嬢!」

 ラファエルの声が聞こえて目を開けると、すぐそばに彼の顔があった。

 彼は片手だけで手綱を握りながら、もう片方の手でアナリスを抱き寄せてくれている。二人の体はぴったりと密着していた。

(ああ!……どうしよう……)

 アナリスは胸の中の高鳴りが抑えられなくなる。

 彼の温もりを間近に感じて、くらくらする。

 しかしすぐに我に返ると、必死に今の状況に意識を向けた。

 すでに谷は抜けていて、目の前には開けた大地が広がっていた。

「けが人はいるか?」

「一人、ケガをしましたが、大したものではありません」

 一人の騎士が言った。

「よし! もう少しで国境を越える。このまま一気に駆け抜けるぞ!」

 ラファエルは馬を走らせながら、アナリスに笑いかけた。

 アナリスも彼に微笑み返しながら、彼の腰に回していた腕に力を込めた。

(助かったのね……)

 アナリスは深く安堵のため息をついたが、その時ふと彼が片手で手綱を握っていることに気がつく。

 彼は両手でしっかりと馬を操りながら、まるで機械のように正確に馬を操っている。

(すごい……)

 アナリスは呆然としながらも、彼の横顔を見つめる。彼はしっかりと前を見据えたまま、唇を引き締めている。

(こんなに美しいのに……こんなに強いなんて……)

 アナリスは自分が完全に彼に魅入られていることに気がついてしまった。

 そして同時に怖くなる。

(私ったらなんてことを考えてたのかしら……偽装結婚だっていうのに)

 アナリスが必死に考えていると、ラファエルがちらりとこちらを見てきた。

 アナリスは慌てて俯くと、彼から視線を逸らしたのだった。
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